カモミールのせい


 ~ 二月十四日(木) 2.9 対 2.2 ~


 カモミールの花言葉 苦難に耐える



 まだ日も上がらぬうちから作業して。

 正門の前に、ベニヤと木材で関所を作って。


 そこを通って学校へ入る皆様へお詫びをしながら。

 チョコを配ったのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、お坊さんのかつらで全部隠して。

 そのてっぺんに、カモミールを一輪揺らしていたのですが。


 『反省のために頭を丸めました』と書かれた立て看板のせいで。

 皆様、大笑いして下さって。


 喜んでチョコを貰ってくださったようで良かったのですが。


「……三年生がほとんど来ないことを失念していたとは」


 この二百個以上の在庫。

 どうしましょう?



 さて、穂咲はお隣りの席で。

 かつらを外して、ぼさぼさ髪と格闘しているのですが。


 おばさんからの命令です。

 仕方ありません。


 俺は手早く穂咲の髪を梳いて。

 前髪を作ってから、後ろ髪の一部をゆったりと編み込んで。


 ちょっと遊び髪を飛び出たせた大きめのお団子にまとめると。

 クラスの女子から、おおと歓声が上がったのですが。


 そのお団子に、『チョコ禁止!』と書かれた立札をぶすりと突き立てると。

 歓声が、一瞬で笑いに変わったのでした。


 ……ああ、忘れてました。

 もう一つ立札があるのでした。


 俺は、『ミー トゥー』と書かれた立札を。

 カチューシャに張り付けて、頭にかぶってから席につきました。



 さて、散々大騒ぎをしてまいりましたが。

 バレンタインデー当日になって。

 まさかそのイベント自体を否定することになろうとは。


 でも、こいつがチョコを貰わないと宣言する横で。

 俺だけ貰って嫌味な顔されるよりはましなのです。


 ……それよりも。


「お腹空いたのです」

「お昼まで我慢なの。元の体重に戻るまでは、カロリー抜きなの」

「と言うことは、例のあれですか」

「心太い味方なの。白いから、カロリーゼロなの」

「お醤油はたっぷり目でお願いします」

「……黒いものはカロリーがたくさん入ってるから禁止なの」

「丸腰でどう戦えと?」


 だったら、いつもの調味料袋は置いて来ればいいじゃないですか。

 持ち物欄にある武器を装備し忘れている心境なのです。



 それにしても、穂咲の元気がここしばらく下がりっ放しなので。

 なにかしてあげられないでしょうか。


 実は、逆チョコなる物も買っておいたのですが。

 よりにもよってこんなことになってしまったので。

 家に置いてきましたし。


 そんなことを、糖分の足りない頭でボケっと考えていると。

 近藤君が、穂咲の席の前に立ちました。


 そしてぎこちなく微笑みながら。

 チョコを差し出して下さったのです。


「いらないの」

「最後だと思っている。受け取ってはもらえないか?」

「……ごめんなさい」

「………………ああ、分かった」


 ほんの、これだけのやり取りでしたが。

 なにやら二人が、妙な空気に包まれていて。


 近藤君は、きっと穂咲との約束を守って下さろうとしたのでしょうけれど。

 チョコ禁止の立札が立っているではないですか。

 受け取るわけないのです。


 でも、穂咲は妙に落ち込んでいるようなので。

 励ましてあげましょう。


「今のは0.5票扱いで結構ですから。君の勝ちなのです」


 もっとも、賞品もチョコな訳ですし。

 買ってあげることもできませんけど。


 でも、さぞ喜ぶだろうと思って選んだ言葉を聞いても。

 穂咲はリアクションすらしてくれません。


 一体どういうことなのか。

 問いただそうとしたら、先生が入ってきて。


「起立」


 神尾さんの号令に。

 みんなが椅子を鳴らします。


「きをつけ」


 そして首をひねりながら。

 正面を見つめていると。


「はい」

「え?」


 横から突き出されたものを。

 思わず受け取ってしまったのですが。


 これ。

 ピンクの小箱。


 …………どう見ても。

 チョコレートなのです。


「礼」


 そう、お礼。

 言わなきゃいけないのですが。


 つい、こんな言葉が先に口をつきます。


「俺が勝ってしまうのですけど」

「着席」


 ――黙ったまま、席に着いた穂咲の表情からは。

 何を言いたいのか読み取ることが出来なくて。


 俺はそのまま呆然と。

 小箱を手に持ったまま。

 突っ立っていることしかできずにいたのでした。




「……秋山。気が早い」


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