異世界転生暗黒物語①死に続ける不死者

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無限に『死に戻り』を強制されている『不死者』って、本当に生きていると言えるのかしらねえ?

 気がつくと俺は、全周が真っ白の、何も無い空間に浮かんでいた。


「……ここは?」


 思わず、口をついて出た、つぶやき声。

 当然返事なぞ無いものだと、思っていれば、


『──世界の、境界線よ』


 突然響き渡る、涼やかな声。

 そちらへと振り向けば、俺と同様に純白の空間に、何やら漆黒の塊が一つだけ漂っていた。

「……は、ゴスロリ?」

 その時忽然と現れた一二、三歳ほどの絶世の美少女がまとっていた、禍々しくも可憐なるフリルとレースがふんだんに施されたワンピース状のドレスは、間違いなくゴスロリと呼ばれる装飾ガールズファッションであった。

 ……しかし、烏の濡れ羽色の長い髪の毛に、あたかも人形のごとき端整な小顔の中で煌めいている黒水晶の瞳とも相俟って、見るからに全身まっ黒けの有り様は、いかにも悪魔か死神あたりを彷彿とさせて──


『女神よ』


 へ?

、私は悪魔でも死神でもなく、女神だって、言っているの』

 ──っ。こちらの心を、読まれている⁉

「……あ、いや、女神なのに、『残念ながら』って、どういうことだ? 悪魔や死神なんかよりも、よほどましじゃないのか?」

『うふふ、きっとそのうち思い知ることでしょうよ、「悪魔や死神のほうが、断然ましだった」と。それにそもそもあなたはすでに死んでいるのだから、生きた魂こそを欲して群がってくる、悪魔や死神のほうは、とっくに用無しなんじゃないかしら?』

「なっ、俺がもう、死んでいるだって⁉」

『ええ、トラックに轢かれてね』

 ……トラックに轢かれた? それに何も無い真っ白な空間に、いかにも思わせぶりなことを言う女神による、突然の死亡宣告──だと?

「ま、まさか、これぞいわゆる、『トラック転生』か⁉」

『ふふふ、さすがは「カクヨム」や「小説家になろう」等の、小説創作サイトの読み専、こんどうたつ氏。話が早いわ』

「……じゃあ、俺はこれから、異世界転生をするわけか?」

『そうよ、私こそは「なろうの女神」、ありとあらゆるWeb小説の「異世界転生」や「異世界転移」作品における、「女神」という概念の集合体。それ故に、どのような異世界に転生させることも、どのようなチート能力を与えることも、不可能ではないの。──さあ、あなたの望みを言ってご覧なさい』

 ──ほんとかよ! よかった、『カクヨム』や『なろう』を読み込んでいて!

「ど、どんな願いでも、叶えてもらえるのか?」

『もちのろん。異世界転生や転移に関しては、「なろうの女神」にできないことなんて、何も無いんですからね』

「だったら、俺が英雄になって、女の子たちからモテモテになれる、異世界に転生させてくれよ!」

『いいわよ、それでチートのほうは、どうする? 一つだけだったら、どんなことでも叶えてあげるわよ?』

「う〜ん、いかなる魔物をも上回る、攻撃能力か防御能力か…………………いや、いっそのこと、俺を『不死の身体』にすることは可能か⁉」

『ああ、不死ねえ、うん、大丈夫、OKOK』

「……何だ、やけに軽いな」

『だって、最近の転生者って、大体同じようなことばかり、願っているんですもの』

 うん、それもそうか。俺が読んだWeb小説も、そんなのばっかりだったっけ。

『じゃあ、ご要望リクエストのほうは、それでいいかしら?』

「あ、うん……」

『それでは、早速異世界のほうに、行っていただくことにいたしましょう』

「えっ、いきなりかよ⁉」

『大丈夫大丈夫、大体「なろう系」のWeb小説に書いてある通りの世界観なんだから、あなたのようなROリードオンリーユーザーにはお馴染みでしょう?』

「そ、それは、そうだけどよ……」


『だったら、グズグズ言わずに、男は度胸よ! 行ってらっしゃ〜い♡』


「ちょっ、ちょっと、待てったら⁉」


 しかしその瞬間、俺の視界は、暗転してしまったのである。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──ヨーゼフ、何をぼんやりとしているんだ、死ぬつもりか⁉」


