第5話「デウス・ジャッキ・マキナ」

 デウスはいつも、例のショッピングモールにいる訳じゃない。

 この地球で唯一人の人間として、それなりの活動範囲をうろついている。勿論もちろん、神様の仕事は休暇中なので、ごく一般的な成人男性の行動力しか持ち合わせていないが。

 だが、彼はかれこれ数年近くずっと『やってみたかった人類の娯楽や文化』に夢中だ。

 この地球で唯一のロボット、マキナと一緒だからだ。


「こちらでしたか、デウス」


 今日もいつもの時間に、昼食を持ってマキナが来てくれた。

 かつてショールームだった場所が、デウスの工房である。


「やあ、マキナ。ありがとう」


 美貌の女性型ロボットは、メイド服のポケットからハンカチを出した。それで、デウスのほおを拭いてくれる。どうやら、作業中に汚れていたらしい。

 人間同様の柔らかい手だったが、ひんやりと冷たかった。


「で、どうですか? 作業の進捗しんちょくは」

「うん、かなりいい。あと少しで終わると思う」


 そう笑って、デウスは車体を振り返る。

 そこには、真っ白なオープンカーがあった。

 チャンピオンシップホワイトに塗られた、後輪駆動のスポーツタイプである。

 人間は何故なぜか、限界への挑戦にこだわる傾向があった。

 神としてデウスが与えた限界を、何度も繰り返し更新し続ける。

 より長く。

 より高く。

 より遠く。

 そして、より速く。


「修理が終わったら、一緒にドライブに行こう、マキナ」

「……はあ。それはまた、意外な」

「そ、そうかい? ただ、オープンカーでカッ飛ばすってのは、やってみたかったことさ」


 その前段階として、気に入った車を修理から始めねばならなかったのは誤算だった。だが、機械いじりというのは予想だにせぬ面白さを教えてくれた。

 機械マシーンとは文明の象徴、文明にしか存在しない『必要を前提とした機能の集合体』だ。

 生物は環境への適応を欲しているし、そのための機能は全てデウスが与えた。

 だが、人間はデウスに頼らずそれを自分で生み出し進歩したのである。


「オープンカーで、カッ飛ばす……ですか」

「そう! きっ、きみとね」

「わかりました。であれば、手順を繰り上げましょう。私も車両のメンテナンスに参加したいと思います」


 そう言うと、マキナはオープンカーのフロントにかがみ……「えい」と、意外な声に気迫を込めた。

 まるで地下の冷蔵庫を開けるくらい簡単に、オープンカーの腹が丸見えになる。


「作業を支援します。テキパキと直してしまいましょう!」

「あ、うん……張り切ってるね」

「知りませんでした、デウスがそんなことを……であれば、? 時速200km程で走行可能ですが」

「君に、乗る!? ちょ、まっ! まずいでしょ! そういうこと言わないの!」

「そう、ですか」

「なんで残念そうなの!?」

「いえ……内燃機関ガソリンエンジン自動車オンボロに負けたと思いまして」


 しおらしい言葉を期待した、自分が馬鹿だった。それに、あまり過激な言葉も求めていない。ただ、一緒に同じ風を感じたい。

 そろそろこの街を、一度飛び出してみたいのだ。

 人類が去ったとはいえ、二人で毎日遊んで暮らすには狭過せますぎるから。


ちなみにデウス、どういうたぐいの搭乗を想像したのですか?」

「いやだっ、聞かないでくれ!」


 でも、しょうがないから、ゴニョゴニョと小声でつぶやく。

 マキナは瞳孔どうこうに似せた光学レンズを収縮させ、真顔で固まってしまった。

 大きな音を立てて、彼女が支えていたオープンカーがドシン! と落ちてくる。レストア終了間近だった二人のマイカーは、発見当初より酷い状態へ巻き戻ってしまうのだった。

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