最終話 スイートピーのせい


 ~ 二月十五日(金) 2.8 対 2.1 ~


 スイートピーの花言葉 優しい思い出



 学校からの帰り道。

 車窓には見覚えの無い。

 俺を丸くしたような人が映っています。


 約三キロと約二キロ。

 これを運動のしづらい冬に落とせというのは過酷です。


 その、三キロの方が言いました。


「チョコよこすの」

「え?」

「最初に約束したの。チョコよこすの」


 何を言っているのか分からないこの人は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、縦巻きツインテールにして。

 その結わえ目に、真っ赤なスイートピーを一本ずつ活けています。


 一昨日の。

 いえ。

 昨日の。

 あれ?


 ……ついこの間の徹夜のせいで。

 俺共々、ぼーっとする頭をふらふらさせている穂咲ですが。


 いやはや。

 記憶までおかしなことになっているようです。


「チョコは、勝った方が貰うのでしょうに」

「違うの。最初に言ったの」

「何をです」

「勝った方が、チョコをプレゼントするの」


 ……ああ、確かに言っていました。

 思い出しましたよ何もかも。


「言い間違えでは無かったのですね?」

「何がなの? 道久君、聞き間違えた?」


 いえ。

 言い間違いだと勘違いしていたのですが。


 では、なぜあんなにもこの子は勝ちたがっていたのでしょう。

 さすがに意味が分からないのです。


 とはいえ。


「まあ、チョコをいただきましたし。お礼がてら買ってあげるのは良いのですが、その場合結局同点になりませんか?」

「違うの。バレンタインデーにいくつもらえるかが勝負なの」


 はい、確かにそうですね。

 そのルールにしないと。

 君の圧勝ですし。


 ……チョコが貰えるというのに。

 なぜだか少し寂しそうな顔をして。

 よく見てみれば、いつもより随分丸くなった穂咲が俯きます。


 どうしてだろうと悩みたいところですが。

 俯いたことによって。

 首に寄った約三キロの一部が気になります。


 いつもの駅を通り越し。

 以前、足を運んだ百貨店へ。


 一粒三千円のチョコ。

 たしか、地下に降りた最初のブロックに……。


「あれ?」


 なにやら先日と様子が違うのですが。

 通路に沿って、天井からいくつもぶら下がる横長の看板を見て。

 一人納得したのです。


 『ロールケーキフェア』


 ええと。

 これは。


 バレンタインデーは過ぎたとは言え。

 ホワイトデーがあるでしょうに。


 どうしてロールケーキ?


 でも、首をひねる俺を捨て置いて。

 穂咲がきゃあと声をあげて駆け出します。


「なにごとです!?」

「無料でロールケーキを配ってるの!」


 いや、それよりも。

 君が並んでいるお店。

 先日までチョコ屋さんでしたよね?



 ごった返す女性客。

 そこに混ざって並ぶ俺。


 透明な容器に入った一切れのロールケーキのために。


「……恥ずかしいのですけど」

「でも、道久君もあのピンクのクリームが気になるはずなの」


 そう言われて。

 よく見てみれば。


 商品名の札が三つ。

 サクラクリームとバナナクリーム。

 普通の、生クリームのロールケーキには。

 ウサギのマジパンが付いているようです。


「確かに。サクラクリームが気になるのです」

「あたしもなの。勝負なの」


 勝負?

 ああ、なるほど。


 種類は三つあるのですが。

 この人だかりですし。

 希望は聞かず、順繰りに渡しているようです。


 スムースに流れる列ではありますが。

 それでもまだまだ時間がかかりそう。


 暇つぶしに、穂咲へ話しかけようとしたら。


「おばあちゃんも、ケーキ食べるの?」


 後ろに並んだおばあちゃんに話しかけていたのです。


「孫にあげたくてね? 今日はお母さんと一緒に来たんだけど、あの子ったらウサギさんが大好きなのよ?」

「そうなの。女の子はみんな、ウサギさんが大好きなの」

「それがね? もう小学生で、この間お誕生日だったんだけど、あの子は男の子なのよ?」

「別におかしくないの」

「そうなの? ほんとにねえ」

「だから、きっと喜んでくれるの」


 ……君は、おばあちゃんと一瞬で仲良くなりますね。


 おばあちゃんの、のんびりとした脈略のおかしなお話に。

 穂咲は楽しそうにあいづちを打って。


 それを、俺も楽しく聞いていたら。

 あっという間に時間が過ぎていたようで。


 俺の手には生クリームのロールケーキ。

 そして穂咲の手には……。


「ふっふっふ。勝利!」

「あちゃあ。羨ましいのです」


 見事、サクラクリームのロールケーキを入手していたのです。


「……羨ましい?」

「ええ。そりゃもちろん」

「じゃあ、交換するの」

「え?」


 何を思ったのやら。

 穂咲は俺のケーキと自分のものを交換すると。


「おばあちゃん、あたしのと交換なの」


 仲良くお話していたおばあちゃんの手にした。

 バナナクリームと交換してしまったのです。


 ……ああ、なるほど。

 俺が欲しいものをくれたわけではなく。

 おばあちゃんにウサギのロールケーキをあげたかったのですね。


 君は昔からそうですよね。

 自分の欲しいものは遠慮なく取るくせに。

 誰かが欲しいものは、遠慮なくあげる。


 ……不思議な価値観。

 幸せな価値観。


 おばあちゃんの幸せそうな笑顔より。

 俺の方が、しわくちゃな顔になってしまいました。


 ウサギとサクラとバナナの幸せな交換。

 よく、ぱっと思いつきましたね。

 どこかでやったことでもあるのですか?




