第15話フランケンシュタインの乙女外伝Ⅴ
●血の契りーーアグリッパ少尉補がおユキになる件
「ムッシュー・アグリッパ。俺は
土方殿が、キラキラする目を向けて、言った。
「憧れで、はるばる日本に来たなんて。そうだ、俺にも憧れができた。
「ずっと願い続けていれば、いつかきっと実現するでしょう。ムッシュー・土方。」
「ああ、でも、今はこんなことを考えたらダメなんだ。戦わなければ。何といっても俺には、俺を武士にしてくれた近藤殿に、そして荒くれ浪人の集まりにすぎなかった俺たち新選組を庇護してくれた、会津の松平容保公に、恩義があるのだからな。ムッシュー・アグリッパ。俺は上様は、将軍慶喜公には、戦う気はハナっからないと踏んでいる。何といっても慶喜公は将軍になるずっとまえからの
でも、容保公は違う。なにより、薩長の奴らが容保公だけは生かしておかないだろうよ。ムッシュー・アグリッパ。俺は新選組の仲間を連れて、会津に行くつもりだ」
「会津に。それって、死にに行くようなものでは‥‥」
「ムッシュー・アグリッパ。武士にはいのちよりも大切なものがあるのだ」
言うと土方殿は、思いつめた表情で向き直った。
「ムッシュー・アグリッパ。お願いの儀がある」
「お願い?軍服以外に?わたしにできることがあれば‥‥」
「その、軍服よりもっと、言いにくいことなんだが‥‥」
土方殿はふたたびわたしに、眩しそうな視線を投げた。「御身のような
最後は聞き取れないほど小声になった。頬が染まった。
「
わたしはダメもとで脳内搭載型百科事典エンセファロペディアを呼び出した。このところ日本の風俗について尋ねても、データ不足で答えてくれないのだった。
ーー
意外にも答えが返ってきた。同性愛‥‥。わたしの頬も赤くなったようだった。
そして、この場で自分は女だと告白して、土方殿に身を任せたいという衝動が起こった。
そんなことができるわけはなかった。でも、もし土方殿に生きる勇気を少しでも与えられるのならば‥‥
「わたしでよければ、ムッシュー・土方」
「おお、受けてくれるか、ムッシュー・アグリッパ」
パッと背後か陽光が射すように輝いた顔を見て、土方殿はあのヴィクトール・フランケンシュタインやフェルゼン伯に負けない美男子だ、と思った。やはりわたしは、ノートルダム大聖堂のドームの上で怪物フランケンに言われた通り、どうしようもない面食いなのだ。
「ムッシュー・アグリッパ。契りは血で固めるもの」
言うと土方殿は腰の短刀を抜き、自分の左手の小指に当てた。
わたしもならって軍手を脱ぎ、サーベルを左の小指に当てる。
小指の先に血が滲みだして赤い玉を作る。
そのまま、血の玉と玉とを混ぜ合わす。
土方殿の指は燃えるように熱い。
「これで御身と俺とは念友になった。ムッシュー呼ばわりはお互いまずいな」
「ユッキィと呼んでください」
「ユッキィ‥‥」
つと、土方殿は空を見上げるしぐさをした。
わたしもつられて、空を見上げた。
いつのまにか雲が厚く垂れこめ、白いものが降ってきていた。
「雪‥‥。とうとう雪になったか。そうだ、ユキはどうだ。いや、おユキだ」
「おユキ。それって、女子の呼び方ではないですか」
「戦国時代の偉大な武将、信長公に森蘭丸というお小姓がいた。見目うるわしく文武にも秀でて、お蘭と呼んでいつもお傍において寵愛なされたそうだ」
「して、ムッシュー・土方は何と呼べば」
「そうだな、トシと呼んでくれ」
「では、トシさん‥‥」
「おユキ‥‥」
わたしたちは、お互いを呼びながら、暫し見つめ合った。
こうしてわたしは、身分はフランス陸軍アグリッパ少尉補のまま、おユキと呼ばれて新選組副長と、相思相愛の仲となったのだった。
1868年1月12日のこと。薩長を中心とした新政府軍は徳川幕府を討つべくすでに京都を進発していた。
幕府にとっても、幕府の後ろ盾になってきたわれわれフランス軍事顧問団にとっても、厳しい局面が待ち構えていた。
長門有希詩篇 アグリッパ・ゆう @fantastiquelabo
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