ボロ小屋管理【ホラー】
「今日から君に、ここの管理を任せたい」
目の前に建つボロ小屋を指差して、社長はそういった。この人はいつだって唐突だ。社長は俺の意思なんて気にする素振りも見せずに、「頼んだぞ」といって肩を叩いてきた。じっとりとした目をして。
俺は肩を落とした。
「あっぶねえな!」
丁字路に差し掛かったとき、なかなかのスピードで車が突っ込んできた。九死に一生。車にぶつかることはなかったが、もしぶつかっていたら……と考えて一気に体温が下がったような気がした。体が震えた。
後ろを歩いていた女性が、「キャー!!」と大げさに叫んでいる。確かに危なかったけれど、いくらなんでも声が大きすぎる気がする。それに車が通り過ぎてから、時間が経ちすぎているだろう。
なんだかおかしくなって振り返ってみると、女性は真っ青な顔をして立ち尽くしていた。もう少しタイプの顔立ちだったら、「大丈夫でしたか?」なんて声でもかけたかもしれない。しかしそこまでタイプじゃなかったし、なにより俺は急いでいた。新年早々遅刻するわけにもいかない。俺は走り出した。
そういえば、朝見た占いで【出会い頭のトラブルに注意】なんていっていたのを思い出した。占いなんて信じてなかったけど、結構当たるものなのかもしれない。
なんだかんだで会社には間に合った。
事務所の扉に手をかけようとしたら、突然腕を掴まれた。社長だ。
社長は新年の挨拶もそこそこに、俺の腕を引っ張って廊下の奥へと誘う。なにがなんだか分からぬまま社長について行く。廊下の奥は雑居ビルに入ったいくつかの会社の不要品が詰め込まれた段ボール箱が山積みにされていて、埃っぽいのにどこかじめっとしていた。
社長は俺の目を覗き込むようにしていった。
「君に任せたい仕事があるんだ」
「えっ、俺ですか?」
「そう。君にしか任せられないんだ」
俺の返事を待たずに、社長は非常階段から下へと降りていった。
俺はまだタイムカードも押してないのにと若干後ろ髪を引かれる気持ちを抱きながらも、社長直々のお願いならどうにか融通もきくだろうと思い社長の後を追った。
車に俺を乗せると社長は自らで運転をして郊外へ続く道を走った。会社にいたときとは違い、社長は車中で全く喋らなかった。俺は居心地の悪さを感じながら、ただ舗装の行き届いていない道から伝わる振動に体を揺られていた。
郊外へと出ても社長は車を走らせ続けている。視界には家のようなものはほとんど見えない。一体どんな物件を俺に任せる気なんだろうと考えていると車が一層大きく揺れた。
車は山へと入っていく。
俺は期待しすぎていたのかもしれない。入社一年目の俺なんかには、これくらい田舎の山奥にある誰も住んでいない家の掃除でもさせるんだろう。どうせ俺に任される仕事なんてその程度かと思うと、急に体が軽くなった。
「着いたぞ」
気付けば車は止まっていた。社長が車を降りると、俺が座る後部座席の扉を丁寧にあけてくれた。
「降りろ」
いわれるがままに車を降りると、ぽつねんとボロ小屋が佇んでいるのが目に入った。しかしよく見てみると手入れは行き届いているようで、ボロくはあるが汚いわけではなかった。
しかしなぜか妙に暗い。
山の中に建っているからなのだろうかと考えたが、周りに植わっていたと思われる木は切られて日当たりも良さそうだ。不思議に思いながらボロ小屋を見ていると社長が口を開いた。
「この年になるまで結婚もしなかったのには理由があってな。私はな女は好きだが、金が好きな女は嫌いだった」
唐突に語られる話の行く先が見えなくて、俺は戸惑った。
「社長? どうしたんですか急に?」
「いいから聞け」
社長はじっとりとした目で俺を見た。その目の奥に得も言われぬ暗いものを感じて、俺は社長から目を離す事も話す事もできなくなった。社長は俺がなにもいわないのを確認すると再び語り始めた。
「私に多少の金があるからじゃなく、私が私であるから結婚したいといってくれる女を追い求めていたが、そんな女はおらんかった。でもな、結婚間近まではどの女も私が私であるから結婚したいんだと偽っているんだ。それで本当に私を愛しているか、女をここに連れてきては試すんだ。監禁してな」
社長がこんな馬鹿げた事を、本気でいっているというのはすぐに分かった。社長がこの話をしだした途端にボロ小屋から怨念のような気配がむわっと立ち上がったからだ。
俺は幽霊なんてものは信じていなかった。
でも目の前で現実離れした現象を見せられたら信じざるを得ない。いまやボロ小屋からは怨念のような気配なんかではなく、しっかりと何人もの、いや十人以上の惨たらしい姿の女性を塊にしたナニかが這い出てきていた。
社長は、自分に向けて愛を持っていない女性たちを、殺していた?
「それでな」
社長は、俺の様子になんて構わないで話し続けている。
「愛がなければ、殺してたんだよ切り刻んで。そうしていっしょくたにして、小屋の床下に埋めてやったんだ」
異常だ。こんなの異常でしかない。
「そこで君の出番だ。君はもう死んでいるようだし、この女たちの呪いが私に届かないようにして欲しい。そういうことだ。今日から君に、ここの管理を任せたい」
目の前に建つボロ小屋を指差して、社長はそういった。この人はいつだって唐突だ。社長は俺の意思なんて気にする素振りも見せずに、「頼んだぞ」といって肩を叩いてきた。じっとりとした目をして。
俺は肩を落とした。
いや、落としたんじゃない。最初からなかったんだ。俺は自分の体を見て気付いた。血だらけだ。それなのに痛みがない。そうか、俺はあの時に死んでいたのか。朝に丁字路で車にぶつかって。だから、後ろを歩いていた女性はあんなに大きな声で叫んでいたのか。俺の死体を見て。
俺はじっとりとした目で、社長とボロ小屋から這い出ようと必死になる女性の塊を見た。
死んでしまったらやる事もない。
仕方がないから、新しく任された仕事でも始めよう。
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