見渡す限り白。
タッチャン
見渡す限り白。
(12月、またこの季節が来た。)
男は鬱陶しそうに呟く。
誰かに聞かせる訳でもなくただ呟いただけだ。
高層ビルが建ち並ぶこの町に男は佇んでいた。
右を見ても人、左を見ても人、後ろを振り返っても人だらけの都会的な空気を感じて男は嫌気がさしていた。産まれてから今日までの27年間をこの町で過ごした男の体は、この都会に深く根を張って、町の一部になろうとしていた。
行きかう人たちは男を見て微笑し、嘲笑っていた。
少なくとも男にはそう感じていた。
(どいつもこいつも幸せそうな顔しやがって。)
また呟く。
男は憤りを感じ初めていた。
だが彼は、怒り、苛立ち、憤り、それらを表情に出すことはない。それだけではない。
悲しみも、涙も、疲弊しきった表情も表に出すことはない。
彼の表情にはただ1つのみ。笑顔だ。
それも満面の笑顔。
母親や父親に手を引かれている子供達が彼を指差して笑う。
彼は勿論、笑顔でそれにこたえる。
(クソガキどもが、毎回俺が手を振ると思うなよ。
チクショー、6時間も立ちっぱなしで足が痛んで
来やがる。でも後1時間で終わる。後1時間。)
自分に言い聞かせるように呟く。
何千、何万人と彼の前を機械的な動きで通りすぎる人達。
何千、何万と人達がいるこの都会で彼は孤独を感じていた。スノーボールの中の熊の人形のように彼は1人閉じ込められていた。
月が光輝き町を照らし、雪が暖かく町を包み込んでいた。
見渡す限り白色で統一された景色が孤独感を助長していた。
(後5分。後5分で家に帰れる。もう少しだ。
こんな事は2度としない。2度とごめんだ。)
これが最後の呟きだろう。
大きな時計台の鐘が町全体に響き渡る。
その鐘の音は重々しく、神々として、時刻は22時をすべての人に報せていった。
男の耳にも鐘の音が心地よく流れていった。
男の仕事は終わった。
痛む足を引きずって右斜め前にあるケーキ屋、
アント・ラータ・ショコラのバックヤードに吸い込まれるように入る。
「お疲れ様。」
「お疲れ様です。」
「お疲れー」
ケーキ屋の従業員達が男に労いの言葉をかける。
彼はお疲れ様でしたと言葉を返す。
1人の従業員が満面の笑顔で男に話しかける。
「店長のお陰で昨日より売り上げが上がりましたよ。やっぱりこの季節はトナカイの着ぐるみをきて
プラカードを持ってお店の紹介をするに限りますね
他のお店はこんな事やりませんからね。」
男はトナカイの着ぐるみを脱ぎ、丁寧にロッカーの中へしまう。
「店長、それとプラカードの内容なんですけど、
もう少し可愛く作り直してもらっていいですか。
カラフルにした方がいいと思いますよ。それじゃ私達は帰りますね。また明日もお願いします。」
従業員達がお店を出ていく後ろ姿を見つめて男は
(何で俺が。)
また呟く。
見渡す限り白。 タッチャン @djp753
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