第4話
しかし、もう時間切れだ。俺が帰らずとも事情を知らない他の教室の生徒達はぞろぞろと下校を開始し、この案件はどの道迷宮入りだ。
もし逆転する方法があるのだとすればあれしかないが――。
「手荷物検査……」
ぼそりとつぶやいたのは三好玲香。
「だけどそれは……」
クラス中の顔色を伺いながら長谷部智也がぽつりとこぼす。
「わかってる。全生徒の手荷物を調べたいなんて言わない。だったらせめて、このクラスだけでも協力してもらえないかしら……。無理を言ってるのはわかってるわ。だけどお願い。お母さんに貰った大事な物なの」
はあ……またこの空気か。
手荷物検査だけはまずいと言うのに。
やれやれ、気は進まないのだが仕方がない。
「俺は何も全員を調べる必要は無いと思う」
「どういうことだい、守阿君? 君は犯人に目星がついているというのかい?」
「いや、目星というほどじゃない。ただ一人怪しい人物がいるというだけだ」
俺はそう言って、お行儀よく席に座るある女子生徒の前に進み出た。
「神島さん、ちょっと君のピアスを見せてもらってもいいかな?」
そう言うと彼女は震える瞳で上目遣い。
そんな目で見ないでほしいのだが。
胸に突き刺さるのは彼女の幼気な視線だけではない。クラスの、いやひょっとしたら校内一のアイドルを疑ったことで、あらゆる方向から鋭い眼差しが向けられている。
俺も本当はこんなことしたくはない。
しかしそれが真実を突き付けるという事なのだ。
「このクラスでピアスの穴を空けているのは君だけなんだ」
そう、今は髪で隠れてしまっているが、彼女の両耳たぶにはピアスの穴がある。
さらに言えば、このクラスでは彼女だけだ。
もし犯人の目的が転売でない場合、自分で使用する可能性が高い。
ゆえに耳にピアスの穴があるやつが犯人である可能性が高い。
「それだけじゃ、神島さんを犯人と決めつけるには早すぎないか?」
それはそうだろう。
というか、俺は何も神島さんが犯人だとは言っていない。怪しいと言っただけなのだが。
などと、考えていると三好玲香が口を挟んだ。
「智也が言う通りかもしれない。でも、守阿君の言う事も一理あるかも……。ねえ、神島さん、私もあなたが犯人だなんて疑いたくないわ。だから、そう信じたいからこそあなたのピアスを見せて証明してくれないかしら?」
遠回しの脅し文句。
嫌な言い回しだが、彼女が言わなければ俺が言っていたであろうセリフだ。
「さあ、見せてくれ」
俺が詰め寄ると神島さんはついに覚悟を決めたのか、カバン――ではなく、ポケットの中に手を入れ、それを取り出し、丸めた拳を開いて俺に差し出した。
俺はそれを指でつまみ上げて観察する。
ふむ、プラチナを示すPtの文字が無い。これだけでは材質がシルバーなのかプラチナなのかわからないが、埋め込まれた小さなパールや精緻な意匠を見る限り、これが高価な物であることくらい、素人の俺にだって見分けがつく。
そして最も重要なことは、三好玲香が失くしたと言っていたピアスの特徴にピタリと一致するという事だ。
「私にも見せて!」
三好玲香は半ば強引に俺の指先からそのピアスをかすめ取った。
そして。
「これ、わたしの――」
――ピアス。そう言いたかったのだろう。
だがそうはさせない。
「ごめん! 神島さん、疑って悪かった。これは紛れもなく神島さんのピアスだよ」
俺が出せる精いっぱいの声で上書きしてやった。
「どうしてそれが神島さんのピアスだと言い切れるんだい?」
「ほら、これを見てくれ。俺も実は金属アレルギーなんだ。ただし……シルバーのね」
俺は人差し指の腹をこれでもかとばかりに知らしめた。
そこには線上の発赤とそれに沿って小さな水疱。
皮膚炎の症状だ。
「なるほど、三好さんの失くしたピアスはプラチナ。仮に見た目が似ていたとしても材質が違うならこれが三好さんの物のはずがない……というわけだね」
その通り。
流石、名探偵と謳われるだけの事はある。
だが、そんな彼にもこの事件の真相は見えていないだろう。
三好玲香からピアスを奪ったのはほぼ間違いなく神島陽菜なのだから。
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