東京の片隅の、ちょっとレトロな集合住宅「アパートたまゆら」。
そこの部屋を気に入って住みはじめた女性と、偶然隣に越してきた男性。
ひとり暮らしに憧れる若い人、かつてをふり返る大人、そのどちらの心もときめかせる世界が、ここにあります。
ひょんなハプニングから、少しずつ、少しずつ、二人の距離が近づいたり、離れたり。昨今、どんな創作物にもスピーディな展開を求めがちな我々を「まあまあ」となだめつつ、ページごとに仕込まれているほんの少しのドキドキやハラハラが、俯瞰してみると大きな展開になっていることに気づいたときにはもう、すっかり物語の世界に入り込んでいるのです。
作者の大人気作『炭酸水と犬』が〝動〟だとしたら、この『アパートたまゆら』は〝静〟。
そんな対極の色のような物語なのに、読者をしっかりと各々の世界にいざなってくれるのです。それは、それこそが、砂村さんの紡ぐ言葉の魅力なのかもしれません。
この物語を開くとき、「たまゆら」という言葉の意味を、あなたはまず調べるでしょう。それを心の片隅におきつつ、その先にあるものを、一緒に見つけにいきましょう。
琴引さんが登場の瞬間にふわっとやられたのはヒロインではなく、読み手の私でした
あらすじにあるように軽度の潔癖症であるヒロインのアンバランスさに対し、彼のバランス感覚は素晴らしいものに感じ取れる。
そんな彼のバランスに、彼女もなんとか自分もバランスを取ろうとする。そこに読んでいる私も乗っていく。
私自身も恋愛小説を好んで書いてきたのでヒーローをどう見せるかという作業が必ずはいる
今回、砂村さんが私たちに見せてくれるヒーローは(と位置づけて呼びたくはない作風でいらっしゃるけれど)
よくあるハイスペックなヒーローとは異なる、でも多くの男性が簡単には持っていない甘やかさが感じ取れる。
作者である砂村さんが心の底で女性を敬っているからこそ、読んでいる私にも心地よく『彼』が入り込んできたように思える。
バランスの取れる恋などは恋などではない
バランスが取れないからその危うさに焦がれたりするのではないか
ヒロインのそれまでのなかなかバランスが取れなかったいままでがあればこそ、読み手の私もバランスを取ろうとする彼女と追うように、この恋の行く先にはまっていくようです。そしてそれが恋愛小説ではないかと改めて思わされる。
そして恋は綺麗じゃない。心だけでなく肉体的にも
潔癖症の彼女が自分ではない男の成分をどう受け入れていくのか
その課程を楽しみに追っていきたい作品です