大山椒魚の目【純文学】
大山椒魚の目に映る景色が大層美しく感じたので、その目を
緩慢な生活を良しとして日々積み重ねる怠惰は、
悪意無き子供は川を流れていき、
大山椒魚は川を上っている。森の木々の合間を縫い、最初に男を見付けた。男は倒木に引っかかって、男性器だけが男を男たらしめている。体は貧相で身長も低く、髪の毛が長いので見た目だけでは老婆のように見えなくもないからだ。ただ男性器だけは冷たい川の中で唯一男の男としての熱量を蓄えているように大山椒魚の目には映った。大山椒魚は男の男性器を噛みちぎった。繁殖期の大山椒魚にしてみれば、それはなんの変哲もない肉にすぎなかった。その後も川を上っていく大山椒魚の目に子供が映った。子供は苦悶の表情で大山椒魚を見つめ返しているように見えるが、すでに死んでいる。その姿は死出虫を踏み潰していた時とは対照的であったが、大山椒魚は変わらず無表情で子供を見つめた。子供は水流の強弱で体を大きく揺すったり小さく震えたりを繰り返している。その様子が大山椒魚の野性を掻き立てていく。雄叫びが空気より早く水中を進む。川に赤い糸を大量に流したのは女だろう。大山椒魚の体にいくらか糸が絡む。不快そうにしながらも突き進む大山椒魚の頭上をナニかが流れていく。赤い糸を手繰るようにしながら。大山椒魚は廃墟となった療養所の地下に繋がる穴を抜けて、死体に群がる死出虫を横目に療養所の奥へと進んでいく。奥にはナニもない伽藍堂の空間が一つ。いや、ナニもない訳ではなく。ナニかがいる。それは私だ。繭の隙間からぬろんと滴り落ちた私の精神。私はいくつもの情景を知る大山椒魚の目を抉り取った。大山椒魚は声も出さず静かに後退る。そうして再び川へと戻った。
私は大山椒魚の目を股の間に押し当て、そうして繁殖を試みる。蛆が集る腐乱死体よりは美しくありたいと願う事が、滑稽であるはずがない。私は生まれ変わるのだ。
伽藍堂の部屋は、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます