第6話
それにしても、何か言い返すことは無いのだろうか。
実は俺が提示した証拠には矛盾がある。
金属アレルギーは別名『接触性皮膚炎』とも言われ、アレルギーの分類ではⅣ型アレルギー――つまり遅延型アレルギーと言ってアレルゲンである金属と皮膚が接触してから皮膚炎の症状が出現するまでに日あるいは月単位かかるのが普通なのだが。
単に自分の病気の事もろくに把握していないだけか、それともこのただのしもやけがそんなに衝撃的だったのか。
まあ、どちらであろうと興味はないし、言い訳をねつ造するのを待ってやる義理もない。
「三好さん、まだ手荷物検査をするつもりか? 俺はそろそろ帰らなくてはならないんだが」
俺の推論が正しければ彼女の答えはこうだ。
「……いいえ。もういいわ、みんなに迷惑がかかるから」
そう。彼女は神島陽菜が犯人だと知っている。
だからこそ彼女への疑いが晴れた時点で手荷物検査をする意義は無くなり、仮にそれを強行した場合、クラスメイトからの評価が下がりかねない。
ゆえにあきらめて引き下がるしかないのだ。
俺は教室を出る時に憐れみを込めてある助言をしてやった。
「まだ失くしたと諦めるには早いよ。俺は用事があって協力できないけどきっとみつかるさ」
その声に賛同するように三好玲香の周りには人のいい奴らが群がっていく。
おそらくこれから長谷部智也の指揮のもと、ありもしないピアスの捜索部隊が編成されて、涙無くしては見られないような友情物語が展開される事だろう。
それを三好玲香はどんな心持で見届けるのか、あるいはそうなる前に必死に協力を拒むのか。
まあ、どちらにしろそんな真実、俺にとっては何の価値もない。
盛り上がりを見せる我がクラスを背に俺はゆったりと下校を開始する。
一階で靴を履き替えて、噂のロッカーに一瞥もくれず通り過ぎ、例の橋を渡りきるかという時――。
「待って! 卓人君!」
振り返らなくても誰が名前を呼んだのか俺にはわかってしまう。
俺の事を下の名前で呼ぶのは彼女しかありえない。
「なんだい? 神島さん?」
そういって振り向くと、そこには息を切らした彼女の姿。
教室から抜け出して急いでかけてきたのだろう。
あの異様な雰囲気から抜け出すのはなかなかに大変だったと愚考するが。
「卓人君が……私を……助けてくれたんだよね?」
「何の事か分からないな。むしろ俺は君を告発しようとした人間だ」
「ううん……私にはわかるの……」
「どうして、そう言い切れる? 俺に神島さんを助ける理由があるのか?」
沈黙。
その間、俺は頭の片隅である思考を閃かせていた。
実はこの赤い橋にはあるご利益がある。
この橋の上で告白した恋は成就するというありがちな噂だ。
神島陽菜はまだ呼吸が整っていないのか、口から白い息を何度かはいてから、最後にふうーっと長い吐息。
そして――。
「幼馴染だから……じゃ、だめかな?」
俺は思わず口の端を釣り上げて笑いそうになった。
だからそれを隠すように彼女に背を向けてこう言った。
「なかなかの名推理だよ。神島さん」
そう言って帰宅を再開する俺に神島さんはもう何も言う事はなかった。
雪が積もりもはや赤い橋とは呼べなくなった白銀の世界で一人たたずむ彼女は、いったいどんな表情をしているのか。
それが少しだけ気になった。
おっと、そういえばまだ話が途中だった。
名探偵に必要な三つの条件。
一に洞察力。
二に名声。
そして三つめは――。
真実を追求する飽くなき探求心。
俺に決定的に足りないのはそれだ。
なぜなら俺には真実よりも優先すべきことがある。
それは秩序。
真実を知らしめることにより秩序が乱されるのであれば俺は迷わず真実を闇に葬る。
だから俺は名探偵になれない。
だから俺は名探偵になれない 和五夢 @wagomu
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