 はっ。


 突然の怒号に意識を取り戻せば、目の前には想像を絶する光景が広がっていた。


「……何だ、こりゃ」

 夕焼けで赤黒く染め上げられた、ごつごつとした岩山の谷間。

 重量級の甲冑で完全武装している、無数の兵士たち。

 しかもそのほとんどが、すでに傷つき、疲労困憊といった有り様であった。


 そして彼らに取り囲まれるようにして、異様なる存在感を誇っていたのは、全身劫火に包まれたように深紅に輝いている、一匹の巨大なレッドドラゴンである。


「──もはや、前衛の一番隊及び二番隊ともに、戦闘続行不可能!」

「後衛の魔術師やヒーラーも、ほとんど魔力切れの模様!」

「隊長、ここはいったん退いて、態勢を立て直すべきかと思われます!」

「──駄目だ! 可及的速やかに殲滅せよとの勅命だ! 何の成果も無いままに、逃げ帰るわけにはいかぬ!」

「し、しかし、我がほうの惨状に対して、ドラゴン側はいまだ健在! 後衛による『魔法障壁マジックシールド』が尽きれば、全員炎のブレスの餌食になるだけですぞ!」

 その言葉通りに、ドラゴンの全身の至る所には、刀傷や槍の刺突後が見受けられたものの、それほどダメージを感じているようには見えなかった。

「だからこそ、一刻も早く勝負を決しなければならないのだ! ──いいか、後衛を残して、全部隊で一気に突っ込むぞ! 隊長であるわしが先陣を切る! 死ぬのを恐れるな! ここが武人としての死に所ぞ! 蛮勇を振り絞れ! 万が一、生きて帰った暁には、我らこそが英雄だ!」


 ……英雄、だと?


 ──そうか、いきなりだったから、何が何だかわけがわからなかったけど、これってゲームとかでよくある、国の正規兵なんかによる、『ドラゴン退治』の一幕ワンシーンなんだ!

 確かに、どう控えめに見ても、絶望的状況であり、今から突っ込んで行っても、ドラゴンの餌食になるだけであろう。

 しかし、俺には『不死のチート』がある! この身体は、どんな攻撃であろうとも──例えば、ドラゴンの炎のブレスを浴びようとも、けして死にはしないのだ。

 しかも、こんな重要な任務に抜擢されるくらいなんだから、現在の『俺』である、この『ヨーゼフ』と言うらしい兵士も、それなりの腕をしているに違いない。

 だったら、誰よりも真っ先にドラゴンに一太刀浴びせて、運良く致命傷を与えることができれば、まさしく『竜殺しドラゴンスレイヤー』として、英雄にだってなれるだろう。


 そうか、これこそが、『なろうの女神』が俺のために用意してくれた、『晴れ舞台』なんだ!


「──あ、おい、ヨーゼフ、よせ! 何を血迷っているんだ⁉」

 同僚の兵士から制止の言葉がかかるが、もちろん無視!

 いまだ隊長の命令も下っていないというのに、俺は猛スパートをかけた。

 それを見咎めたドラゴンが、こちらに向かって顎門を大きく開け放つ。

「──ヘイ、カモン! おまえの炎のブレスなんて、へっちゃらだぜ!」

 そして視界を包み込む、地獄の劫火。


「ぎゃあああああああああああああああああっ⁉」


 当然のようにして、俺の全身を一瞬で焼き尽くす、火山のマグマのごとき灼熱の嵐。


 ──そして、女神様のご加護によって不死であるはずの『ヨーゼフ』は、あっけなく焼死してしまったのである。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「うふふふふふふふ」


「あははははははは」


「くすくすくすくす」


 いかにも楽しそうな、女たちの声。


 全身を包み込む、じんわりとした熱。


 まだ俺は炎の中にいて、死にきれていないのか?


 ……それにしては、随分心地よい、温かさだが。


「──こらあ、駄目じゃない、様ったら、お風呂の中で、うたた寝なんかしちゃ」


 すぐ耳元でささやかれたひときわつやっぽい声に、俺の意識は思わず再浮上する。


 ……ユージン? それに、風呂の中って。

 寝ぼけ眼で辺りを見回せば、濃厚な湯気の中、何十畳もありそうないかにも豪奢で広大な浴槽の中に、多数の人影がすぐ間近にいるのが見受けられた。


 ──しかもそれは様々な肌の色をした、年若き全裸の美女ばかりであったのだ。


『元の世界』で言えば、アジア系や欧米系やラテン系やアフリカ系や中近東系の、種はもとより、いかにもファンタジー世界の住人といった感じの、エルフや獣人と思われる娘もいた。

「……君たちは、一体。それに俺が、ユージンだって? ヨーゼフではなく?」


「あらあら、すっかり寝ぼけておられて」

「あなたこそは、ユージン=マクファーレン様──すなわち、この大陸における、救国の勇者様ではございませんか」

「そして私たちは、あなた様によって救われた、大陸中の国々の、選りすぐりの王女たち」

「あなたの目にとまり、あなたの妻となるために集められた、このあなたのためだけの『後宮』の住人でございます」


 後宮──つまり、ハーレムか⁉


 そうかそうか、『なろうの女神』のやつ、今度こそ俺の願いを叶えてくれたんだ!

 さっきのドラゴン退治では失敗してしまったから、今度は面倒な魔物や魔王退治なんかについてはすでに既成事実ということにして、最初から俺を勇者として転生させてくれたってわけか。

 しかもすでにハーレムまで構築済みとは、まさしく至れり尽くせりだな!

 ようし、だったら、話は早いぜ!


「──きゃっ、勇者様?」

「いきなり、そんな♡」


 俺は両隣にいた、白人の美女とエルフの美少女を、何ら遠慮なく抱き寄せる。

「いいじゃん、おまえたちは、俺のハーレムのメンバーなんだろ?」

 ニヤニヤ笑顔で鼻の下を伸ばしながらささやきかければ、女たちがお互いに目配せを交わした。


「「「ええ、ね!!!」」」


「──ぶはっ⁉」


 一瞬、何が起こったかわからなかった。

 口や鼻の中に入ってくる、熱い湯水。

 気がつけば、俺は女たちから、湯船の中へ押さえ込まれていた。

「がぼっ、ぐはっ、じょ、冗談はよせ! 今すぐ手を放すんだ!」

 するととたんに拘束が緩み、俺は水面から顔を上げ、あえぐように深呼吸をする。


「──どうですか、あなた専用の後宮のほうは、十分ご堪能なされたでしょうか?」


 同時に響き渡る、壮年の男性の声。

 咄嗟に振り仰げば、いかつい甲冑で武装した兵士を十数名ほど引き連れた、やけに身なりのいい男が俺のことを見下ろしていた。

 ──ただし、分厚い唇に浮かんでいるのは、間違いなく侮蔑の笑みであった。

「あ、あんたは?」

「おや、お忘れで? あなたにお助けいただいた、この大陸すべての人間国家を束ねる、『連合議会』の議長を努めておる者ですが、勇者様ほどになると、記憶に留める価値もないわけでしょうか?」

「そんなこと言っているんじゃない! 俺を『勇者』と呼ぶんだったら、何でこんな扱いをするんだ⁉」

 そう。俺はいまだに、湯船の中で、女たちに拘束されたままであったのだ。


「──そりゃあ、死んでもらうためですよ」


 ………………………………………はあ?

