遭逢説話集

斉賀 朗数

石【純文学】

 予ねてより数寄屋門の門前に放置されし、小さき鯉にも似た少しばかり細長い石が、日を重ねる毎に大きさを増すのを内心わくわくとしながら見ておった。しかしひと月もした時、それは迷惑なまでの巨きさになりにけり。

「さすがにここまでなるまでに、なにかしら対処せなならんかったな」

 この期に及んでなにを。と他人ひとは思うのではなかろうか。今となっては細長い石は丸々と肥え、鯉などに見えた時分はとうの昔。石のなりは最早牛にも似たり。否、牛などとは生半可。その不気味さたるや、牛鬼や件と相違無し。

「どうしたもんか」

 迷惑千万。その巨きな石をごつんと蹴ってみると、ふわっと思った以上に軽い感触。

「なんだよこれ?」

 何日か前からあるの。なんて沙耶さやは軽い感じでいうけど、これってユーレイとかオバケとかそんな系のやつじゃないの? 玄関の前にあるツチノコみたいな石が日に日にデカくなってるってさすがにヤバいだろ。

「これほっといたら玄関開かなくなるんじゃね?」

 それじゃあ私とずっと部屋にいれるじゃん。とか言って、マジで重たいなこの女。さっさと切っちまわねーとヤバいかも。沙耶はただのセフレって感じだし、付き合おうとか思わねーし。なんかダリー。ってか、この石まじでキモいな。邪魔だし。ちょっと端に寄せといてやろうと思って蹴ったんだけど、これがさ、なんか軽いんだよ。サッカーボールより全然。

 決して貴方の迷惑にならないようにと私は考えておりましたが、しかしどうしても貴方が好きでなりません。いくら私が貴方を好いていようと、貴方が私に抱くその気持ちは路傍ろぼうの石みたいなもの。それならば少しでもあなたが、路傍の石を考えるようになれば私の事も少しは考えるようになるということなのではないでしょうかそれはちがうとおもいますかわたしはそうはおもいませんあなたがろぼうのいしをおもうときそれはわたしをおもうのとたいさないのです。あなたは知らず私を思い私を重うのです。重しろいとは重いませんか?

 どうせセフレなんだろって正直そんなの最初から分かってたけど、そんなに簡単に割り切れない事だってあって、抱かれてる内にやっぱりあんたの事が好きになっちゃってて。でもさ、あんたは私の事なんてなんとも思ってなくて、セフレなんてしょせんはあれでしょ? そこらへんの石ころみたいなもんでしょ? でもね、それなら。そこらへんの石ころをあんたがなんとなく気にする瞬間があったら、それは私を気にする瞬間があるっていうのと同じ事だったりするんじゃないの? ばあちゃんがいってたおまじないあれをつかえばおまえのすきなひととおまえはずっといっしょにいられるそうやってばあちゃんもじいちゃんといっしょになったんだよっていってたんだ。だから、玄関の前に置いた石ころをあんたが気にするようになったら、それは私のことを思ってるって事と一緒で。っていうか、この歳になっておまじないとか重しろすぎない? 重い女って男からどう重われるんだろう? 迷惑?

 玉と石。玉石混淆ぎょくせきこんこう。価値のあるものとないもの。価値のあるものが価値のないものに割く時間ほど価値のないものはない。と考えるあまりに少しばかりでも尽力する事が可能ならばと石を排除する為に立ち塞がる。しかしそんな事によって玉を守る事が出来るのかと問われると如何ともしがたいと答えるしかないのが現実ではある。ただ少しでもそれがしが輝きたい。玉になりたい。と考えてしまうのは分不相応な願いなのだろう。悶々と悩む度に某の中で鬱積していく怒りにも似たものが重く重くのしかかる。その度に某は玉とは程遠いナニかに変質していく。それを君たちはなんと呼ぶのかは分からない。面妖な様子なので足蹴あしげにされる事も厭わない。ただその時に気付くのだ。某の中に鬱積したはずの怒りにも似たものは思く思くなった思いで実体なんてものはない。ナニかになろうとそもそもが相容れないのだ。重たい思いなんてものはないのだ。某は転がる。重いを中に。重い思い思い重い。

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