エピローグ

「お前、霊を呼び込む体質だったんだなぁ」


「いやっ、そうじゃないでしょ!? ちゃんと謝ってくださいよ、柳井さん! あなたが遅刻しなきゃあんな目に会わなかったんですから、あれは全て柳井さんのせいです!」


「ごめん、ごめん」


 柳井さんからのメールの通り、僕はランチをおごってもらっていた。遅刻のお詫びと恐怖体験の慰謝料代わりに、バスの営業所近くにある定食屋で最も値段の高い“ウニいくら海鮮丼大盛り味噌汁付”を頼んだ。


「この営業所が長い柳井さんは知ってたんでしょ? あのSA(サービスエリア)はって。なんで教えてくれなかったんですかぁ」


「あぁ、だってお前、ヤバい話を聞いたらあの路線を乗務拒否するだろ? まぁ入社2年目なんだしさぁ。まだ好き嫌いが言えるキャリアじゃないって。言ったらすぐクビかもよ。だからだ」


「だからだ、じゃないでしょ。それに好き嫌いの問題じゃないし」


 ランチを食べながら、柳井さんはあの霊のことを教えてくれた。



 ― 17年前。

 父親と母親と小学校2年の男の子の三人で車旅行をしていた家族がいた。

 その帰り道に、運転していた父親はトイレに行くためにSAに立ち寄った。後席に乗っていた母親と子供は共にぐっすりと眠っていたのでそのまま黙って一人でトイレに行った。

 父親が車を出た少し後にどうも子供だけ目を覚ましたらしい。そしていない父親を探しに行ったのか、自分もトイレに行きたくなったのか、子供は車のドアを開け、突然車から飛び出て走りだした。車の合間から飛び出した先に運悪く車が走ってきてぶつかり、打ち所が悪くて救急搬送先で亡くなったそうだ。―



「かわいそうな話ですね。きっと父親も母親も自分たちがちゃんと子供を見ていなかったことを悔やんだでしょうね」


「そう。でもこの話はそれで終わらない」



 ― 母親は、子供が目覚めた時に自分も目覚めなかったことを悔やんだと同時に、トイレに行く時に声を掛けてくれなかった夫を許せなかった。父親は、出る際に声を掛けなかったことを悔やんだと同時に、ちゃんと子供を監督できなかった妻を許せなかった。子供が亡くなった直後から二人はずっと罵り合い、子供の葬儀が終わった翌日には離婚してしまったそうだ。

 母親は子供を失った悲しみと自責の念からか、子供の葬儀から3日後に自殺してしまった。父親も子供と妻を失って憔悴しきっていたのであろう、子供の葬儀から6日後の夜に運転する車が橋桁に突っ込んで炎上し、焼け死んでしまった。それが事故だったのか自殺だったのかはわからない。

 その後、子供と父親の遺骨は父親方の実家が引き取って手厚く葬った。

 そして問題は、母親の遺体だった。母親はその両親と早くに死別しており、他に身寄りもなかった。既に離婚をしていたので父親方の実家も引き取りを拒絶した。全く引き取り手が無い母親の遺体は、検死を行った警察署が無縁仏として処理した。―



「当時はワイドショーや週刊誌で連日取り上げられて結構話題になったよ。家族三人の顔もバンバン出てさぁ。だから俺はよく覚えてるよ」


「僕は知りませんでした」


「そりゃそうだろ。お前は当時まだ中学生くらいだろ?」


「ええ、そうですね。でももうあの顔は二度と忘れないです。思い出すだけでまた体が凍り付きそうです。振り向いた瞬間の、深い悲しみと怒り狂った表情が混じり合ったあのの顔は・・・」


 僕はあの時、女性の形相に凍り付いてしまい身動き一つできなくなっていた。数分後に到着した柳井さんに両頬を叩かれるまで。


「たまたま西国三十三ヵ所巡礼の坊さんがバスに乗ってたのはラッキーだったよな。あの坊さんが気づいてお経を唱えてくれなきゃ男の子は、いや下手すりゃお前もあの世に連れてかれてたかもな。しかし、あの男の子も不運だよなぁ。家族に置いてきぼりにされてたなんて。あんな深夜のSAにたった一人で。俺もその状況なら泣くな、きっと」


 あの男の子はSAに置いてきぼりにされていたのだった。

 トイレから車に戻った父親は、子供が一人で車を降りていたことに気づかず発車してしまった。本線を走行中に、目を覚ました母親が子供がいないことにようやく気づいた。車は次のインターでUターンし、あの霊騒ぎの10分後に無事子供を迎えに戻ってきたのだった。


 人気ひとけの無いSAで泣き続けていた子供の声が、あの母親の霊を呼び寄せてしまったのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

高速バスの休憩タイム 暗香炉 @ankoro1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