家族写真
平中なごん
家族写真
「――ただいま~!」
それはある年のお盆休み、大学に通うために一人暮らししている東京から、久々に実家へ帰省した時のことだった……。
「ただいま~っ! …………あれ? 誰も出迎えなしかよ。せっかくカワイイ息子が久しぶりに帰って来たっていうのにさ」
馴染みのある独特な臭いの漂う、懐かしい我が家の玄関で帰宅の旨を大声で伝える僕だったが、なぜだか家族は誰も出て来てくれやしない。
鍵も開いてたし、奥から話し声も聞こえるので留守ではないと思うんだけど……。
そのままぼうっと突っ立っていてもなんなんで、僕は仕方なく靴を脱いで上がると、勝手に声のする居間の方へ向かうことにした。
「うわ~カワイイ~! これ、お兄ちゃんが小学校入学した時の写真だよ!」
「ああ、ほんとだ。あいつもこの頃はまだかわいかったよなあ」
「ええ、ほんとに」
居間に入ると、そんな聞き憶えのある声が僕の耳に聞こえてくる……高校生になる妹と、父さん、母さんの声だ。
見ると、その畳の間の真ん中に置かれた大きなちゃぶ台の周りには、妹と父さん、母さんの家族を始めとして、大阪と名古屋に住んでるおじさん&おばさんの二組、その子供である従兄弟達四人と、親戚一同が集まって何やらわいわいと騒いでいる。
お盆だし、本家である僕の内に集まったのだろう。
親戚とはいえ遠方に住んでいるので、お盆とかお正月とか、そんな時にしか会えないから、僕もみんなの顔が見れてうれしい。
「ただいま~! 帰ったよ~!」
僕は、もう一度改めて声をかけた。
「お、こっちは卒業式の写真だな」
「フフ…お兄ちゃん、制服ブカブカでぜんぜん似合ってない」
だが、全員、ちゃぶ台の上のものに視線を向けたまま、話に盛り上がってまるでこちらに気づいてもくれない。
僕をほったらかしにして、いったい何をそんなに盛り上がってるんだ?
完全無視をされ、僕はやや不機嫌になって皆の背後からちゃぶ台の上を覗き込んでみる……。
すると、そこには僕や妹がまだ小さかった頃からの、家族を撮った写真の収まる一冊の大きなアルバムがあった。
なるほど……これを見て盛り上がっていたわけか。
おそらくは従兄弟達が見たいとでも言って、それでこの家族写真鑑賞会が始まったのであろう。
それにしても、本人がここにいるってのに、無視して僕をダシに盛り上がってくれちゃって……。
僕は少々癪だったので、しばらくこのまま黙っていて、誰かが気づいて驚くのを待つことにした。
まさか、ネタにしている当の本人が実は目の前にいたと知ったら、さぞかしみんなビックリするに違いない……なんとも愉快だ。
そんな悪戯心を抱き、そのまま静かに頭上から見守っていると、みんなは僕の思惑通りにアルバム鑑賞をなおも続ける。
「あ、これはみんなで北海道行った時のだ!」
「これはその年の正月に撮った親族一同の集合写真だな」
初めは誰か気づくまでの暇つぶしに見ていたアルバムであるが、見ている内についつい僕も写真を眺めることに集中してしまう。
ページを捲る度に、古い写真とともに懐かしい思い出が次々と僕らの前に再生される。
僕と妹の入学式や卒業式といった節目々〃で撮っている記念写真……。
お花見や運動会、誕生日にクリスマスなどのイベントで撮ったスナップ写真……。
長い休みになると必ず行った国内や海外の家族旅行写真……。
そして、今日みたいに親戚一同集まった時に、なんとなくお約束で撮影してきた集合写真……。
どれもこれも一目見れば、その時の記憶が鮮明に蘇る思い出の一枚だ。
「ああ、これは去年、みんなが来てくれた時のね……」
「帰る時に、一応いつものことだからって撮ったんだったな……」
…………あれ?
しみじみと言う母さんと父さんの声に、その集合写真へ視線を移した僕はある不思議なことに気づく。
馴染み深い顔の並ぶそこに、僕の顔だけは写ってないのだ。
……この写真を撮ったのはいつだろう? 半袖やハーフパンツを穿いている皆の服装からして、どうやら季節は夏らしい……去年と言っていたが……その時、僕だけはいなかったのかな?
