緩くたって楽しいお別れ会編

 今日はいよいよ三年生の引退会。

 いよいよといっても僕らは昨日知らされた話なんだけどね。


 まず一、二年生と顧問はサツマイモの準備。

 

 ここで驚くべき顧問の技を知ることになった。


「先生、サツマイモの皮ってむくの難しいですね」


 包丁を持ってはみるもののいまいちこのでこぼこしたサツマイモを向こうとは思えない。


「貸してみろよ、やってやるよ」

「え、できるんですか?」


 つい本音が出てしまった。

 こんな顧問に芋の皮むきができるのか、いや無理だろうと思ってしまったからだ。

 だってこんな顧問を見てたら誰もがそう思うよなぁ。


 そんな顧問は手慣れた手つきで芋をザクザクと輪切りにしていき、それからするりと皮をむいてしまった。


「す、すげー!」

「当たり前だよ、簡単だよこんなの」


 普段から料理をしているのだろうか。

 自分で持ち帰った野菜を調理する姿が目に浮かぶ。

 きっと家族にもふるまっているのだろう。


 そんなこんなで僕らは準備を終え、いよいよ最高に緩い引退会が始まった。


「スライムゲームか、この前まではこのスライムが憎らしかったのにな」

「ほんと」


 先輩たちは懐かしそうに大きなペットボトルに入ったスライムを眺めていた。

 ほくほくで湯気が立つ輪切りになった芋を片手に。


「なかなかうまいじゃないか」

「ほんとですね」


 顧問はほとんど自分で作った芋を食べながら言う。

 作ったといってもただ切ってふかしただけだけど。


「そういえば引退会って何するんですか?」

「え? さよならーっていうだけだよ。みんなしっかり感謝の気持ちを伝えるんだぞ」

「え、簡単すぎじゃない?」

「いいんだよ。みんな科学部だろ」

「そうですけど…」

「科学部は絶対に楽しまなければいけないんだよ」

「そうですね」


 顧問の花時にうなずきながら甘いサツマイモを食べ終えるとみんなでスライムのボーリングを始めた。


「よし、三年生! 全部倒してみろよ」

「無理っすよ」


 顧問は笑いながら挑発する。

 ある意味この学校で一番悪魔かもしれない。


 無理だと言いつつ先輩たちは地球儀のボールですべてのスライムを倒した。

 これももしかしたらスライムへの憎みが大きかったからかもしれない。

 スライムは何も悪くないんだけどな。


 そうするうちに時間はあっという間に過ぎてしまった。

 もう、お別れなのだ。


「先輩、もう科学部からいなくなっちゃうんですか?」

「まあな、この時間が好きだったのになぁ」

「受験、がんばれよ」


 顧問はあっさりとした口調で言う。

「じゃあ解散!」


 あまりにもあっけないじゃないか。

 この冷たい顧問の言葉に僕は緩すぎるにもほどがあると言ってやりたかった。


 よっぽど僕が悲しそうな顔をしていたのか顧問は慰めるように優しく寄り添い、言った。

「心配すんなよ。明日から引き継ぎのための講習会が科学部であるんだ。一週間ぐらい。その時三年生が一生懸命教えるって言ってくれたからよ、付き合ってくれよ」

「え?」


 この緩い時間がいつまで続くのかはわからない。

 でもしばらくは続くだろう。


 この顧問が僕は好きだ。

 この緩い時間も。


 だってこの緩い時間、何をやっても面白いのだから。

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この緩い時間、何をやっても面白い 如月風斗 @kisaragihuuto

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