第4話「デウス・バーバー・マキナ」

 デウスが休暇に入ってから、かなりの時間がった。

 そして、ようやくあの楽しみを満喫できる日が来たのだ。

 やりたかったリストの中でも、割と高ランクの案件。それも、すこぶる美人なマキナにやってもらえるので、これはもうベストだとしか思えない。


「いやあ、髪がようやく伸びたねえ! 神の髪がね! HAHAHAハハハ!」


 思わず浮かれながら、デウスは理髪店の椅子に沈む。

 マキナは無言で見詰めて、小さく首を左右に振った。

 人類がどういう時にその仕草しぐさをするのか、デウスは失念するくらいはしゃいでいたのだった。


「では、デウス。今日は散髪ということでよろしいですか?」

「よろしいですとも! ……ちなみにマキナ、きみ……散髪の経験は」

「私の髪は、これは放熱用の特殊ファイバー繊維せんいです。伸びません」

「いや、切られる側じゃなく、切る方だよ」


 またマキナは、黙って眼差まなざしを注いで、数拍の後に首を横に振った。


「ちょっと待って、マキナ」

「いえ、可能です。……以前のマスターが幼少期のおり、よく散髪をしていました」

「あ、そなんだ……大丈夫じゃないか、やだなあ」

「では。……痛くても、泣いてはいけませんよ? デウス」


 ハサミを手に、マキナが腕まくりする。

 あわててデウスは、二人でまず書店に行くことにした。少しほこりの積もった本棚から、理髪業の資料を何点か。それと、当時の流行はやりの最先端が載った雑誌を数冊。

 マキナは、人間バリカンの妙技がどうとか言っていた。

 君は人間じゃなくてロボットじゃないかと、今度はデウスが無言でやれやれと首を振る。

 そんなこんなで、ようやく散髪が始まったのだった。


「ああ、最高だね……人間はね、楽しそうに、気持ちよさそうにしてたよ。それで、店主と世間話をしたりね」

「そうでしたか」

「ああ、そうさ。あと、最近はあれをやらないよね? 昔は床屋とこやで血をったりしてたのに」

「中世の瀉血しゃけつ、血抜きによる原始的医療ですね。……やりましょうか?」

「い、いや、いい……君のおかげですこぶる健康だからね」


 チョキチョキ、小気味よいリズムでハサミが歌う。

 最近はマキナは、何故なぜかメイド服を着ていた。聞けば、その服で過ごした時期が一番長かったという。

 おぼろげにだが、彼女がかつて人間とどう暮らしていたかが、デウスには想像できた。

 だが、人工皮膚の柔らかな指が触れてくるうちに、つい睡魔すいまの誘惑に負けてしまう。


「――ウス? デウス……寝たのですか? 起きてますか? どちらかをはっきりと意思表示してください。ふむ……まあ、いいでしょう。散髪作業を継続します」


 楽器のようなマキナの声が、どこか遠くににじんで聞こえる。

 うららかな晴れた午後、今日もショッピングモールは静けさが満ちていた。鳥の声と風の音、夏になれば虫の鳴き声も聴こえるだろう。

 最高にいい気分を満喫していたデウスだったが、次の瞬間に悲鳴をあげる。


「ほあっちゃあああ! 熱っ、アチチ……マキナ? なにを」

「失礼しました、デウス。マニュアル通り、ひげを剃る前に熱いタオルを」

「熱過ぎるよ、それ! 蒸し上がっちゃうよ!」

「ですから、痛くても泣いてはいけませんよと」

「そうじゃなくて……ん? なんだい?」


 デウスは受肉するにあたり、人が見た神のイメージを借りておのれを形成した。だから、それなりの美形だという自負はある。顔は内面を語るものだと、そう言っていたのも人間だからだ。

 そんなデウスの顔を見て、マキナは小首をかしげた。


「……毎朝、髭は剃ってます、よね?」

「ん? ああ、そりゃ……その、なんだ……ああ、うん! ……レッ、レディの前だからね」

「私は三芝製08式ミシバせいマルハチしき、ロボットですが」

「だから、ロボットの女の子。そうだろう? ……君、意外と鈍いな」


 思わずどちらからともなく、見詰め合う。

 眼差しに熱量を感じたが、次の瞬間には二人同時に肩をすくめて首を振るのだった。

 なお、去りし日のトップスターに似せてと頼んだのに……散髪の終わったデウスは何故か、仏教の神童ブッタみたいな自分を鏡の中に見る羽目はめになるのだった。生前ならぬ受肉前、何度か会ったブッタにそっくりだった。

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