黒電話【ホラー】
ばあちゃんの家には黒電話があって、その上にはいつも小さな鬼が座っている。それは普段なにをするでもなく、ただ受話器に座っていて前を歩くばあちゃんや私を見ている。
「なあ、ばあちゃん」
「なんや?」
「鬼は、なんでいつもあそこに座ってるの?」
「キョウホウって分かるか?」
「キョウホウ?」
キョウホウ。聞き慣れない言葉。漢字が浮かばない。なにをいわれたのかよく分からなかった。
「悪い知らせや。特に人が死んだとかな」死。ありがたいことに、今まで私には縁のなかったもの。
「そういう時に、あのちっちゃい鬼がおらんとな、困るんや」
「どうして困るの?」
「ばあちゃんのところに、ナニかがやってきてしまう」
ナニか。それよりも、突然ばあちゃんから訛りが消えたことに私は怖くなった。ばあちゃんは昔からずっと関西に住んでいて、関東の方に住んでいたことはない。それなのにいきなり標準語のように喋り出して、私はばあちゃんから目が離せなかった。かといって見た目では、ばあちゃんになんの変化もない。ただ訛りが消えただけ。それなのに、どうしてこんなに怖いのだろう。
チィィ……ン。
電話がかかってくる前に聞こえる、あの音。
ジリリリリィィ……。
ばあちゃんは、最初の音でもう立ち上がっていて、すぐに受話器に手をかけた。鬼はそれを避けて黒電話の横に立っている。
心臓が大きく跳ねていた。電話の話をしていたちょうどその時に黒電話が音を立てたからということもある。それに電話のかかってくるタイミングが良すぎて、少し嫌な予感がしたからという理由もあった。
ばあちゃんの様子を伺う。会話の内容からして特にキョウホウではないように思う。
たださっきまで横にいた鬼が私を見て、にっと笑った。全身の皮膚という皮膚が粟立つ。そんな気がした。目を逸らして立ち上がる。冷蔵庫を開けて玄米茶を取り出した。さっきもお茶を飲んだというのに、なぜか喉が乾いていたから。冷蔵庫の扉を閉めた時、黒電話の横にいたはずの小さな鬼が消えていることに気付いた。
まさかと思っても、もう遅かった。ばあちゃんの顔は白くなっているのに、瞳は白目の部分がなくなっていて鈍い黒一色になってしまっていた。かさついた手は、爪の間に汚れが溜まって黒くなっている。怖い。と思うよりも、左肩にかかる妙な重さが気になって、視線をばあちゃんから自分の左肩に向けた。小さな鬼がいた。
喉から空気が漏れ出る。
チィィ……ン。
恐怖がやっと訪れる。
ジリリリリィィ。
私は叫んだ。
遭逢説話集 斉賀 朗数 @mmatatabii
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