第4話 御守り

 佐野は真紀と望の墓があるという寺に草薙を連れて行った。

 繁華街から少し離れた場所に、こんな立派なお寺があることを草薙は初めて知った。

「江戸時代にはこの辺りは外様大名の屋敷でね、その家来達も屋敷の回りに住んでたんだ。このお寺には、その当時の人たち、地元に葬ってもらえなかった人たちの墓が多いんだよ。お国の墓に入れなかった可哀想な人が沢山眠っている場所ってことだよな。この寺も200年以上続いている名家だよ。だからよお、真紀ちゃんも許してもらえなかったんだよなあ」

 佐野がまた涙声になっている。

 墓地の一番奥に他の墓より一回り小さい真新しい墓があり、そこに真紀と望の名が彫られていた。

「本当に死んでいたんだ。だけど...」

 次の言葉が出なかった。

 真紀と望の墓に手を合わせた二人は、真紀の兄であるという住職の文英に会いに行った。

 佐野と草薙の話しを聞いた文英は草薙の顔を見て言った。

「うちの真紀がなぜあなたを選んだのかはわかりません。けれど、あなたが祟られていることは間違いないでしょう。あんたの顔には死相が出ています」

「死相ですか」

「はい、急いで除霊しないと、あなたも体を壊して死ぬことになります」 

 「おいおい」と言って佐野が話しの中に入ってきた。

「文ちゃんさあ、真紀ちゃんと望みちゃんがそんな悪さをするわけないだろう。この兄さんを気にいって会ってただけじゃないか」

「佐野さん。生身の人間が霊に会うだけで問題なのです。直ぐにお祓いをしないといけません」

 

 二人を本堂に連れて行くと直ぐに文英は草薙のお祓いを始めた。そして、お祓いが終わると草薙に御守りを渡した。

「これは、望ちゃんがいつも首から下げていた御守りですか?」

「そうですか、望が持っていたのですか。これは昔から寺に伝わる御守りです。この御守りもお祓いをしています。望が持っていたとしても、これはもうあなたを守るための御守りになっています。この御守りを肌身離さず持っていて下さい。これで真紀の霊も望の霊も近づくことはできないはずです。いつまでということは分かりませんが、数ヶ月くらいで二人の霊から離れることができるしょう」


 お祓いと御守りのおかげであろう。それからは望の「お兄ちゃん、明日も来てね」が聞こえてくることはなかった。

 そして以前と同じ生活がまた始まった。望の声は聞こえなくなったが、夕方に出てくる体の震えは以前よりひどくなっている気がしていた。店に寄るという日課がなくなり、会社から家に戻っては部屋に閉じこもる生活に草薙は戻った。

 二度と近づいてはいけないと知りつつも草薙はどうしても気持ちが抑えられなくなっていた。

 草薙は明るいうちなら大丈夫であろうと昼に工事現場に行ってみた。

 基礎工事が始まっていた。もう敷地内に入ることさえ出来ない。

 もう二度と、「家庭料理 里」も見ることも、二人に会うことはないだろう。そう思いつつ、会社の行き帰りには店があった工事現場の前に佇むのが草薙の日課となった。


 会社帰り、いつものように工事現場の前で佇んでいると佐野がやってきた。

「兄さん、ちょっとうちで一杯やっていかないかい」

 佐野に誘われるまま部屋に行った。

 小さなちゃぶ台の上に日本酒の一升瓶が乗っていた。

「そうか、お兄さん下戸だったね。ちょっと待ってて」

 草薙にコーヒーを持ってきた佐野はコップに日本酒を注いで飲み始めた。

「そういや、どうだい、文ちゃんから貰った御札の効用は」

「はい、効いているようです。あれから望ちゃんの声も聞こえないし、あの場所に行っても店を見ることはありません」

「そうかそれは良かったな。あいつもそれなりの修行を積んできたというわけだな。しかし、お兄さんあんまり嬉しそうじゃないなあ。なに、ほら、いつもここの窓から見てるだろう。最近、お兄さんが毎日工事現場に来てるの見ててね」

「住職のおかげで、望ちゃんの声も聞こえなくなりましたし、ここに来てもあの工事現場しか見えません。ただ、何か大切な時間、大切な場所がなくなった気がして仕方ないのです。あのまま通っていたら死んでいたかもしれないので住職には感謝しています。ただ…」

 そして少し躊躇しがちに草薙は言った。

「気のせいかもしれませんが、なぜか御守りをもらった時からあの二人に会いたい気持ちが強くなっていくような気がします。そのせいか体調も悪くなっているような気もして…」

「まあ、普通じゃない体験したわけだしな。お兄さんのご家族も心配してるだろう。お兄さんご家族は」

「父と母がいます」

「じゃあ、お兄さんは一人息子かい」

「はい。今は、そうです」

 草薙は亡くなった姉について佐野に話した。これまで家族のことを他人に話したことは無かったが、佐野には自然に話すことができた。

「姉が生きていた頃は家はとても賑やかでした。私は、いつも姉の横に座って話を聞いているだけでしたが、とても楽しかった。私が中学3年の時に姉は亡くなりました。それから私と両親だけになり、家はすっかり静かになってしまいました。ほら、私はこんな性格ですし」

 草薙が寂しそうに笑った。

「そう言えば、真紀さんは私の姉に似ているかもしれません」

「そうかい、そうかい、真紀ちゃんはお兄さんのお姉さんに似てたのかい」

「こんなこと言ったら住職に怒られるだろうが、もう一回だけあってみるかい。相手は幽霊だけど、なんというか、最後にお別れの言葉とか言えば、お兄さんも気持ちがふっきれて元気になれるかもしれないよ」

「そうですね。会えるのであれば、もう一度だけ、最後に会ってみたいです。そうだったんです。今佐野さんに言われて、どうして毎日自分がここに来ていたのかが分かりました」

「じゃあ、その御守りは俺が預かっておくよ。それでどうなるか俺も分からんが、もしまた会えてお別れが言えたらここに取りにおいでなさい」

 草薙は佐野に御守りを渡した。

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