まあ、最近、僕は東京の大学に通っていて滅多に帰ってこないし、そんなこともなくはないと思うが……。
でも、ここに写るみんなの夏服姿には、どこか見覚えがある……。
じゃあ、僕はやっぱりこの時いたのか? もしかして僕はシャッターを押す係だったとか? いやでも、いつもこういう時はタイマーで撮っていると思うんだけど……。
「こっちは高野山行った時のだね……」
高野山?
次にページを捲って妹の口にした一言に、僕は思わず目を見開いてしまう。
その写真には父さん、母さん、妹の三人が映ってるので家族旅行らしいのだが、僕は行った憶えがない。
まあ、大学に入ってからは僕抜きで行くこともあるのだが、そんな話は一度も聞いたこともない。高野山なんていつ行ったんだ?
「こっちは冬に温泉に行った時ね」
「ああ、今年の正月のやつか。オヤジ、酔って真っ赤だなあ」
だが、そればかりでなく、以降、僕の写っていない写真は延々と続く……。
秋も、冬も、クリスマスも、お正月も……みんなはちゃんと写っているというのに、どういうわけか僕だけ写っていないのだ。
あれ、去年の暮れは帰ってこなかったんだっけか? 滅多に帰省はしないものの、さすがにお盆と年末年始だけは帰るようにしているはずなんだが……。
思えば先程の親族集合写真を境にして、なぜだか写真からいなくなった僕はその奇妙な現象を訝しがるが、さらに不可思議な話を我が妹はし始める。
「あ! わたしの高校の卒業式と大学の入学式だ! まだ半年前なのに懐かしい~!」
はあ? 大学ぅぅぅ~っ?
いや、今年はまだ高校三年の受験生のはずだろ? いつの間に女子大生になんかなったんだよ?
それとも何か? 僕は都会で一人暮らしする内に妹の歳まで忘れてしまったとでもいうのか?
その二枚の写真に写る、まるで見たことのない袴姿とスーツ姿の妹の写真を見つめ、僕はその場に立ち尽くしたまま唖然とする。
もちろん、そこにも父さんと母さんは笑顔で写っているが、僕の姿はどちらにも見当たらない。
なんか、さっきからスゴイ疎外感……。
この家を離れて都会に出たことで、僕と家族との間には、物理的にばかりでなく、心理的にもすっかり距離ができてしまったとでもいうのだろうか?
それにしたって、卒業式や大学入学なんていう一大イベント、電話とかで一言伝えてくれてもいいってもんだろ?
知ってたら僕だって帰って来て、一緒に晴れ姿の妹と記念写真に写りたかった……さっきから僕だけ写っていないのは、やっぱりなんだかちょっと淋しい。
と、そんなことを思っていたその時。
「おまえの写真はこっちにあるぞ」
「ほら、私達のはこっちだよ」
そんな、どこか妙に懐かしい、しわがれた男女の声が背後で聞こえた。
たぶん、よくやく僕の存在に気づいた親戚の誰かだろうが、この声はいったい誰のものだったろうか?
ともかくも、その声に従って、僕は後ろを振り向いてみる……。
そこには、手前の台の上にお盆のお供え物が色鮮やかに並べられた、我が家の立派なお仏壇がある。
それに、見れば、そのお仏壇にも三枚の写真立てに入れられた写真が飾られていたのであるが……
それは、数年前に亡くなったおじいちゃんにおばあちゃん……そして、最後の一枚は僕のものだった。
……? ……ああ、そうか……そういえば、そうだったんだよな……。
一瞬、驚く僕であったが、刹那の内にすべてを理解する……いや、思い出したという方が正しい。
……そうだ。僕はもう死んでたんだ……去年の夏、お盆の帰省途中に事故にあって……。
それで、あの夏に撮った親族での集合写真以降、僕だけがどの写真にも写ってなかったんだ。
写ってないのにこの写真の景色に見憶えがあった理由も、今ならばはっきりと思い出している。
これは僕のお葬式の後、みんなが帰る前にそれでも恒例だからってことで撮った写真だ。
写ってはいないけれど、この時、僕も確かにみんなと一緒にこの場所にいたんだ。
ちょうどその時、僕の気持ちを無意識に察してくれたのか? 妹がアルバムを捲り返して、再びその写真の貼られたページを開いてくれる。
なんだか妙に懐かしくなってきて、僕は家族達の頭越しに、その写真をしみじみと改めて眺める。
……ああ、なんだ。写ってないと思ったけど、ちゃんと僕も写ってるじゃないか……。
よく見れば、親戚一同が二列に並んで勢ぞろいしたその写真の、どこか淋しげな表情をした父さんと母さんの顔の間に、僕の顔も薄らと半透明に写っていた。
(家族写真 了)
家族写真 平中なごん @HiranakaNagon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます