クーリエ

相葉ミト

クーリエ

クーリエCourier 作品を貸し出すときの出品元の作品管理者。作品に随行し、安全な輸送を監督する。

 夏季休暇中のじっとりと暑いキャンパスを、僕と学芸員の二人だけが通り抜けていた。普段なら大学生の熱気で溢れるキャンパスも、人通りが少ない今は暑さも相まって魂が抜けたかのように間延びしていた。

「どうして僕を雇う事にしたんですか? 何度も惑星間を一人で往復してらっしゃるじゃないですか」

 大学から宇宙ステーションに向かう間、僕は雇い主の学芸員に尋ねた。

 僕は教授に紹介されたバイトで、学芸員の宇宙船のクルーとして隣の惑星へ行くことにした。姉妹大学の秋の特別展に貸し出す展示品を、往復二週間かけて学芸員の船で運ぶのだ。僕は宇宙船の運転免許を取るために数日宇宙空間にいた事はあるが、長期の宇宙の旅は初めてで、わくわくしていた。

「はるなに言われてさ。安全の為にクルーを増やせって」

 学芸員はぶっきらぼうにいう。教授曰く、変人だが腕は確かな人だそうだ。教授の話や、過去の学芸員の仕事をまとめた文書からは学芸員がどんな人間なのか、僕にはよく掴めなかったが、直接会ってから教授の評価は正しい、と僕は感じた。直接に交流するのが一番いいのだ。人間でも、人間以外でも。

「はるな? ご友人ですか?」

「人間じゃないよ。私の船の名前」

「可愛い名前ですね。女の子みたいで」

学芸員はにこりともしない。

「適当。中古船だから名前を使い続けようとしたら、航宙局の船名登録に被りがあって、新しい名前が必要だった。昔の戦闘艦艇から取った」

 人殺しの道具の名前を自分の船に付けるとは、変な人だと僕は思った。

 宇宙ステーションの格納庫で、僕ははるなを初めて見た。船体の色は年季が入ったいぶし銀で、50メートル弱の砲弾のような形をしていた。その背中には、折りたたまれた光電池が、2本の帯になって横たわっている。旧型のブリッグ型中型宇宙船である。宇宙空間で巨大なシート状の光電池を展開し、発電と恒星風を使って航行する様が古代の帆船に似ているから、ブリッグ型の名がついた、と僕は宇宙船開発史の講義で聞いていた。船内に乗り込み、僕が自分の部屋として与えられたスペースで荷解きをしていると、無機質なアナウンスが流れた。男の声だった。

〈貨物の積み込みを行います。乗組員は、即刻貨物室へ向かって下さい〉

 女みたいな名前の船なのに、アナウンス音声として男の声を使うとは。宇宙船のアナウンスシステムの初期設定は女の声だから、学芸員がカスタムしたのだろう。ネーミングセンスはおかしいし、音声をわざわざ変更するという細かい事をするし、学芸員は本当に変な人だ、と僕は思う。荷解きを中断し、僕は貨物室へ向かう。丁度はるなの貨物室に博物館資料が詰まったコンテナが搭載されていた。コンテナを運んできたトラックのロボットアームが所定の位置にコンテナを置く。はるなの固定金具が作動し、自動でコンテナが固定される。機械が動きを止めた後、学芸員は固定金具が作動しているか確認し、コンテナの外側に貼り付けられた二次元コードを手元の端末で読み取る。それ以上の事はしなかった。

「中を開けて確認しないんですね」

「開けたところで、梱包材でぐるぐる巻きになったよくわからないものがあるだけだよ」

「でも、目視で確認しないと、もしかしたら偽物が入っているかもしれないですよ?」

 僕の疑念に対し、学芸員は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「偽物を入れられるとしたら、梱包担当の仕業だ。目視したところで、この資料は私の専門外のものだ。真贋の区別はつけられない。間違ったコンテナを積み込んだり、コンテナを輸送中に壊したら私の責任だが、仮に中身が間違っていても、それはコンテナを用意した連中の責任。私はコンテナの外の記載と、事前にもらったリストが一致する事を確かめることしかできない」

「でも、コンテナの外に貼ってあるのは二次元コードだけじゃないですか。あなたには読めないでしょう」

「こいつが読んで教えてくれるから、問題ないよ」

 学芸員は手元の端末を振る。僕は違和感を覚える。上手く言葉にはできなかった。その代わりに、どうでもいい質問が口から飛び出した。

「ところで、コンテナの中身、なんなんですか?」

「木彫の像、らしい。時代も説明されたがよく分からなかった。私は絵画が専門だから、よく分からない。まあ、専門外だけど博物館資料である以上、どのように管理すればいいかは心得てるけどね。下手にコンテナを開けるなとも言われたし、中身がなんであっても今は問題ない」

「コンテナを開けるな?」

学芸員は頷く。

「このコンテナは特注品で、宇宙空間に投げ出されても資料が痛まないような仕掛けがしてあるらしい。はるなの貨物室の博物館資料用の空調や湿度管理設備だったり、宇宙線遮蔽用に壁に鉛板を使う、みたいな工夫の発展形らしい」

