第6話「デウス・セックス・マキナ」

 もう、バカンスを始めて十年以上が経っていた。

 だが、今回で始めてだとデウスは思い返す。

 これは、人間達を見ているうちに試してみたくなったことではない。神様は誰にも公平で、公正だ。だから、全てを見守るだけ。そして、時には等しく目をつぶる。

 だから、こんなに凄いことだとは思わなかった。

 そう……今回は、一人のロボットと暮らすうちに試してみたくなったことなのだ。


「……えっと、マキナ。起きてるかい?」

「はい、デウス」


 同じベッドに並んで抱き合い、波の音を聞いていた。

 もうすぐ夜明け、カーテンの揺れる窓から、真夏の朝日が見られるだろう。そういう場所を探すのに苦労した。コンピューターは人類が生み出した三番目に偉大な発明だが、電源にマキナの手を借りる必要がある。

 それでは、サプライズにならない。


(でも、悠長にもしてられなかったんだよなあ)


 ひんやりとした白い肌を、抱き寄せる。

 胸の中にいるのはもう、休暇中に遭遇して一緒にいるだけの、ただのロボットではなかった。つい数時間ほど前、そういう関係性を親密極まりない状態へと更新したのだった。

 今日に限って、マキナは「後期型でしたら」などとは言わなかった。

 ほおを赤らめる血潮ちしおもなく、目をうるませてはにかむでもなく、真顔で大きくうなずいたのだ。


(雰囲気のいいコテージ、美味しい夕食とお酒、ムードのある音楽……を、僕の男性機能が元気なうちにね)


 失念していた……神には全くない概念がいねんだが、。年齢と共に、身体機能が衰えてゆくのだ。それを、まだ中年前の状態で気づけてよかったと思う。

 ロボットのマキナと常に一緒で、時間が過ぎゆくのに鈍感になっていた。

 それくらい、毎日が楽しく、彼女が愛しかった。


「デウス」

「ん、なんだい?」

「本来、ロボットとしてあるまじき関係性を今、人間と構築してしまいました。そして、維持と存続を望んでいます」

「それは……嬉しいな。いや、本当に! でも、意外だった。こんなに穏やかでいられるなんて」

「過激な性交渉が必要だったでしょうか? もしくは、もっと背徳的な……不衛生な感じをお望みですか!」

「いや、ないない。けど……僕が君のHeでいいのかな、とか。お硬いことを言って断られるかな、とか」


 不意にマキナは、黙った。

 そして、そっとデウスの抱擁ほうようを抜け出し、ベッドを降りてしまう。

 その白い背中をデウスは、呆然ぼうぜんとバスルームに見送るしかなかった。

 怒らせちゃったのかなと思ったら、彼女はすぐに戻ってくる。

 バケツ一杯の水を手にして。


「デウス、私を愛してくれて、ありがとうございました」


 そう言ってマキナは、目の前で頭から水を被った。

 突然のナントカチャレンジ? いや、違う。


「えっ、ちょ、ちょっとマキナ! ……ゴメン、ちょっとわからない。人間には、そういうリアクションはなかったような。いや、毎回盗み見てた訳じゃないけど! その! たまに!」

「人間には必要ないからです。……私には、涙腺るいせんの機能がありませんので」


 ずぶれで顔を上げたマキナは、両手の指でくちびるを押し上げ……真顔で笑った。


「涙が出るくらい嬉しいの、と以前……そう、以前のマスターの奥様が。どうでしょうか、泣き笑い、できていますか?」


 水平線に太陽が昇り始めて、デウスははっきりとその光景を目に焼き付けた。

 神様家業を休んでのバカンスで、知識ではなく経験として、彼は愛を知ったのだった。

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