あの日あの時、あの場所で。

タッチャン

あの日あの時、あの場所で。

ここではあの時語られなかった真実をお話しよう。


事の始まりはタナカ夫婦が長い新婚旅行から自宅に帰ってきた時に、自宅で横たわる男を発見した所から物語の幕が上がる。(茶番劇の始まりなのだ。)

〈別冊「夫婦の悲劇」の続き。先にそちらを読んでか

ら、こちらを読む事を強くお勧めする。〉




まだ物語の序盤だというのに北村は原稿を机に置いて、重々しく口を開いた。


「東出さん、申し訳ないけどこれもボツだよ。」


北村の突然の死刑宣告に面食らった東出は口をパクパク動かしていた。言葉が出ないのである。


「本当に申し訳ない。この前書いてくれた

「夫婦の悲劇」はボツになったんだ。」


冷静さを取り戻した東出は北村を睨んで語りだす。


「北村さん、ふざけないでもらいたいね。あんたは

喜んで読んでたじゃないか。この作品はイケるって

言ってたじゃないか。「夫婦の悲劇」を書き上げる

のに半年もかかったんだぞ。何でだ?

理由はなんだ?もちろん、教えてくれるだろ?」


東出の言葉の棘がチクチクと刺さり北村は顔を歪めた。棘を一本一本抜きながら言った。


「確かにあの時、僕は称賛したよ。何せ久し振りの

作品だったし、僕自身、編集長からとやかく言わ

れてたってのもあったんだ。

でもあの時、東出さんと一緒にお酒を飲みながら

読んだのがマズかった。お酒は冷静な判断を鈍ら

せる。身をもって学んだよ。アレ以来、僕は禁酒

してるんだ。」


「お酒云々はどうでもいい。理由はなんだ?」


「次の日、二日酔いの状態で編集長に見せたんだ。

東出さんの最高の作品を持ってきました、

これは売れますよ!ってね。そしたら、

それを読んだ編集長が僕の顔に原稿を投げつけて

言ったよ。

意味がわからん。ボツだ。書き直してもらえ。

ってね。

編集長の言ってる意味がわからなくて読み返して

みると、編集長の言ってる事が理解できたんだ。

「夫婦の悲劇」は何を伝えたいのかよくわからな

 いし、登場人物も魅力が無い。

中身の無い小説だって事がわかったんです。

 東出さん、本当に申し訳ない。」


北村はとても太く、鋭く尖った棘を東出に突き刺した。刺さった場所が悪かったのだろう。

東出は椅子ごとひっくり返ってしまったのだ。

胸の左側に刺さった棘を抜かず東出は喚き散らした。


「俺は小説家を辞める!もう無理だ!書けん!

恋愛小説を書いても却下、ミステリーを書いても

却下、SF物を書いても却下、中編物を書いても

却下!どうすればいいんだ!

私はどうすればいい?教えてくれ北村さん!」


床に転がったまま今までの鬱憤を爆発させてると、北村が思い立ったように言った。


「短編物ですよ!東出さん!短編を書いてくれ!

東出さんは短編物を書いた事がないでしょ?

それしかないよ!東出さんなら出来るよ!」


北村の突然の提案に東出は落ち着き、椅子を起こして座り直した。

彼の目にはメラメラと燃える炎が立ち上っていた。


「その手があったか。ありがとう、北村さん。

書いてみるよ。最高の短編物を。」


2ヵ月後、編集長は東出の短編小説を読んでいた。


読み終わって原稿を北村の顔に投げつけて言った。

「Oヘンリのパクりじゃねぇか。やり直し。」


北村は床に落ちた原稿を拾い上げて、その足でトイレに向かい、昨日の酒を全部吐き出した。

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あの日あの時、あの場所で。 タッチャン @djp753

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