「そうですか」

 らしい、らしいと伝聞情報ばかりを学芸員は言う。そうか。又聞きで納得している学芸員の態度が気に食わない、と僕は気づく。二次元コードだって、端末がデタラメを言っていないとは限らないのだ。自分の目で直接確かめられる形ではない事に僕はいらだっていて、学芸員がその形を肯定している事が更に僕の神経を逆撫でしていたのだ。

 それでも、学芸員は教授が言った通り優秀だった。学芸員に対して僕は世界に対する不誠実さを感じたが、なぜかはわからなかった。学芸員は報酬は半額前払いという約束をきっちり守っている。出港前の船体や機器のチェックも入念だ。本当は真面目な人なのだろう。二週間のバイトにしては報酬は高めだ。雇い主に文句を言っても始まらないーーと思おうとしたが、行きの3日目の交代の時、僕の想像は打ち砕かれた。

「なんで今もの食べてるんですか! 脇見運転は危険ですよ!」

 操縦席に座って、学芸員は下を向いて宇宙食を頬張っていた。もごもご学芸員は言い訳する。

「いや、私は運転してないから。オートパイロットだよ。準光速航行を行うけど、惑星圏を出るわけじゃないし、磁気嵐やフレアの兆候もない。はるなに任せて大丈夫だ」

「ですが……」

「はるなは宇宙船だ。宇宙の行き方は、私よりずっとわかっている」

 投げやりな態度に、僕はむかっ腹が立ってきた。

「でもやっぱり、自分の手で運転した方が安全じゃないですか。何かのきっかけで、オートパイロットがうまくいかなくなる事もあるかもしれないのに」

「宇宙船の運転免許を取る時に、まずは大気圏内で小型飛行機を使って三次元空間での操縦訓練、やるじゃない?」

「ああ、ありましたね」

 話が飛んで僕が混乱している間、学芸員は薄く微笑んだ。過去を懐かしむように。

「あれで、見事な空間識失調になってね。うっかり雲の中に突っ込んで背面飛行をしたまま、飛行場へ着陸しようとしてしまったんだ。私は地面を二次元移動する生き物だって思い知ったよ」

「それとオートパイロットにどんな関連が?」

 言い返せないから学芸員は僕を煙に巻こうとしている、としか僕には思えない。僕は不機嫌さを出してしまったが、学芸員は気にしなかった。

「何かのきっかけで上手くいかない、という事が起きるなら、私もはるなもそのリスクは一緒だ。不安に駆られて自分でやるより、はるなを信じて食事を楽しんだ方が精神衛生上有益さ。君も、何か食べるかい?」

「いえ、もう食べてきました。交代します」

「ありがとう」

 僕は学芸員と操縦席を代わる。学芸員が居なくなっても、僕は胸のわだかまりが取れない。自分もはるなも失敗する可能性は同じだ、だからはるなに任せる、というのか。そして、自分は呑気に楽しく生きる、と。学芸員の態度は、世界と直接関わろうとしていない、それどころか他人に自分の人生を預けきっていると表現できる。困難から逃げているようにも見える。僕ははるなの計器を確認する。旧式な液晶画面とは逆に、オートパイロットのバージョンは最新版だった。最新鋭の自動回避装置も作動している。このシステム二つのシステムを組み合わせると、熟練の人間パイロットが操縦するのとほとんど変わらない、とニュースでいっていたのを僕は思い出した。確かに、対向船や隕石を適切に避けながら予定時間を守るオートパイロットの正確無比な操船を見ていると、あの不誠実な学芸員より信頼できそうに思える。

 そういえば学芸員は、はるなに言われたからクルーを雇う事にした、と言っていた。学芸員は自分の判断を投げ出して、はるなに全てを任せているんじゃないか。一回考えつくと、その疑念は心の片隅にぎっちりと食い込んで離れなくなってしまった。食べて、寝て、コックピットで決められた時間に見張りをするだけの単調な日々に飽き飽きもしてきた。確かにコックピットに映る星空は地上とは違う趣きがあって美しかったが、小説や映画に出てくるような宇宙の旅で描かれた、劇的な体験などは全くなかった。積荷を奪いに宇宙海賊がはるなを襲う、といったことを期待していたわけではなかったが。

 もっというなら、出航時に管制塔とやりとりした以外の無線交信すらなかった。変人と自分の意思とは無関係に飛ぶ宇宙船の中で、僕は世界全てから見放されたかのような気分になった。学芸員に支持された通りの仕事をしながら、やり場のないもどかしさと、期待が外れた虚しさをただもてあそんだ。

 何度目かにはるなのコックピットで食事をとる学芸員を見つけた時、僕は感情を爆発させた。

「あなたは、オートパイロットを信じ切って、直接操縦しようともしないで、自分をなんだと思ってるんですか?! はるなに言われたから、僕を雇ったんですよね? はるなの意思じゃないですか。あなたの意思は、どこにあるんですか!」