「ちょ、ちょっと待て! おまえたちの言うところの、『救国の勇者』を殺そうとは、一体どういう了見なんだ⁉」

 そんな俺の至極当然の疑問の言葉にも、目の前の男は眉一つ動かさなかった。


「お陰様で魔王も退治されてしまい、今や平和そのものとなったこの世界において、まさにその魔王すら倒せる『勇者』なんて存在は、脅威以外の何者でもないのです。特定の国に独占されて、『戦力』ともなれば、その他の国にとってはたまったものではなく、我々対魔王のために設立された『連合議会』において秘密協定を結び、再び騒乱の種になるくらいなら、いっそのこと勇者を殺してしまおうってことになったのですよ」

「勇者を殺すって、そんな大それたことをしておいて、また魔王とか邪神とか悪竜が現れたりした場合、どうするつもりなんだよ⁉」

「ご心配に及びません。いつか再び世界が危機に見舞われた際には、『世界の意志』として、新たなる勇者が現れることになっておりますから。──まさしく、今回あなたが、勇者として覚醒されたようにね」

「なっ⁉」

 えっ、勇者って、そんなシステムだったの⁉

 ……そういえば、『なろう系』のWeb小説でも、魔王が現れるたびに、新たに現代日本から勇者を召喚するというパターンの作品も、結構あったっけ。

「わ、わかった! これからはけして、勇者の力を使わないと約束する! ハーレムも、その他の褒賞も、全部いらない! このまま俺一人、どこかの片田舎で隠遁生活をするよ! だから命ばかりは助けてくれ!」

 無様に命乞いを始める『勇者様』であったが、返ってきたのは冷酷な言葉のみであった。

「……残念ですが、勇者が生きている限り、新たな勇者が生まれることはないのですよ。よってあなた様には是非にも、死んでいただく他はないのです」

 あー、あったあった、そういう設定の作品も!

 くそう、能なしWeb作家どもが、クソみたいなワンパターン作品を書きやがるから、こんなことになるんだよ!

「お、お願いだ、金でも何でもやる! このまま俺を見逃してくれ!」

「……やれ」

 俺のみっともない有り様に、もはや落胆の色すら見せながら、あっけなく下される命令とともに突き出される、十数本もの槍の穂先。


「ぎゃあああああああああああああああああっ!!!」


 最後に聞こえたのは、周りの女たちの、嘲りの笑声であった。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──あなた、どうなさったの⁉ しっかりして!」


 無限に繰り返される悪夢から辛うじて逃れるようにして、ようやく意識を取り戻せば、目の前には天使や妖精も顔負けの、絶世の美女の涙に濡れた小顔が迫っていた。


「……お姫、様?」


 もうろうとした意識が、つい先程まで自分を拘束していた、金髪碧眼のどこぞの姫君の面影とダブらせる。

「私は、もはや、ティターニア姫なぞではありません! あなたの妻の、テティです!」

 妻あ? それに、ティターニアって。

「……ええと、何が何やら、さっぱりわからないんですけど、ここは一体どこで、あなたは一体誰で、それに何よりも、俺自身は一体何者なんですか?」

 非常に間抜けな質問であったが、これまでのパターンからすると、俺は今や、『ヨーゼフ』でも『ユージン』でもない、別の『誰か』になってしまっているものと思われた。

 辺りを見回すと現在の俺は、いかにも狭っ苦しくて粗末な掘っ立て小屋の中の、いかにも狭っ苦しくて粗末な寝台ベッドの上に横たわっていた。

「そ、そんな、まさか! あなた、記憶を失ってしまわれたの⁉」

「ああ、うん、そんな感じだけど、病気とかではないから、心配はいらないよ。だからかいつまんだ内容でいいから、俺たちの関係を教えてくれよ?」

「えっ、ということは、ご自分が『救国の勇者』であられたことも、忘れられたのですか⁉」

 また、このパターンかよ?

