第5話 家族
佐野に御守りを渡したことでお祓いの効果は消えたようだった。佐野の部屋から草薙降りていくとそこには懐かしい「家庭料理 里」があった。
店に入ると真紀の「いらっしゃい」の澄んだ声がした。
カウンターでは望が勉強をしていた。
「お兄ちゃん、どうしてもわからないの、教えて」
「いいよ」
草薙は、いつものように望の横に座り望の宿題をみてあげた。
この人達が幽霊というのであろうか。
幽霊ということでなく、単にここにはここの世界があるだけのような気がしていた。
文英の言った通り望は御守りをつけていなかった。
「望ちゃん、御守りがないけど、どうしたの」
望がにっこり笑って答えた。
「今、大切なお友達に貸してあげてるの」
「草薙さん。本場の明太子が入ったので、今日はこの料理をつくってみたのよ」
出された料理は長芋と明太子の和えものであった。店の料理の中でも一番草薙が気に行っている料理である。
以前のように望が甘えてくる。
「お兄ちゃん、今日は、ゆっくりしていかない?」
「そうだね」
宿題がひと段落ついた頃を見計らって真紀が言った。
「草薙さん、今日はこれで店を閉めるので、あちらの座敷に行きませんか。夏だけど、いい魚が入ったから鍋をつくったんですよ」
「わーい、鍋、鍋。じゃ、テーブルの上を拭くね」
望が、座敷へ上がっていく。
「いや、まだ外は寒いですし、鍋とってもいいですね。それから今日はお酒いただけますか。そうだな、熱燗いただけますか」
「お兄ちゃんがお酒飲むなんて珍しい」
「そうだね、お酒を飲むなんて久しぶりだ」
草薙はそう言って笑った。
真紀と望と一緒に草薙は鍋をつついた。
「久しぶりにお酒を飲んだせいか、とても眠くなってきました。なんかここのところとても疲れていて。すこし寝てもいいでしょうか」
草薙は気持ちよさそうに、テーブルにうつぶすのであった。
***
草薙と会った次の日から佐野は草薙の姿を工事現場に見ることはなかった。
「何かあったのかな」
草薙に連絡を取りたくても勤務先も自宅の住所も聞いていなかった。
何か分かるかもしれないと思い佐野は寺に行った。
「草薙さんですか。私はお見かけしていませんねえ。お祓いが効いて、もうあの場所にも行かなくなったのではないですか」
「いや」
と言いかけて佐野は黙った。
住職からもらった御守りを佐野が預かっていることは隠していた。
「二人のお墓に行けば、何か手がかりがあるかもしれませんよ」
「なるほど。あの兄さんのことだから、墓にはいつも来てるかもしれない。なぜそれが思いつかなかったかなあ。文ちゃん、ありがとよ」
佐野は急いで二人の墓に行った。
そこに草薙の姿はいなかった。
少し待ってみるかと墓の前に佐野は行った。
墓には2人の名前と、そして横に草薙の名が刻まれていた。
「そういうことかい。最後何があったか分からんが、お兄さんは真紀ちゃんと望ちゃんの世界に行ったんだなあ」
佐野は草薙から預かった御守りをポケットから取り出した。
御守りを握ると真紀と望と一緒にいた日が佐野は強く思い出される。
まるで御守りの中に、あの頃の楽しい思い出、自分の家族はなくなったが、新しい家族ができたような楽しい思い出が詰まっているようである。
草薙から御守りを預かった時から佐野は、それまで以上に強く真紀と望といた日々を思い出すのであった。
日がすっかり暮れてきた。何かが聞こえてくる。
澄んだ笑い声である。この声は、真紀そして望の笑い声である。墓の中から、いや墓の向こうから聞こえてくる。そして草薙の楽しげな声も聞こえてきた
「そうかい、そうかい、みんなここで暮らしているのかい。お兄さんも元気になったようだな」
そのとき、望の声が聞こえてきた。
「おじいちゃん、おじいちゃんはお店に来ないの」
「おー、望ちゃんか。そうかい、そうかい。私もまた店に行っていいのかい」
真紀の声が聞こえた。
「済みません。望。無理やり誘っちゃダメじゃないの」
「なーに、お兄さんにちょっと先越されちゃったけど、俺も行こうと思っていたところさ」
そう言って佐野は持っていた御守りを墓の前においた。
住職が真紀と望の墓にやってきた。
二人の名前の横に草薙と、そして佐野の名前も刻まれているを確かめるように見るのだった。
「真紀、望ちゃん。お前たちが生きている時には何もしてあげられなくてすまなかった。これで真紀や望ちゃんが一番望んでいた家族がみつかったかい」
そう言って墓に置いてあった御守りを住職は拾い上げた。
そして、御守りを強く握り締めた。
「そうか、もっと多くの家族が欲しいのかい。じゃあ、この御守りを、また誰かに預けないといけないね。真紀の言う通りだ。この御守りには、国元から離れて眠る悲しい霊の気持ちが沢山込められている。この御守りがあれば、誰でもお前達の元へ送ってあげることができる。誰がいいか、また教えてくれ。兄さんも出来る限りの事はするから」
文英は手を合わせて静かにお経をあげ、そして墓から去っていった。
家族 -牡丹燈籠- nobuotto @nobuotto
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