第2話

「やっぱり野宿なんかするんじゃなかった……」


 シーナが王から勇者に任命にんめいされて早くも一ヶ月が過ぎようとしていた頃。

 お財布と相談した結果、生まれて初めての野宿に挑戦していたシーナは、野宿の開始直後からさっそく後悔をしていた。


「あー! 焚き火が消えちゃった!」


 平野は森や山といった野性味やせいみあふれる地帯に比べればまだ魔物の出現率が低い。

 理由は外敵から隠れる場所が少ないからである。

 だがそれはあくまで昼時の話。


「先を急ぎすぎたかな……でも王様から貰ったお金も節約しないとだし──」


 シーナが寂しさを紛らわすために一人で喋ってみるが、当然誰もシーナの問いには答えない。

 平野に聞こえるのは秋虫のかなでる音色だけだった。


「…………」


 なんでこんなに寂しい思いをしなくちゃいけないんだろう。なんで魔王討伐なんかさせられないといけないんだろう。

 毎日のように何度も何度も繰り返した疑問が、今日もシーナの頭を切る。

 そもそも記憶にすらない父が、元勇者だと聞かされたのが一ヶ月前。なのに聞かされたと思ったら、形見の剣と大量の路銀を渡され旅に出させられた。

 とてもじゃないけれど普通には思えない。あんまりだ。


「はぁ……」


 空を見上れば満面の星空。


「はやく火をつけないと……」


 シーナが枝を重ねて火をつけようとする。その時、遠くの夜空に二つの人影が見えた。


「っ──!」


 空に人影があると言う時点で、それらが人間ではない意味を成している。

 シーナは枕がわりにしていた道具入れと、形見として渡されていた剣を掴むと駆け出した。


「ど、どこかに隠れないと!」


 慌てて辺りを見渡すが、ここは村と町の中間にある平野。

 建物などなければ、ろくな遮蔽物しゃへいぶつもない。

 右を見て、左を見て、急いで駆け出したシーナは近場に見えた雑木林へと身を投げ入れる。

 せて隠れたシーナが息を整えようと精神を集中させた。

 息よ止まれ。落ち着けと。

 そして考える。

 どうしてこんな所に人型の魔物が飛んでいるのかと。

 強く脈打つシーナの心臓。

 自分にしか聞こえていない鼓動のはずだが、辺りにも響いているんじゃないかと錯覚してしまうほどに音がうるさい。

 人型魔物。

 人型は魔物の中でも知能が高く、手先も器用。そして魔力、筋力共にひいでた最上級の魔物と呼ばれている。

 時に残忍ざんにんであり、時に冷徹れいてつであり、残虐ざんぎゃく非道ひどうと言われる魔物を目視もくししたシーナが焦るのも無理はないだろう。

 そもそもここらには強い魔物はおろか、弱い魔物すらろく出ないないと聞いていた。だからこそ野宿をしていたのだ。

 下手な冒険者が束になっても勝てない人型魔物が出るのならば、ハナから野宿なんてしていない。

 奥歯がカチカチと鳴り出したシーナが涙目でうように、自分の鼓動に願う。

 お願いだから静かにして。って。

 いっそ二匹の人型魔物に遭遇そうぐうするくらいなら、数分止まってくれたって構わない。

 呼吸を殺し、動作を殺し、こちらへ飛んでくる二匹の魔物に気付かないでと願うだけのシーナ。

 しかし影になっていた魔物達は、シーナの願いも虚しく今さっきまで野営していた跡地に降りた。


「おやおや? 焚き火の後だよ」


「そうねぇ」


 近付かれ、更に高鳴ろうとする鼓動をおさえながら、降りてきた魔物らから目を離さずにいるシーナ。

 途端「っ──!」と息を飲む。

 月明かりに照らされる人型の背には、魔法で作られた羽が生えていた。

 蝙蝠こうもりの羽にも似た物だが、それぞれ形状けいじょうや模様が別だった。

 種族をあらわす羽の模様から察するに、二人は人型の中でも特に危険度の高い魔物らしい。

 魔物図鑑を読んだ時の挿し絵を思い出す。

 あの模様は確か──。

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