だから俺は名探偵になれない
和五夢
第1話
飲酒運転による死亡事故、受動喫煙による胎児・児童への悪影響。
酒もタバコもこの世から無くなってしまえば、これらの問題は解決する。
しかし、そうはならない。
今の世は平和だという人もいるかもしれないが、俺に言わせれば世界はあまりにも混沌に満ちている。
それに比べれば学校の教室という閉鎖的空間はなんと平和なものだろうか。
酒もタバコも存在しない。
あまりの純粋さに犯罪行為もその身を潜めているほどだ。
なんとすばらしく退屈な日々――。
俺の名前は
ただの冴えない中学一年生。
今日も窓際の席に静かに座って下校の時を待っている。
俺はかつて名探偵に憧れていた。いや、今もそうかもしれない。
小さい時に見たハリウッド映画の『シャーロックホームズ』。
そこで描かれる名探偵は優れた観察眼と柔軟な思考、洗練された武術で悪の所業を暴いていく、俺にとってまさに理想のヒーローだった。
彼みたいになりたくて、俺は名探偵に必要な条件を三つ掲げた。
まず一つ目。
それは類まれな洞察力。
俺はそれを鍛えるために『見ること』、つまり視覚から得られる情報に注目しながら生きてきた。
そしてその末に俺がたどり着いた極地。
それは――。
人見知りだ。
見ることに集中するあまり人と接するのがおっくうになってしまったというのは何とも言い訳がましいが。
とは言え俺は決してクラスで浮いているわけではない。良くも悪くも目立ってしまうのは俺の望むところではなく、適当に周りに合わせて当たり障りなく日常をやり過ごしている。
大事な事だから敢えて強調するが、これは決して空気を読んでいるわけではない。
そして名探偵に必要な条件その二。
それは名声だ。
ただの言葉遊びに思えるかもしれないが、『探偵』の前に『名』がついているのだから、有名でなければいかに能力的に優れた探偵であっても名探偵とは言えない。
そういった意味では俺よりもはるかに名探偵に近い男がいる。
成績優秀、嫌味のない爽やかイケメンでクラスの中心的存在。
見た目だけではなく彼には人を引き付ける不思議な魅力があり、男女問わず信頼が厚い。
警視総監の息子という事もあるのだろうが、様々なトラブルが彼の元に集まり、鮮やかに解決へと導かれていく。まさに主人公を絵に描いたような存在だ。
まあ、たいていのトラブルは事件とも呼べないような物ばかり。
例えば
そしてどうやら今日も一人、悩める子羊(笑)が彼に救いを求めるようだ。
「智也、ちょっと相談があるんだけど……」
彼女の名前は
ついでに言えば、カーストトップ=クラス一の美少女というわけではない。
クラスで最も人気の女子生徒は今もお淑やかに椅子に座っている。
耳を覆うほどに伸びる美しい長髪。
愛らしい小動物を思わせるような小顔に整った顔立ち。
我がクラスの大和撫子、
奇麗すぎて誰も手を出せない高嶺の花だ。
まあ、それはいいとして。
「なんだい、玲香。顔色が悪そうだけど大丈夫かい?」
長谷部智也だけでなく、彼の周りに集まっていたクラスメイト達も漏れなく彼女に注力する。
「大丈夫……なのかな。あのね、大事な物を無くしちゃったの。ピアスなんだけど、結構高価な物だったから……」
「それは大変だったね。僕に頼みたいのはつまり落とし物の捜索依頼という事でいいかい?」
しかし、三好玲香は意味ありげに沈黙。
彼女が顔を伏せた時。白を基調としたマフラー。その端の淡い赤のグラデーシャンが揺れた。
その様子から彼女の意図を読み取った長谷部智也は、
「まさか……盗難……なのか?」
その一言で教室中がざわつき始めた。
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