第5話

 そして、さらに時は流れていきました。

 今、木々は迫りつつある危機を感じていました。小さな山の奥深くに、怖ろしい生き物が訪れるようになったからです。人間という、”きこり”という怖ろしい生き物が。

 そいつが近づいてくるたびに、仲間たちの何人かが鋭い刃物で切り倒され、殺されました。そして、切り倒される瞬間の仲間たちの断末魔の叫びは、周りの木々をいつだって震え上がらせました。しかし、もちろん彼らには逃げることは出来ませんでした。怖くて、恐ろしくて、どうしようもないほど不安でも、彼らはその場から一歩も動くことは出来ないのです。彼らには結局、迫り来る死をその場でじっと待つしかありませんでした。

「ねえ、父さん?」

 少年は父親を見上げました。

「何だ?」

 二人は小鳥のさえずりを聞きながら、山道を歩いていました。父親は木々を切り倒して、それを売り、金に替えて暮らしていたのです。そして、少年は父親の手伝いをしていました。もちろん、少年の腕は父親に比べてまだ細く弱く、手伝いといってもたいしたことは出来ませんでしたが。

「山の木々は、切られる時、怖くないのかな?」

「木は動物じゃない。感情なんか持ってやしないよ」

 父親は先に立って歩きながら、そう答えました。

「怖いとも、恐ろしいとも、嬉しいとも、悲しいとも感じないさ」

「・・・そう・・・かな?」

 少年は、自分の背の何倍もの高さにそびえたつ木々を見上げました。枝の一本一本の隙間から、太陽の光が微かにこぼれています。すっと軽く、風が枝枝の間を通り抜け、枝は風に吹かれて揺れました。それはまるで、怖がって震えているようでもありました。


 父親の仕事する様を、少年は傍らに座ってじっと見つめていました。斧が振り下ろされるたびに、木は震え、ミシミシと音をたてました。

 まるで、何か叫んでいるみたいだ--と、少年は思いました。

--僕は、長い間生きてきた・・・。

 哀しい声が、少年の耳に届きました。

--この山で、この場所で、ずっとあの太陽を見つめていた・・・。

 少年は辺りを見回しました。

--いつか成長したら、あの太陽のところまで行けると・・・そう、思っていた。

 少年の近くには、木を切り続けている父親しかいませんでした。

--それなのに、今、こんな風に殺されなきゃならないなんて!

 少年は目の前でミシミシと音をたてている木を見ました。

--嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!

 木は今にも倒れそうなくらい、大きく傾いていました。

--もしかして、明日には届いたかも知れないのに・・・。

 父親は、最後にもう一度だけ、斧を振り下ろそうとしていました。

「やめて! 父さん!」

 父親が斧を振り下ろすと同時に、木は大きな音をたてて倒れました。

 父親は、少年の方を振り返りました。

「どうした? どうかしたのか?」

 少年は、倒れた木をじっと見つめました。もう声は聞こえませんでした。

「ううん。何でもないよ」

 少年は父親の方を振り返り、そう答えました。

・・・まさかね・・・。

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