最終話「デウス・EXIT・マキナ」

 蜜月みつげつの日々は長く続いた。

 いつからかデウスは、歳を重ねることさえ楽しむようになっていた。マキナとは喧嘩けんかもするし、傷つけてしまうこともあっただろう。


「マキナ、ここは……ふむ。僕もこの地域には始めて来るね」


 人類がまるごと残した偉業の産物も、世界各地で風化が始まっていた。

 そんな中、不意にマキナがデウスを連れ出したのだ。ここは確か、一世紀ほど前は工業地帯だったような気がする。

 狩猟と農耕で己を養えなくなって、人類が始めた生産と経済……その中枢だ。

 神であるデウスがそうであるように、太陽も天候もおおむね人間に対して平等だ。だが、経済は違う……貧富の差は差別を生み、貧困こそが人類の真の敵となった。

 よかれと思って打ち込む力は、人間にしかない諸刃もろはつるぎなのだった。


「まあ、だから……マキナと出会えたんだけどね。人間に感謝だ」

「デウス? なにか」

「いや、いいんだ。それより……なんの倉庫だい?」


 整然と並ぶ倉庫街の中で、マキナは老人になったデウスの手を引く。

 彼女はいつもデウスの歩調に合わせてくれたし、看護も介護も優しかった。献身けんしんの精神は何度も見てきたが、不思議といつもの痛々しさをデウスは感じなかった。

 全く経年を感じさせない美しさは、以前と全く変わらない。

 だが、長い時間をかけての小さな変化を、デウスは残さず覚えている。

 思い出せなくなっても、決して忘れない。


「つきました。デウス、大事なお話があります」


 自慢の怪力で、マキナがとある倉庫の扉を開く。

 そして、デウスは絶句した。


「こ、これは……マキナ、どうしたんだい。これを僕に見せて、なにを」


 そこには、マキナがいた。

 沢山のマキナが、パッケージングされて並んでいたのである。


三芝製08式ミシバせいマルハチしき……の、前期型を在庫として保管しています。デウス、落ち着いて聞いてください」


 嫌だと本能的に思った。

 だが、いつもと変わらぬ端正な真顔は、いつも以上に真剣だった。


「実は、私の躯体くたいがもう限界なのです。デウスの心身に寄り添えない程度には、機能不全が進みつつあります」

「そ、そんな……馬鹿な。だって、君は、ロボット……」

「人間の作ったものは、人間より早く壊れます。そうでなければ、新製品……例えば、私の後期型などが売れませんから」


 なんという皮肉だと、デウスは目の前が真っ暗になった。

 マキナに看取みとられ、彼女だけを残す悔しさと悲しみを分かち合って、そして旅立とうと思っていたのに。

 現実は真逆、マキナの方が先に世界から去ってしまうというのだ。


「デウス、データを保存状態のよい個体に移して、使ってください」

「嫌だ! 使って、なんて言わないで」

「データの引き継ぎがなされれば、それが次の……私、です、から」

「……マキナ?」


 始めてマキナは言いよどんだ。

 そして、しばし黙考のあとに口を開く。


「私としては、不本意です。そのことだけ……覚えていて、くだされば」

「君がロボットなのか、それとも僕の彼女……恋人なのか。それは二人で決めることだよ。僕は、僕のために終われない君、機械だから終わらない君は、とても悲しい」

「言葉が、見つかりません。ですが、私という躯体自身への執着を感じます。……私の、今この私以外の躯体を……貴方あなたの隣に置きたくありません。ですが」


 デウスは黙って、マキナを抱き締めた。

 彼女以外に、抱き返してほしくなかった。


「デウス、お願いがあります」

「いいよ、マキナ。そうしよう」

「まだ希望を述べていませんが。希望を……そう、希望を、持ちました」

「うん、だからいいよ……僕はかなえよう。こう見えても神様だからね」

「では、お願いします。私のわがままで、一人になってしまう彼の……He物語Storyを、もう一度始めてください。私がひとめしてよい貴方でもありませんので」


 涙が止まらなかった。

 そして、マキナの希望を聞いてもデウスはうなずいた。


 今、神は座に戻りて創世が始まる。


 神自身の話が神話ならば、それは……地球に何度目かに生まれた人類の、繰り返す歴史Historyとして再び始まるのだった。

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デウス×マキナ ながやん @nagamono

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