第2話
それから幾度も季節は巡りました。小さかった木もずいぶん大きくなりました。
ある日、二羽の鳥が飛んできて、彼の枝の一本に止まりました。鳥たちは遠くの空を眺めながら、楽しそうな声で歌いました。まだ若鳥でした。
二羽はその場所に巣を作り、やがて、その巣の中にヒナ鳥たちが産まれました。それからというもの、彼の周りは急に騒がしくなりました。小さなヒナ鳥達は母親からエサをねだり、満足するまで泣いたりわめいたりするからでした。
時には、小さくて無力なヒナ鳥を狙って、肉食の大きな鳥や獣が、彼の周りをうろつきました。彼はそんな時、枝をぶんぶん振り回して、ヒナたちを守ろうと頑張りました。
ヒナ鳥達は、彼のそんな努力の甲斐もあってか、すくすくと成長していきました。
ある日、ヒナ鳥の一羽が言いました。
「ボク達、いつになったら外へ出られるんだろう? こんな狭いところは、もう飽き飽きだよ」
すると、もう一羽が言いました。
「もうすぐだと思うよ。だって、羽の力もずいぶん強くなったもの」
そう言うと、そのヒナ鳥は小さな羽をパタパタさせました。それを見て、他のヒナたちは一斉に笑いました。羽をヨタヨタと動かすヒナ鳥の様子が、あまりに可笑しかったからでした。
「何が可笑しいのさ!」
そのヒナ鳥は、怒って叫びました。けれども、兄弟たちは笑うのをやめませんでした。
「ダメダメ。そんなヨタヨタ羽を動かしているようじゃ、まだ空を飛べやしないよ」
「飛べるさ!」
その時、その小さなヒナ鳥には、兄弟たちを見返してやりたいという想いしかありませんでした。自分は空を飛べるのだ・・・という絶対的な自信と共に。
「見てろよ・・・!」
兄弟たちに止める間などありませんでした。ヒナ鳥は思い切り羽を広げ、ジャンプしました。そして・・・。
兄弟たちの方が驚きました。ヒナ鳥は確かに飛んでいたのです。空が、小さなヒナ鳥を受け止めているかのように見えました。
ヒナ鳥は驚喜していました。
飛べた! 飛べた! 飛べた! 飛べた! 飛べた!
前方から、太陽のまばゆい光が差し込んできました。巣の中から見ていた兄弟たちには、ヒナ鳥の姿はまるで太陽と混じりあっているようにさえ、見えました。
ヒナ鳥達のちょうど真下の草むらのなかに、一匹のヘビがいました。先刻から空腹を感じていたヘビは、その木の周りを忌々しそうにぐるぐると回っていました。ヘビにとってその木は高すぎて、ヒナ鳥達のいる巣まではとても登れないのでした。
まったくいまいましい! とヘビは思いました。
ヒナ鳥達の鳴き声は、よく聞こえてくる。そして、自分はとてもお腹が空いている。それなのに、巣に近づくことすらできないなんて!
ヘビは木の上の巣を見上げ、ため息をつきました。
と、ちょうどその時・・・・。
ヘビの目の前に、彼の望みのものが落ちてきたのです。ヘビは飢えていましたし、あっという間にそれを飲み込んでしまいました。
巣の中からは兄弟たちが、その様子を哀しげに見ていました。
やがて、母鳥が戻ってきました。そして、一羽いないことに気づいたのか、気づかなかったのか、いつもと全く変わらない様子でヒナ鳥達にエサを与えました。
幾日か過ぎて、ヒナ鳥たちはみな立派な若鳥になり、空に向かって飛び立っていきました。
あとには、ヒナ鳥達のいた小さな巣だけが残っていましたが、宿主をなくした巣は、雨に打たれ、風に吹かれているうちに、小さな木の枝からはいつか消えていきました。
木は、ヒナ鳥達のすでにいなくなった枝を見ました。
--飛べるんだ!
あの小さなヒナ鳥の願いは、そんなにはかないものだったろうか。それを思うと、彼は悲しくなるのでした。
冬が近づいていました。風が冷たく吹き荒び、木は身体をぶるっと震わせました。暗く曇ってきた空の彼方、太陽は、それよりずっとずっと遠いところにあるのでした。
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