 ……………………あ。




 まさか。




 バンのミニカーを持っているのは、近藤君?




「じゃあ、おまけはゲットしたから本命を倒しに行くの」

「あ、ええ。行きましょう」

「ホワイトデーって札があっちにあるから行ってみるの」


 そう言いながら、穂咲が指差す先。

 規模が小さいのですが、確かにそんな一角があって。


 ……そこでもロールケーキを売っているようですが。

 だったら区別する必要ないではないですか。


「店員さん。こないだ、一粒三千円のチョコ売ってたお店は?」


 穂咲は探しもせずに。

 最寄りの店員さんに尋ねると。


 そのブランドは、バレンタインの時にしか出店しないとお返事をいただきました。


「チョコの専門店なら当然なのかもです。仕方ない、諦めましょう」


 俺が穂咲に言うと。

 こいつは、電車の中で見た。

 少し寂しそうな目をしてしまいました。


 ……穂咲は、あのチョコを俺に買いたかった。

 そして今は、買ってもらえなくなって寂しそうにしていて。


 こいつが何を考えているのか。

 さっぱり分からないのですけれど。


 でも。


 こんな顔をいつまでもさせておくわけにはいきませんよね。


「よし。いつか見かけたら、その時は必ず買ってあげましょう」

「ほんと?」

「ほんとうです」

「じゃあ、約束なの」



 ……約束。

 いつか叶えようという約束。


 それが。

 俺にはとっても嬉しくて。


 『いつか』

 その言葉は、転じて。

 『いつまでも』


 時間に制限のない約束というものが。

 まさか、こんなに幸せなものだったなんて。


「……どうしたの? なんか、嬉しそうなの」

「あ、ええ。……だって、お礼を形に出来るわけですから」

「ふーん……」


 慌てて口をついた言葉。

 これもまた、ウソではありません。


 だって、お礼はしたいのです。


 いままで毎年貰っていた、超合金の様なクッキー。

 とうとう、始めてもらった普通なチョコレート。


 そんな、昨日のお礼と。


 あと、もう一つ。



 ……十数年前の、ミニカーのお礼。



「ありがとうございました」

「え? お礼? チョコくれるのは道久君なのに?」

「……ええ。君だって誰かにプレゼントあげるの好きでしょうに」

「まあ、そうなの。じゃあ、いつかあたしにプレゼントさせてあげるの」

「なにを偉そうに」


 賑やかで、甘い香りのする百貨店のお菓子売り場は。

 ショーケースを見つめる笑顔で溢れていて。


 そんな幸せなお菓子の家で。


 穂咲は、人一倍幸せそうに微笑んでいたのでした。





「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 18冊目🍫



 おしま


「ほっちゃん!? ちょっとあんた、こんなとこで何やってるのよ!」

「ひうっ!?」

「口の周りにクリーム……っ! 今日は晩御飯抜き!」

「いやあああん!」



 …………ええと。

 ハッピーエンドで終わるかと思いきや。


 この物語は、ほろ苦い。

 ビターエンドとなりました。



 チョコだけに。



 おしまい♪



「……上手くないの。歯に何か挟まったままのような終わり方なの。チョコだけに」

「挟まりませんよチョコ。めちゃくちゃなのです」

「道久君、辛口なの! チョコだけに!」

「そんなチョコありません。熱くなるからグダグダですよ。……チョコだけに」

「いちいちうまいの。チョコだけに」



 もうおしまい!




 ……

 …………

 ………………




 約束。


 そう、言葉という魔法なのです。


 大切なのは、実際にはチョコではなく。

 チョコをあげることができる関係でいるという事。


「何の話?」

「君が今食べてるチョコの話です」


 まったく。

 俺にくれたチョコ。

 結果、自分で食べちゃっていますけど。


「なんでいいお話で終わらせてくれないのですか君は」

「そうそううまいお話ばかりじゃないの、人生は」

「人生を語る前に、もうすぐ三年生なのですからいいかげん……」

「はっ!? そうなの!」

「そうです。急いで取り掛かるべきです」

「卒業制作しないとなの!」

「早すぎます」


 一年かけて。

 何を作る気ですか君は。


 それより、ほんとに受験と就職のことを気にしないと。


「ちょっと穂咲。そこに座りなさい」

「そんなら、道久君は立ってるの」

「お安い御用なうえに、もう立っています。いいですか? 君は……」

「携帯鳴ってるの」


 ああもう。

 肝心な時に何です?


 ……おや、珍しい。

 晴花さんからメッセージ。


 何があったのでしょう。


 携帯を見てみれば…………。



 『ミスケテ』



「ほんとに何があった!?」



「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 19冊目📷


 2019年2月18日(月)より開始!



 と、言いますか。

 ほんとに何があったのか!?


 今度は卒業制作と将来の夢のお話です!

 どうぞお楽しみに!


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「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 18冊目🍫 如月 仁成 @hitomi_aki

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