「……もしかして俺の名前、『ユージン』とか言うんじゃないだろうな?」

「え、いえ、あなた様は、ライアン=オニイヌ様であり、私は妻の、テティ=オニイヌでございます」

「君は、お姫様じゃないのか?」

「確かにかつては、あなたが魔族どもからお救いしてくだされた、カミツキ王国の第一王女でした。しかしあなたが魔族国を打ち負かした後に、勇者を引退して隠遁生活スローライフを送ることを宣言されて、父王からの私の降嫁を始めとするあらゆる褒賞を受け取ることを拒まれて、この田舎町に引きこもられた際に、私は王女の地位も贅沢な暮らしもすべて捨てて、あなたの許に押しかけてきたのです!」

「え、でも、自分で言うのも何だけど、勇者なんて野放しにしておいて、大陸全体におけるパワーバランスは大丈夫なの? 手っ取り早く、殺しておいたほうがいいんじゃないの?」

「まさか! 大恩ある勇者様を手にかけようなんて不届き者なぞ、この大陸にいるはずはございません! それに何より、勇者とは『聖剣に選ばれし者』でしかなく、聖剣を手にしていなければ、何の力も振るえず、もし世界に勇者が必要となれば、聖剣が新たなる勇者を選び直すだけの話なのです」

 ……ああ、確かに、そんな設定のWeb小説もあったよな。


 ──あれ?


 そうすると、前回と今回とでは、別々の小説セカイの中の話ってことになるのか?


「──あっ、いけない! あなた、早く逃げて!」

「へ? 逃げてって……」

「私、それを伝えるために、起こしにきたの! 聖剣を持たない今のあなたには何の力もないから、『あいつら』に見つかってしまえば、ただでは済まないわ!」

 な、何だ、あいつらって?

 とにかく、この元お姫様にして自称俺の妻の、必死の形相はただ事じゃないぞ?


「──こんなところに隠れていたのかい、『勇者様』?」


 そう言って、いきなり部屋の中に忽然と現れたのは、全身黒ずくめのボンテージ衣装に身を包んだ、妙齢の女性であった。

 そのいかにも特撮番組の『悪の女幹部』そのままの奇抜な格好ファッションは、もしこの世界が剣と魔法のファンタジーワールドであるのなら、さしずめ魔王軍の女四天王といったところだろう。

「君は、一体……」

「あんたに殺されかけた、魔王軍四天王の一人さ。あんたに復讐するために、こうして地獄から甦ってきたんだよ」

 何と、大当たり!

「い、いや、申し訳ないけど、俺はすでに勇者を引退して、こうして隠遁生活スローライフを送っているんだけど」

「そんなこと、知ったこっちゃないよ! こちとら、魔王様の敵を討たなきゃ、気が済まないんだからね!」

 そうですよねえ!

 ……くそう、これも考えなしのWeb作家どもが、安易にスローライフ作品を量産するのが原因なのか⁉

 そもそも勇者級のチート能力を持った者が、スローライフなんかを送っていて、周りが放っておくわけがないだろうが⁉


「──さあ、まずは、あんたの可愛い奥さんが、男の魔族たちから散々慰み者になる姿を見せつけてから、あんた自身をじっくりと、なぶり殺しにさせてもらおうかね♡」


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 ──気がつけば俺は、最初に現代日本で死んだ時に、有無を言わさず召喚された、あの全周が真っ白な空間の中で漂っていた。


 そしてあの時同様に、唐突にかけられる、涼やかなる声音。


『──どう、異世界転生のほうは、お気に召したかしら?』


 振り向けばそこにいたのは、一二、三歳ほどの矮躯に禍々しくも可憐なるゴスロリドレスをまとった、黒髪黒瞳の絶世の美少女──自称『なろうの女神』であった。


「ああっ、このインチキ女神! これは一体どういうことなんだ? 不死のチートを与えてくれると言ったくせに、むしろ死んでばっかりじゃないか⁉」

 掴みかからん勢いで怒鳴りつけたところ、返ってきたのは相も変わらぬ、不敵な笑みまじりの言葉であった。

『そりゃあ、そうでしょう。真に現実的な「不死」を実現するためには、死に続けるしかないんだから。あなたもWeb小説で、そういったパターンの作品を、腐るほど見てきたでしょうが?』

