私の王子さま
深見萩緒
私の王子さま
温かな日差しが、春を告げに訪れた。白い光が、薄型テレビに薄っすらと積もった埃を際立たせる。
「掃除しなきゃね」と私が言うと、「俺がやっとくよ」私の頭を撫でながら、彼は微笑む。
私のタイプの男性は、いつも私を気づかってくれて、とっても優しい王子さまみたいな男の人。
だから、私はあなたが好き。
湿った夜風が、夏を告げに訪れた。庭の木にとまった小さなクワガタを、捕まえようと手を伸ばす。
「あとちょっと、届かないね」と私が言うと、「じゃあ俺も届かないな」私より少し背の低い、彼は微笑む。
私のタイプの男性は、私より背が高くて、私をお姫さま抱っこできる王子さまみたいな男の人。
だけど、私はあなたが好き。
コロコロ可憐な虫の音が、秋を告げに訪れた。橙色の豆電球の明かりが、彼と私の輪郭を柔らかく彩る。
「もう寝た?」と私が言うと、小さな寝息を立てながら、夢でも見ているのか、彼は微笑む。
私のタイプの男性は、私のそばにいてくれて、私と一緒に生きて、私と一緒に歳をとって、ずっとずっと一緒にいてくれる、王子さまみたいな男の人。
私は、私は、あなたが好き。歌うように呟いて、幼い背中を優しく撫でた。
聖骸布のような真白い雪が、冬を告げに訪れた。全てが白く塗りつぶされて、世界は白紙に還される。
「若くなって、死ぬ」
その病気が発見されたのは、昨年の冬のことだった。それはあっという間に広がって、世界中の人が「歳若くなって」死んでいった。いや、これが死と言えるのか、私には断言できない。
私の王子さま。私より背が高く、私をお姫さま抱っこできた彼は、夏には少年になり、秋には幼児になって、そして今は私の腕の中で、その小さく柔らかな身体を丸めて、まどろみながら親指を吸っている。
私の王子さま。やがて意識すら持たない、命の原型に還り、小さな細胞の粒になって、消えていく。命が逆転した世界で、私ひとりが取り残されて、正しく老いていく。あなたは私を置いて、死の向こう側へ逝ってしまう。
私のタイプの男性は、いつも私を気づかってくれて、私より背が高くて、私のそばにいてくれて、私と一緒に生きて、私と一緒に歳をとって……ずっとずっと、死ぬまで一緒にいてくれる、王子さまみたいな男の人。
ああ、あなたって本当に、私のタイプじゃないんだから。
「だけど、私はあなたが大好き」
腕の中のあなたは、無邪気に笑った。
私の王子さま 深見萩緒 @miscanthus_nogi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます