主人公が狂言回しになる連作短編のしくみ

●「トラブルシューター」型のストーリーとは(勝手な造語ですが)


 主人公が自分の目標に向かって進んでいく(自己実現)タイプの物語については、『ハリウッド三幕構成で分析するTVアニメ』という文章に書いたので(カクヨムに置いてあるので宜しければご覧ください)、今回は違うタイプの物語について書いてみます。


 それが、「トラブルシューター」型のストーリーと個人的に呼んでいるパターンです。

 主人公(=トラブルシューター)は特別な技術・能力を持っていますが、それを自分の望みのためではなく、誰かのトラブルを解決するために使います。そして、主人公ではなく、主人公に助けられる側(=クライアント)の人間ドラマ(葛藤や成長など)が描かれます。

 外部から来た主人公がトラブルに関与することで、その背景にある関係者たちの対立や葛藤、誤解、秘められた想いなどが見えてくるという仕掛けです。


 主人公はトラブルシューターという能力、ないし「機能」として問題に関わっているだけなので、ひとつのトラブルを解決したら、次は関係のない別のトラブルに取り組むことになります。この形の物語では、ある意味、主人公は様々な人間ドラマを描くための「狂言回し」に過ぎません。

 それぞれのエピソードは独立性が高く、同じ主人公によって話が続くとはいえ、長編ではなく連作短編の形式だと言えます。


 古典的な例として、手塚治虫の『ブラック・ジャック』を挙げておきましょう。今となっては古い作品ですが、読み返してみると「トラブルシューター」型の話として、非常によくできた骨組みを持っていることに気付かされました。

 主人公のブラック・ジャック(=トラブルシューター)は、天才的な外科医としての「特別な能力」を持っていますが、その力で自己実現を目指す物語ではありません。患者やその関係者(=クライアント)は、病気や怪我以外に人間関係の問題や心の葛藤を抱えていて、主人公による治療と並行して展開する、患者サイドの人間ドラマがストーリーの柱になります。


 以後、説明のために『ブラック・ジャック』の例をいくつか挙げますが、漫画などでよくある形式なので、「トラブルシューター」型に当てはまる自分の好きな作品に置き換えて考えてもらってもいいと思います。(個人的には『MASTERキートン』とか好きです。)


●「トラブルシューター」型の利点


 まず物語全体の構成をあまり考えずに書きはじめることができるのが利点です。いいキャラクターができたら、後付けでレギュラー化するのもありです。『ブラック・ジャック』のピノコも初登場は患者のひとりでした。ドクター・キリコなどもたぶん後付けで準レギュラー化したんだと思います。


 ジャンルにも縛りはありません。現代ものが多いですが、架空の世界でも、時代物でも、未来の世界でも問題ありません。

 主人公の能力も、医者とか探偵、弁護士みたいな実在する職業でもいいし、幽霊や妖怪を祓うような架空の能力でもかまいません。実在する技能・職能を使うなら、読者/観客の知らないような専門知識、業界情報をわかりやすく入れて、「へえ、そうなんだ、知らなかった」と思ってもらうのが作品の魅力の一部になります。架空の能力だったら、設定のオリジナリティとか雰囲気作りの上手さがポイントでしょうね。

 ブラック・ジャックは医者ですが、現代の医学では不可能な、SFとかオカルトの領域の話もあります。もちろんエンタメだから面白ければそれでいいんです。


 「トラブルシューター」型の最大の利点は、“物語が主人公に制約されない”ことでしょう。主人公が能力を発揮して問題を解決し、同時にクライアントの人間ドラマの方も丸く収まるというのが王道ですが、「主人公は仕事を果たしたのにクライアントの抱える問題は解消しなかった」という“虚しい勝利”の結末もありだし、逆に「主人公は仕事を果たせなかったがクライアントは自分の問題の解答を見つけた」という結末もありです。

 例えば、手術は成功したけれど患者の心の闇は癒せなかったとか、病気は治らなかったけど患者は自分の人生を受け入れることができた、というような話ですね。


 悲劇も、ドロドロの愛憎劇もやれます。主人公は当事者じゃないので、関係者全員悪人の話もやれるし、関係者全滅エンドもやれます。終わったら次の話に進めばいいだけです。

 『ブラック・ジャック』だとハッピーエンドの「いい話」が主体ですが、救いのない重い話もちょくちょくあります。


●「主人公=トラブルシューター」の設定


 主人公は、成熟した人格、マイペースな性格、独自の価値観などを持っていて、世間や周囲の人間に流されない人物が向いています。クライアントを取り巻く状況から一歩離れた立ち位置にいられる方が、いろいろな話をやりやすくなるからですね。

 これは別に、クライアントとの感情の交流がないとか、冷淡な性格でなければいけないとかいうことではありません。主人公はお人好しだったり、愛情を持ってクライアントに接していたりしていてもいいのですが、心のどこかに冷静に状況を見つめている部分が必要なのです。


 逆に、純情で熱血な少年少女なんかは向いていません。性格的にクライアントとの距離を取れずにべったり関わってしまいがちで、クライアントの物語=主人公の物語になってしまうと「トラブルシューター」型の利点が活きません。救いのない話とか、人間の闇を描く話とも相性が悪い。

 また、人生の機微に触れるような話も年少のキャラだとやりにくいというのもあります。大人のドロドロした情念とか老人の死生観とかを、まだ未熟な主人公はどう受け止めるのか。よほど上手くやらないかぎり嘘くさくなってしまいます(たぶん読者/観客の年齢層が高いほどそう感じる)。

 もし若い主人公でやりたい場合、違和感を感じさせないために、たとえば物語を学園内・学生の人間関係に限定してしまうのも一つの案です。その分、できる話の幅は狭まってしまいますが。


 「トラブルシューター」型の物語では、主人公は初めから有能な専門家として登場します。主人公がトラブルシューターとして未熟だと、話が主人公の成長物語に向かってしまって、「トラブルシューター」型から逸れていってしまうからです。また専門家として優秀であることが、一般人であるクライアント側と心理的に距離を取れる要因にもなります。


 しかし、主人公は完璧な専門家だったり、すっかり老成しきった人物じゃなければいけないかというと、そうではありません。むしろ主人公にも少しは弱点や未熟なところがあって、ときには失敗したり苦悩するようなエピソードもあった方が話に広がりが出ます。また、主人公に「欠落」とか「成長の余地」を設定しておくと、個性付けになるだけでなく、物語をたたんで終わらせるときに役に立ちます(後述)。

 ブラック・ジャックは基本的には成熟した大人のキャラクターですが、意外と青くさいところもあって、彼自身の葛藤が中心になるエピソードもときどきあります。そうやってたまに変化球を交えた方が連作短編は面白くなりますね。


 まだ若さや未熟さが目立つような主人公の場合は、老成した師匠タイプのサブキャラクターを出してやると安定します。もちろん師匠が何でもやってしまったら主人公の意味がなくなりますから、師匠は何のかんのと理由をつけて動かないのが定石ですよね。

 「トラブルシューター」型の話では、クライアントを救えないような結末もあるわけです。そんなときに未熟な主人公の隣に寄り添って「仕方がなかった」と言ってやるのは、人生経験豊富で老成した人物でないと務まりません。


 逆に、未熟なサブキャラクターを主人公と組ませる方法もあります。『ブラック・ジャック』のピノコがまさにこれですね。主人公が大人すぎて隙がない場合、未熟なサブキャラを「迂闊に」動かして、話を転がすという手が使えます。他にも、(主人公も含めて)スレた大人の見方に対してピュアな物の見方を対比させたり、その純粋さが主人公の癒しになったりというのもあるでしょう。


 そして、主人公は人間でなくてもかまいません。

 妖怪、幽霊、神様、天使、悪魔、死神、宇宙人などは、特別な能力があり、独自の価値観を持っていて一般の人間とは距離を置くことができるので、「トラブルシューター」に向いています。ただし、人間ではないといっても、人間くさい一面も持たせた方が感情移入はしやすいと思います。


●変則的なタイプ


 「トラブルを解決している」と言えるかどうかわかりませんが、漫画『ナニワ金融道』は「トラブルシューター」型にかなり近いと感じます。マチ金業者の主人公が狂言回しになって債務者のドラマを描き出し、それにケリをつけるわけです。「専門家がトラブルに決着をつける話」なんですね。

 クライアントは別に救われるわけじゃないし、そこを目指してるわけでもないので、「逆トラブルシューター」とでも呼ぶべきでしょうか。『闇金ウシジマくん』なんかも同じタイプなのかな。


 折衷型もよくあります。「トラブルシューター」型のエピソードと、主人公の自己実現の物語の両方を描くタイプですね。

 ただこのタイプだと、クライアントが救われない話などは主人公の成長に水を注すことになってしまうので、ちょっと書きにくい。ときどき主人公が脇に回るエピソードも交えつつも、主人公の自己実現の物語が基本というケースが多いんじゃないでしょうか。


●物語の終わらせ方


 「トラブルシューター」型のストーリーのたたみ方として王道は、「主人公に自分自身の人生に向き合わせること」です。最後は、主人公が自分の自己実現を目指す展開にするわけです。今まで他人の人生の傍観者だった主人公が、いよいよ自分の人生について決定的な選択をすることになります。

 主人公が人間じゃなくて幽霊や妖怪などの場合なら、自分自身の存在や、人間との関係性を問い直されるのが王道。例えば幽霊だったら、成仏を目指すのか、このまま人間と関わり続けるのかを問われるなんて展開がありそうですね。

 主人公のドラマをそれなりの分量でしっかり描きたければ、最終章を三幕構成で作るといいでしょう。


 『ブラック・ジャック』の雑誌連載最終話は「人生という名のSL」。たった一話で話をたたんでいるので、ブラック・ジャックが自己実現を目指し達成するという話にはなりませんが、それでも自分の人生と向き合う話になっています。


●最後に


 というわけで、「トラブルシューター」型というのはとても魅力のある形式です。枠組みは意外と単純ですが、多くの人気作がこの形式で作られています。誰でも好きな作品の中に、一つか二つは「トラブルシューター」型の物語が入っているんじゃないでしょうか。

 創作をする方なら「トラブルシューター」型の形式で、話を書いてみてはいかがでしょうか。すでに書いている方もいそうですね。

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物語のしくみを考える 志水鳴蛙 @croakingfrog

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