第3話

「なーんだ誰もいないじゃん。人間がいると思ってたのに残念」


 両手を頭の後ろに組んで「ちぇっ」とつまらなそうに小石を蹴る女性。

 ふてくされ気味の仲間に、もう一人の女性が呆れたように言う。


「こんな開け広げた場所で、誰が好き好んで野営なんかするのよ」


「でもサレンだって、ちょっとぐらい期待したっしょ?」


「否定はしないけれど、レイア程ではないわよ? 私も最近血が足りていないから仕方ないじゃない」


「飲む方だよね?」


「他に何があるのよ?」


「鉄分かなーって」


 レイアと呼ばれるサキュバス。

 人の精を嗜好とする魔物。

 別名吸精鬼とも呼ばれる。


 そしてサレンと呼ばれた吸血鬼。

 人の血液を嗜好とする魔物。

 別名ヴァンパイアと呼ばれる。


 魔物の中でも特に力のある種族だと、以前読んだ図鑑には書かれていた。

 伝承によると、過去にいたサキュバスや吸血鬼の中には、たった一人が国の衛兵を皆殺しにした記録すら残っているらしい。


「遅くなるから早く行くわよ」


「はぁ……残念。せっかく美味しい精液ごはんにありつけると思ってたのになぁ……」


精液ごはんねぇ──」


 どこか憂いを含んだ言い方を見せる吸血鬼を尻目に、サキュバスは一人盛り上がりを見せた。


「そう精液! 嫌がる男を組み敷いてさ! ツルンと!」


「うどんじゃないんだから」


「色は同じだし、似たようなもんだってー。サレンはどうするよ人間見つけたら」


「私? 私はー……。そうね良いわね。私も無理矢理やっちゃおうかしら」


「え? 催眠かけないで無理やり襲うってこと?」


「たまには良いじゃない。逃げ惑う人間を追い詰めてこう、がぶっ。ってね。どうせこの辺りに厄介な冒険者なんていないわよ」


「いいねいいね! いっそサレンが血を飲みながら私が精液を飲むとかどう? 妄想だけでも昂ぶるわー!」


 物騒な話を楽しげにする魔物らではあるが、聞かされているシーナは気が気でない。

 抑えようとも収まらない鼓動。加えて、体まで震えてくる始末。

 目いっぱいの涙を浮かべて神に祈る子供の姿を見て、誰が彼を勇者だと認めるのだろう。


「なんて──。ほらバカを言っていないで、さっさと帰るわよ」


「へーへーかしこまりましたよ〜」


 やっといなくなるのか?

 一秒が一時間に思える程の苦痛な時間から間も無く解放されようとしている。

 だが安堵してしまったシーナが、ここの場面において最も愚かな行いをしてしまう。


「……すん」


 無意識に鼻啜はなすすりを聞かせてしまうシーナ。

 と同時に、シーナに背を向けて地面から飛び上がっていた二人の体が動きを止めた。

 後悔した頃には、すでに手遅れだ。

 彼女達は魔物である。

 それも二人が二人とも夜を得意とする魔物。

 小さな音を聞き逃すような愚か者ではない。


「おや?」


「あら?」


 ゆらりと振り返る四つの瞳。


「おやおや?」


「嘘でしょう……? 本当にいるの?」


 しばしの沈黙を皮切りに、走り出したのはシーナだった。

 振り返ることも、考えることもやめて、必死に全速力で走り出す。

 向かうは先にある森。

 命の限りに走った。

 道具袋さえ捨て、亡き父の剣だけを抱えて。


「あはっ! あはははは! 人間だ!」


「ちょ……! まっ、待ちなさいきみ!」


 反射したように魔物達までもがシーナを追うため空をける。

 シーナが一瞬だけ振り向くと、闇に浮かぶのは吸血鬼の紅い瞳と、サキュバスの金色の瞳だった。

 殺される。

 いやだ。

 嫌だ嫌だ。

 死にたくない。

 魔物に殺されるために生まれてきたわけじゃない。

 先に翔けていた吸血鬼の手が、残り数メートルで勇者のえりを掴もうとした矢先、寸前で勇者は森に入り込む。

 更に勇者にとっての幸運は続いた。

 森は木々の感覚が狭いため、魔物が大羽を広げて翔ける事ができなかった。


「ちぃ──!」


「サレン走るよ!」


「えぇ!」


 羽を仕舞った二人が着地と同時に走り出す。

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この勇者どこに旅立つ 東雲 @Shinonome6045

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