第七章 対 決

 夜の嵐が吹き込むそのフロアでは、高い天井にサーシャの魔力で灯されたシャンデリアが大きく傾ぎながら依然として光を放ち続けている。破れた掃き出し窓から入り込もうとする暗闇を遮り、おぼろにかすむ異形の娘の輪郭を映し出していた。


「ブランシュネージュ‥‥、悪いお友だちが出来たのね‥ 」


 細い三日月のような眉を逆立て、あどけない青い瞳でギョロリと部屋の中を見渡すと、頭を下げ左肘をねじ込み、破れた窓から上半身ごと這い込んで来ようとする。


 シリウスの斬撃にも幻のごとく手応えの無かった巨木のような右手が、床にへたり込んでいたヴェレーノのがっしりとした体を鷲づかみにした。娘は更に左手を添えると雑巾でも絞るように力を込める。バキッベキッと全身の骨がへし折れる音。


「ぐぅわっ、ぎゃあああああっっ!! 」


「か…、頭ぁっ!? 」


 盗賊ヴェレーノは手下たちの目前で、断末魔の絶叫と共に大量の血塊を吐き出し絶命した。娘はさして興味も無さそうにその残骸を肩越しに嵐の中へ放り投げた。


「そんな! こいつは実体が無い筈じゃなかったのか!? 」


 斬りかかってもムダと解っていても、両手剣を構えながらシリウスが叫んだ。異形の娘は、酷たらしい殺戮を目の当たりにしてその場に呆然と立ちすくむルカに狙いを定めた。


「ルカっ、危ないっ! 逃げろっっ!!」


 娘の白い触手を揃えたような巨大な手のひらが、まるで小虫を叩き潰そうとするかのようにルカの頭上に振り下ろされる。


トルナード竜 巻!」


 ゴゥッ!と轟音が響き、突如フロアの中に突風が吹き荒れた。幼いルカの体をすくい上げ、対面の壁まで弾き飛ばす。


 ドカァァーン!! 標的を失った巨大な手のひらは、絨毯敷きの豪奢な床にめり込んだ。


「これは風魔法? まさか! 」


 反射的に振り返るシリウス、廊下へ通じるあのアーチの下にサーシャが居た。不自由な体でひとり懸命に車椅子を操って来たのか、汗みずくの顔に息を切らせながら、華奢な右手に不釣り合いなほど大きな魔杖を高く掲げて。


「サーシャ、何故戻って来た? 逃げるんだよ! こいつは化け物なんだっ!! 」


フローテ浮 遊! 」


 シリウスの叫びには答えず、サーシャは詠唱と共に杖を頭上で旋回させた。シャボン玉のような無数の透明の泡が現れ部屋いっぱいに広がる。それはシリウスにルカ、部屋の片隅で震えていたバスラを捉えると、彼らの体を不安定に宙に浮きあがらせた。


クー・ドゥ・ヴァン強 風! 」


 またしても室内に突風が巻き起こる。三人はひとまとめに、異形の娘が這い込んで来た掃き出し窓の破れ目に荒々しく叩きつけられた。


 ガシャガシャーン! バキバキィッ!


 勢い余って盗賊たちは、窓の残骸と共に嵐の吹き荒れる中庭に放り出された。


「な、何をするんだ? サーシャ! 」


 豪雨の中ずぶ濡れで転がりながら体を起こしたシリウスが、もう一度部屋の中のサーシャに呼びかける。しかしそこに居るのはもう、つい先程の所在なさげで気弱な不遇の少女では無かった。


「もう宴は終わりよ。盗賊も悪魔の娘も、招かれざる客はみんな、私の屋敷からとっとと出て行って! 」


 意外な事の成り行きに人外の娘も思わず動きを止めた。四つん這いで上半身をフロアに突っ込んだまま、巨大な顔がシリウス達の居る嵐の中庭に向けてゆっくりと振り返った。


「ひいいぃいっ! ここは化け物屋敷だぁっ!! 」


 半狂乱のバスラが闇雲に立ち上がり駆け出そうとする。


「サーシャ! 君はどうするんだ、サーシャ!? 」


「シリウスぅ、逃げるんだよぅっ! 」


 悲鳴を上げシリウスの腕をつかんでめちゃくちゃに引きずるルカ、我先にと逃げ出そうとするバスラに突き飛ばされ、三人の盗賊は嵐が吹き荒れる小高い丘を一塊にもつれ合って転げるように消えて行った。



 真夜中、嵐の丘に建つ二階建ての崩れかけた西洋館。主のサーシャは車椅子のままただ一人、フロアに直接吹き込む暴風雨を受けながら母の形見の魔杖を掲げ、巨大な異形の娘と対峙していた。


「いい子ね、ブランシュネージュ。悪いお友だちを追い出してくれたのね…… 」


 娘の甘ったるい猫なで声が、音量だけが狂ったような轟音で部屋中に響き渡った。


「さあお出で、私の可愛いブランシュネージュ。ドールハウスへ帰りましょう。立派な肘掛け椅子と色とりどりの美しいドレス、あなたが大好きなあれもこれも、すぐにまた思い出せるわ―― 」


 表面上は穏やかに、異形の娘は四つん這いの体を乗り出した。サーシャは右手で魔杖を構えたまま、左手に力を込め車椅子をゴロリ…と僅かに後ろに退く。


「あなたも出て行くのよ、そしてもう二度と来ないで―― 」


 サーシャは自分の身の丈の倍ほどもある娘の顔を真っ向から見据え、静かに、しかし決然と言い放った。


「父は魔法騎士クリムゾン、母は宮中魔導師ペリドット。私はその娘、サーシャ・クラージュよ 」


「あなたの亡くした人形なんかじゃ無い! 痛い目に遭いたくなかったら、私の屋敷から出て行きなさい、化け物っ!! 」




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人形の家 ~ドールハウス~ わんべえ @wanbee

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