ネットの向こうの見知らぬ相手から提案された『交換殺人』と主人公の苦悩

 とにかく『序章』がすごい!

 夜の九時近く。
 場所は人目につかない神社。
 主人公はそこで人を待っている――相手を殺すために。

 神社の石段から突き落とせば、事故として処理されるはず。とても『簡単な作業』のはずだった。
 ところが、主人公は重大なミスに気付く。
 ここからでは相手の顔がよく見えない。間違って無関係な人を殺すわけにはいかないし、かといって相手はどんどん近づいてくる……。

 この高まる緊張感にドキドキして、物語にグッと引き込まれる。

 そこから場面展開して第一話へ続いてゆくが、ここで話が緩むことなく再び引き込まれてゆくのが、この作品の素晴らしいところ。

 もちろん、それだけでは終わらない。
 次から次へと気になる展開が続く。
「この後どうなっちゃうの!?」と、読み進めずにはいられない。

 気付けば、怒涛の勢いで読み終えていた。
 最初から最後まで退屈することのない、まさに『読者を楽しませてくれる作品』だ。

   ***

 一気に読むことができたのには理由がある。

 とても文章が読みやすい。
 読んでいる間まったく疲労を感じず、最初から最後までストレスなく読むことができた。
 先の展開が常に気になり、十万字あるにも関わらず一気に読み終えてしまった。
 こういった作品はなかなか稀有なのではないかと思う。

 また、主人公は不動産会社の従業員だが、この設定に劣らず建築の話題がいろいろと出てくることも物語に深みを増していて良かった。
 ときどき「ペデストリアン」とか「ディープウェブ」などの知らない言葉が出てきて「おっ?」となることもあるが、このあたりは意味がわからなくても問題なく読み進めることができる。
(同時に作者様はいろいろな知識をお持ちの方だと感心した。)

   ***

 作品のジャンルとしては『サスペンス』や『ミステリー』の類。
 読者の興味を引く要素がそこかしこに仕掛けられている。

 まず『交換殺人』というキーワード。
 文字通り、自分が殺したい相手を誰かに殺してもらい、その「誰か」が殺したいと思っている相手を自分が殺す。そういう約束だ。
「そんなの本当にうまくいくのか?」とハラハラしてしまう。

 章タイトルがそれぞれ『因』『果』『応』『報』になっているのもめちゃくちゃ怖い。
 題材が題材だけに、ゾッとするようなシーンが何度もある。
『交換殺人』を持ち掛けられた主人公の葛藤や悩みや変化がリアル。

 そして、「ミキ」という謎の人物。
 ここにもまた何重もの仕掛けが組み込まれている。

 登場人物たちはみんな一癖も二癖もあり、いかにもドラマに出てきそうな印象。
『サスペンス』や『ミステリー』といったジャンルゆえか、登場人物が全員怪しく見える。

 日常生活の描写が綿密で、さりげない描写にもいちいち意味があるのではと勘ぐってしまうが、それはそれで楽しめる。

 そして、アーッ!? まさかそんな展開に!?
 と驚きながら読み進めてゆくと、途中で明かされる驚きの事実!
 読み返してみると、たしかに何度も何度も伏線が張ってある。
 うわー、全然気づかなかった! してやられた!

   ***

【※ここからややネタバレあり】

 種明かし&クライマックスは人によって好みが別れそう。
 でも、私は正直ほっとした。主人公の山瀬がずっと山瀬らしく在れたから。
 それに、老人の愛人となって自由を奪われた女性は●●●った(ネタバレ回避)ということになる。それだけでも救われる。

 ラストはまさに章タイトルを回収してゆく見事なオチだ。
 物語は閉じるべくして閉じられる。

 いやあ、それにしても。
 交換殺人って――本当に難しい。

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