中と外【ホラー】

 炬燵に入れた足。

 それは私の伺い知らぬ世界にでも行ってしまうのか、濡れている時もあったし、この前なんかは噛まれたように弧を描いた傷が出来ていて、さすがにぞっとしてしまった。でもそうなる時はきまって私がうたた寝してしまった時で、冷たかったり痛かったりって感じたことは一度もなかった。

 昨日までは。

 昨日は学校から帰ってくるとすぐに炬燵へと向かった。盆地だから普段はあまり雪が降っても積もったりすることはないのに校庭の隅の方、あまり人が通らないところから少しずつ広がっていくように薄っすらと雪が積もった。それくらい寒かったから、どうしても炬燵に入らずにはいられなかった。

 厚い靴下を履いていたのに指先までキンと冷えて、寒さという感覚だけが私を支配していた。その寒さを少しずつ溶かしていく炬燵の中の温度は、暖かいというより暑いくらいだった。私は巻いたままだったマフラーを外して炬燵の上に乗ったミカンに手を伸ばした。その時、足の指に痛みが走った。伸ばした手がいくつか重なって置かれたミカンの一つに当たった。ミカンは転がり、重なったところから落ちて、炬燵から落ちて、私の横に落ちると炬燵の中へとスルリと導かれるように吸い込まれた。私の指の痛みは消えて、炬燵の中から汚らしいぐちゅぐちゅと湿っぽい音が聞こえた。恐怖。それは確かにあった。しかしそれ以上に興味があった。このぐちゅぐちゅという音を立てる炬燵の中にいるものが、私の足を濡らしたり火傷のような痛みを残したり噛まれたような傷を残した犯人なのだろうかと。恐る恐る炬燵布団に手をかけた。

「腹が減った」

 肌が粟立った。その声は、私が炬燵布団に手をかけたちょうどそこから聞こえてきた。すぐそこにナニかがいる。さっきまで感じた炬燵の中の暑さのせいなのかどうかは分からないが、背中を汗が伝った。

「腹が減った」

 再び同じ声が聞こえた。私はなにも答えられなかったが、かわりに急いでミカンを掴むと炬燵布団の隙間、さっきミカンが吸い込まれていったところへと投げ入れた。再び炬燵の中からぐちゅぐちゅという音がしたかと思うと、

「また明日もミカンくれ」

 と確かにナニかは言った。

 そうして私は今日も炬燵布団の隙間からミカンを二つ投げ入れてから炬燵に潜り込む。恐怖。それは確かにある。しかしそれ以上に興味がある。このナニかがこれで私の足にちょっかいをかけなくなるのかどうか。

 

 私は炬燵に入る時、いつもミカンを二つ炬燵に投げ入れる。それは高校生の時からずっとで、友達はみんな不思議がった。でもそれよりその投げ入れたミカンが無くなっているという事にもっと不思議がっていた。

 私は大学のサークル仲間の家に泊まることになった。布団は一セットしかないらしく、私は炬燵でいいよと何の気なしにいった。

 念の為にミカンを三つ炬燵の中に入れておく。

「それが噂の?」

 帰り支度をしていたサークル仲間の一人がいった。

「うん」

 あっけらかんとした私を、サークル仲間の一人が不気味そうというよりは奇異の目で見ているように感じた。ベッドの上に横になっている家主であるサークル仲間はへらへらと笑っていた。

 目が覚めると足が濡れていた。

 ミカン三つでは足りなかったのかもしれない。確かにそうかもなあと思った。二、三時間炬燵に入っているだけでも二つのミカンを欲しがったんだから、約八時間も炬燵にいたならミカンも五つくらいは入れておくべきだった。そんな風に軽く考えていた私だったが、サークル仲間はベッドの上で青ざめていた。私の足が濡れているのが気持ち悪いのか、それともそれに恐怖を抱いたのか、それは分からないけれど。

「ごめん、気持ち悪いよね、こんなの。でもミカンをちゃんとあげてれば、なんにも悪さをしないから。今日はミカンが少なかったんだよ。きっと」

 震えながら首を横に振るサークル仲間。

「違う……ミカンのやつじゃないよ、それ」

「どういうこと?」

 サークル仲間がいうには、私が眠っている時にぐちゅぐちゅという音がして気持ち悪く思いながらも、これが私のいっていた炬燵の中のナニかなんだと、どうにか自分に言い聞かせて恐怖と興味が入り混じった感情を抑えていたらしい。しかししばらくしてぐちゅぐちゅという音が鳴り止むと、次にじゅるりじゅるりと先程より不快な音がし始めたそうだ。炬燵の中のナニかに対しての恐怖と興味が恐怖に傾きはじめてきたが、少なくなった興味でどうにかこうにかこちらを覗き込んだら、

「炬燵の外に出てた君の足をじゅるりじゅるり啜ってる、黒くて小さなウシガエルみたいな、でもちゃんとした人間の姿をしたナニかがいたんだよ」その時の様子を思い出したのか、一度体をぶるりと震えさせるとサークル仲間は私を指差しいった。

「そのナニかと目が合ったんだ。そうしたら舌打ちして、君の顔の方にぐるっと回ってきて、口の、口の、中に……入っていった」

 私のお腹がぎゅるっと音を立てた。妙にお腹が空いて、肉が食べたい。そして肉がついていた骨をじゅるじゅると啜りたい。急にそんな欲望を持って目の前の光景を観るようなそんな心持ちで炬燵の暑い、腹が減った。


 意識が戻った時、残っていたのは横たわるサークル仲間といくつかの骨、それと顎の痛みだった。

 どうしてこんな事になってしまったのだろう。でもこれは私じゃない。炬燵布団をめくると、黒くて小さなウシガエルにも似た人間のようなナニかが手羽先を意地汚く食べるおじさんみたいにじゅるりじゅるりと骨を啜っていた。

「腹が減った」

 私は横たわったサークル仲間の腕を握って炬燵の中へ押し込んだ。

 すると私の喉の奥からごぼごぼと音を立てて、もう一人のナニかが、這い出た。

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