「面白さ」と「正解のない問い」

テーマとは

 文芸部の部室棟からおいしそうな匂いが漂っている。裏の花壇でこっそり育てていたマンドレイク、もといさつまいもが収穫され、それを使った鍋会が行われているのだった。鍋会をすることが決まったとき、とある部員が魔術の儀式らしさを出そうと闇鍋を提案した。即座に満場一致-1で却下。彼女は心の中で舌打ちする。納豆やホイップクリーム、食緑を入れたかったのに!


 会も終わりになり、秋の夕暮れの中、文芸部の部員たちは三々五々家路につく。部室に残っているのは先輩とみひろだけになった。

「今日は前に言ったとおり、テーマについて話そうかな」

 涼しげな顔でそう言いかけた先輩の背後で、部室の扉がばあんと大きな音を立てて開いた。先輩は猫のようにその場で垂直に飛び上がる。

「私の分はー!?」

 入り口に立っているのはショートカットの元気な女の子。ジャージ姿で運動が好きそうな感じ。文芸部には最も似合わないタイプの子だった。

「もうないっつーの」振り返り、先輩が声を荒げる。「部室に顔をだしたの今年初めてよね、あんた」

「おー、あわせ、ひさしぶりー。陸上が忙しくてさー」

「あわせ?」

「私の名前よ」

 先輩は彼女をと呼んだ女の子に向かって「ひかり、あんたのせいで変なあだ名が定着しちゃったじゃない。どうしてくれるの?」と言った。

「その子はだれ? 後輩ちゃん?」光は話題をそらす。「併の言うこと、半分くらいだから、鵜呑みにしない方がいーよー」

 そう言いながら、みひろに向かってニカッと笑った。

「なっ……!」絶句する先輩。

「食べ物がないなら、ここには用はない。諸君、また会おー」

 光はひらひらと手を振るとどこかに行ってしまった。


「へぇー。先輩の本名、あわせって言うんですね」

 先輩は目を細めて、無言の抗議をする。「へぇー」が癪に障ったのは明らかだ。

「みひろ、テーマって何?」

「テーマ、ですか」

「そう。早く答えなさい?」

「ええと、中心となる問い、でしたよね? 確か」

 ネットで調べて一応予習はしておいた。説教くさくなるな、とか、キャラに直接テーマを言わせてはならない、とかの「べからず集」はたくさん見つかるのだが、テーマが何か、ということについてはボンヤリとしか分からなかった。唯一はっきりとした形でテーマの定義を述べているのがそれだったのだ。

「うん。でもちょっと足りない。答えは中心となる問い、よ」

「正解がない、ですか」

「そう。小説における問いは正解がないように作らないといけないの。正解が出るような問い、あるいは作者が何かを強く主張したいなら小説ではなく論文に書くべきよ。あと正確に言えば、その問い自体をテーマと呼ぶのではなくて、そういう問いを作ることが出来る題材のことをテーマと呼ぶのよ。例えば正義とか恋愛とかね」

「何でもかんでもテーマになるわけじゃないんですね」


「でも先輩、さっき『正解がない』って言いましたけど、正解を得られないのに、人はなぜ小説を読むのでしょう」

「読者は小説にそれを求めていないから。そうじゃなくて、主人公がその正解のない問いに対してどういう個性的な反応をするか、知りたいのよ」

「へ……、なるほど」

「主人公のキャラクターがちゃんと描写できてれば、読者は読み終わったときに『○○だったらやっぱりそういう選択をするよね』とか、『そういう選択をするとは、○○は成長したなあ』とかいう感想を抱くはず。問いがしっかり設定できているのに読者がそういう感想を持たない場合は主人公の人格が上手く伝わってないってことね」

「へ……、はい」

「なによ」

「先輩、聞き手としては『へぇ』と言えないのは辛いです。私は『へぇちゃん先輩』も可愛くていいと思います。気にしすぎですよ」

「気にしてないから! でね、いわゆる『わかりやすい物語』の場合は『正解がない』ことをなるべく目ただせないようにする。勧善懲悪ものとかにはそういうお話が多いのよ。例えばあいつは俺の大切な人を殺した悪い奴だ。ぶっ殺してやるっていうプロット。暴力に対して暴力で復讐することがいいことなのか。それこそが正解のない問いなんだけど、深くは考えずに最初に手を出したほうが悪いと決めつけ、『悪人』を倒して終わり。こんな物語もありかと言われればありなの」

「そういう物語のほうが分かりやすくて人気は出そうですね」

「まあね。もう少し深みを出したいなら、悪人にも家族がいるとか、悪人は脅されて仕方なく主人公の大切な人を殺したんだ、とかいう描写をつけるかも。そして、ここからが今回一番言いたいことなんだけど、そもそも正解が出せないのだから、問いを再利用できるということ。それをどういうシチュエーションで提示するかとか、主人公のリアクションを変化させることによって、いくらでも作品の個性を出せるのよ。次回からはそれぞれの『面白さ』に対してどのような『正解のない問い』を作ることが出来るか、考えていくわよ」

「はい! 分かりました、へぇちゃん先輩!」

「ほう、いい度胸ね。覚悟しときなさいよ」

「やっぱり怒ってる……どっちが正解なんですか~」

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みんなで作る、ストーリーの「面白さ」・コンセプト事典 かやのチノ @kayanochino

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