「死に続けることでこそ、『不死』を実現するって………………あっ、それって、『死に戻り』のことか⁉」

『はい、御名答♡』

 確かにもはやうんざりするほど、ありふれているよな、ゲーム脳そのままの、『死に戻り』作品て。

「……え、でも、俺が体験したのって、Web小説で馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返されている、『死に戻り』ではなかったような……」

『それも当然よ。本当に世界がリセットされたり、死傷した肉体が再構築されて甦ったりする、「不死」とか「死に戻り」とか「ループ」とかが、本当にあり得るわけないじゃない。言ったでしょう、私が実現しているのは、真に「不死」だって』

「……現実的な、不死って」

『一言で言えば、あなたは命を失うたびに、何度も何度も「異世界転生」を繰り返しているわけなの。それこそゲーム内でプレイヤーの「持ち駒アバター」が、死亡するごとに、新たなる「持ち駒アバター」と入れ替わるようにね。──ただしこの「再転生」においては、あなたは死ぬごとに、それ以前とは別の異世界人に転生することになるの。さっきも言ったように、一度死んだ人間を物理的に甦らせることなんて、私のような文字通りの神様にだって不可能なんですからね。だからあなたは、最初から死ぬ運命が待ち受けている、異世界人ばかりに転生を繰り返して、当然のごとく死に続けることになっているって次第なのよ』

「最初から死ぬことが決まっている人間にばかりに転生させるなんて、どうしてそんなことするんだよ⁉」

『……いや、実はね、昔それこそゲーム同然に、別に死ぬ運命にあったわけでもない異世界人に、どんどん現代日本人を転生させて、まさしくゲームのコマ同然に使い潰したことがあるんだけど、ゲーム脳の日本人どもが調子に乗って、結局は他人事だからと、何と異世界を舞台にしていながら、わざと零戦なんかに乗って『カミカゼアタック』なんてしでかして、何度も何度も転生を繰り返して、大勢の異世界人を無駄死にさせたことがあって、それを誘導した私が、『の巫女姫』と呼ばれる異世界を管理する別の超常的存在から、しこたま怒られてしまったのよ。だから今回は、初めから死んでしまうことが決まっている異世界人ばかりを、あなたの転生先に選んだってわけなの』

 へえ、女神様を叱りつけることができるやつもいるんだ。

「──じゃなくて! そっちの勝手な事情のために、何で俺が死に続けなければならないんだよ⁉」

『だから言っているじゃない、Web小説ならではのインチキな「不死」ではなく、真に現実的な「不死」とは、死んだ後に甦ることを繰り返す、いわゆる「無限再転生」というやり方しかないって。それにすぐに死んでしまうとはいえ、ちゃんとあなたのリクエスト通りに、勇者等の英雄を転生対象に選んで、ハーレム等の栄耀栄華が楽しめるようにしてあげているじゃない♡』

「確かに一時的には楽しめているけど、結局すべてがバッドエンドに終わってしまうんじゃ、まったく意味がないじゃないか⁉」


 自分は、当然の怒りをぶつけたつもりであった。


 しかし、その時初めてふざけた笑みを消し去った女神は、背筋が凍るほどの冷ややかな表情となり、敢然と言い放った。


『……あのねえ、現実というものはけして、Web小説でもおとぎ話でも無いんだから、「めでたしめでたし」ですべてが終わることなんてなくて、その後でバッドエンドが待ち構えていることだって、十分あり得るの! そんな常識的なことにも気づきやしない、ゲーム脳の作家どもが創ったWeb小説を真に受けて、馬鹿げた非現実極まる異世界転生なんかしようとしたから、当然の報いを受けることになったのよ』

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