「そんな事はない。はるなが人を増やせと言ったのは、単にはるなに組み込まれた機能によるものだ。それに対して一理ある、と思って君を雇うことにしたのは、私の判断だ。はるなには、求人を出す機能はない」

「ですが、それははるなの判断を鵜呑みにするのと同じじゃないんですか?」

 僕が食い下がると、学芸員は静かな瞳でこちらを見つめた。

「他人の意見を受け入れようと拒もうと、最後に決めるのは私だ。博物館資料輸送の仕事をやるためにはるなを買ったのもアタシなら、オートパイロットを最新版にアップデートしたのも私だし、君を雇うと決めたのも私さ。宇宙航行のリスクは歴史上最も低くなっているが、消えたわけじゃない。事故で死んだり、輸送中に博物館資料を失う可能性は、なるたけ低くしたい。そういう思いで、私は行動している」

 学芸員はすっ、と息を吸った。

「私は学芸員という仕事をして生きていくために、はるなや君と関わっているんだよ。宇宙の旅は確かにロマンがある。直接船を動かすのは楽しい。でも、今は仕事中だ。直接間接は関係なく、仕事をどう効率よくこなすかが大切なんだよ」

 確かにそうだ。僕は頭が冷えていくのを感じた。世界と直接関わらなくても、自分のやるべきことは出来るのだ。たとえそれが、どうしようもなくつまらないものだとしても。宇宙の旅を楽しくなければならない、と考えていた自分は子供だったのだ、と僕は気がついた。

 貨物の引き渡しは、積み込みと同じくらいあっさり終わった。木像に損傷がない事が確認されるまで待たされたくらいだった。帰りも、学芸員と交代で見張りをしながらはるなのオートパイロットで航路を行った。船を駆る楽しみは無かったが、学芸員の仕事としては安全で着実だった。わくわくする宇宙旅行というより、学芸員の価値観に基づいた地に足がついた運送だった。もともとそういうアルバイトだった、と僕は今更思い出した。世界との関わり方は、色々あるのだな、とぼんやり感じながら、オートパイロットのはるなのコックピットから星空を眺めた。学芸員も僕の隣にやってきて、二人で星空を眺めながらたわいもない話をした。僕はそんな日々を日常のように感じ始めたが、あっという間に僕がはるなを降りる日がやってきた。

 宇宙ステーションに着陸し、格納庫にはるなを入れてから僕は久しぶりの地上に降り立った。まだ暑かったが、風にはかすかに秋の気配がした。

「楽しかったよ。安全運航はただの口実に過ぎなくて、一人の船旅に飽きて話し相手が欲しかったから君を雇ったのかもしれない」

 学芸員は名残惜しそうに言う。最初は気に食わなかったが、気づけば僕は学芸員の事を大人として認めていた。変な人だとは思うが。変といえば、気になっていた事があるのに僕は気づいた。

「あの、しょうもない事なんですけど、聞いていいですか?」

「どうぞ?」

「なんではるなのアナウンス音声、男なんですか?」

「はるなに惚れたくないからだよ」

「はあ?」

 僕は驚いて学芸員の顔を覗き込んだ。学芸員は大真面目だった。

「はるなは、名前を変えられようが、貨物室を改造されようが、自分の航行システムをいじりまくられようが文句一つ言わない健気なやつなんだ。しかも、船体は宇宙航行のために効率を高めた形をしていて、一種の機能美がある。はるなは旧式だから、最新鋭船の方が美人だと言われる事が多いがね。そんなやつが可愛い女の子の声で喋ったら、間違いなく私は惚れる。学芸員としての仕事を放り出してもいい、と思ってしまうくらいには。文句を言わないのははるなに文句を言う機能がないだけで、女の声を使うのは機能に過ぎないと理解していてもね」

 学芸員は悲しげに笑う。この人は自分の人生を他人に預けていたわけではなく、自分の限界を理解して、その上で他者を信じる強い人だ。はるなに惚れたくない、という学芸員の言葉から、僕はそうわかった。同時に、ピンときた。この人は普通の感性では生きていない。二週間一緒に過ごして、それが分かった。この人の感性と普通の人の感性が相互理解可能になる仕事こそが、学芸員だったのだ。そんな思考が一斉に脳裏を駆け巡る。頭の整理がつかないまま、僕は学芸員に言う。

「学芸員さん、あなたはとっくの昔にはるなに惚れてますよ。でも、その恋心にとらわれる事なく、学芸員としての仕事にあなたは誠実に向き合えている。良い関わり方だと、僕は思います」

 自分でも僕は何を言っているのかわからなかった。それでも、これは僕の正直な気持ちだった。案の定、学芸員は胡乱な表情で僕を見ていた。

「なんだその言い草は……褒め言葉として受け取っておくよ」

「ありがとうございました。二週間、お世話になりました」

「お疲れ様。また機会があったら申し込んで。今回と同じように、学内で人を募集するから」

「はい。また、次の機会に」

 互いに頭を下げて、笑顔で別れを告げる。僕が格納庫を出て、建物の影にはるなが隠れて見えなくなるまで、学芸員は僕へ手を振っていた。

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クーリエ 相葉ミト @aonekoumiha

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