第3話 影
「お兄さん最近いつもこの工事現場に中に入っているよね。なぜかなって思っていてさ、一度話しを聞きたかったんだ。まあ、立ち話しもなんだし、時間あるかい。ちょっと俺の家に来ないかい。ほらそこのマンションが俺の家」
夕暮れだと気が付かなかったが、確かに通り向かいに古いマンションがあった。
会社に少々遅れて戻っても誰も気にはしない。それよりも一体自分に何が起こっているのか、それが分かるのであればと草薙はその男について行った。
小さなキッチンと二間のこじんまりとした部屋であった。一人暮らしのようである。
「わたしゃね、佐野っていうんだ。お兄さんは?」
「草薙と言います」
「若いのに、物腰が丁寧だね。偉いもんだ。ちょっとここに来てよ」
佐野は、窓際に草薙を連れて行った。
「ほら、この部屋の窓からちょうど工事現場が見えるだろ。わたしゃあね、な~んもやることがない一人暮らしだからさ、夕暮れ時はここに座って焼酎飲み飲みボーっと外を眺めているんだ。それがさ、最近夕方になると、あんたが工事現場に入っていくじゃないか。なにせ歳だから、暗くなると目が利かなくて、そのあと見えなくなっちゃうけどね。なんでわざわざ工事現場を通って行くのか聞きたかったんだよ」
佐野は自分の事を話し始めた。
土地開発が進み駅近くの繁華街がこの近辺まで広がり、そのためこの土地の人はどんどん引っ越していった。この土地で建具屋をしていたが、客もいなくなり商売も回らなくなったので、代々続いた店を自分の代で終わりにしたそうである。
気さくというか馴れ馴れしいというか、人づきあいが嫌いな草薙には苦手なタイプであった。
「妻には先立たれ、息子夫婦はここは子供の教育に悪いって出ていっちゃった。俺はこの土地から離れる気はないから、家を売っぱらった金でこの部屋を買って一人暮らしさ。そうしたらさ、真紀ちゃんが娘を連れて帰ってきてそこに店だしたんだよね」
「あ、悪い悪い。俺のことじゃなくで、お兄さんのこと聞きたくて来てもらったんだ。お兄さんはどうしてあの工事現場に入っていくのかい。よかったら教えてくれないかい」
「別に工事現場をわざわざ通っていたのではなく、実は…」
草薙はこれまでのことを佐野に話した。
草薙の話を聞いた佐野は「なるほど、なるほど、真紀ちゃんと、望ちゃんに会っていたのかあ。いやそれは羨ましい。いやあ本当に羨ましい。」と嬉しそうに言う。
「いやね、真紀ちゃんが店だしてから。ほら俺は一人暮らしだし、毎日通ってたんだよ。そしたら去年の秋頃に火事になってな。店出してほんの数ヶ月だよ。折角帰ってきたというのに真紀ちゃんも望ちゃんも火事にやられて。どんだけ無念だったかと思うとよお」
佐野は涙声になっていく。
「私はね、真紀ちゃんが生まれた時から知っててね、明るくていい子でねえ。ただねえ、どうしても家族とうまくいかなくて結局碌でもない男とどこかにいっちまった。それから10年ぶりに望ちゃんをつれて帰ってきたわけさ。昔と変わったといっても、ここは古くからの人が多くてねえ。家の恥と言ってご両親は真紀ちゃんと縁を切ったんだけど、折角帰ってきたからと、店を出す資金だけはだしてあげたわけだ」
草薙は「里」があるはずの工事現場を見た。
「けれど火事で死んでしまったのですか?」
「死んでしまったんじゃないよ。このあたりは土地開発が進んでな。地上げ屋が、どんどん買いに来るわけよ。俺は売ったんだけど、真紀ちゃんはがんとして売らなくてね。そりゃあ、10年ぶりにやっと生まれ故郷に帰って来たんだから嫌だよな。そしたら火事だよ。そして真紀ちゃんと、まだ10歳の望ちゃんが死んじゃった。いや、俺はね、きっと殺されたんだと思うんだ。単なる脅しくらいだったかもしれないけどさ、結局殺したんだよ。火事のあとで過ぐに工事だよ。俺が警察に行っても誰も聞いちゃくれねえ。本当に悔しいし、真紀ちゃん、望ちゃんが可哀想でよう」
佐野は目に涙をいっぱい浮かべている。
「つまり、私が会っていたのは、真紀さん、望ちゃんの幽霊ってことなのでしょうか」
溜まった涙を拭きつつ、佐野は何を今更という顔をした。
「そうだな、世間でいうところの幽霊だな。しかし、なんでお兄さんには会って、この俺には会ってくれないんだかねえ」
草薙がつぶやいた。
「そうですか。やはり幽霊だったのですか」
「お兄さんも、分かっていたのかね」
「不思議だと思っていたんです。真紀さんも望ちゃんも影がなかった」
「影がない?」
「はい。帰り際に送ってもらった時に真紀さんの影がなくて。そしてよく見ると望ちゃんも影がない。そうやってみると店の中でも二人の影を見たことがない。とても不思議に思っていました」
「へえ、そんなもんかねえ。ドラキュラは鏡に映らないとかいうけど、日本の幽霊ってのは影がないのかい。なるほどねえ」
「それより、よくわかりませんが、私は真紀さん、望ちゃんに祟られているということなのでしょうか」
「祟られている?うーん。真紀ちゃんや望ちゃんが人様に悪さするわけないが、まあ、世間的にはそうなるのかなあ」
「祟られるのは良くないことではないのでしょうか」
「真紀ちゃん、望ちゃんに会えるなら俺だったら祟られても嬉しいだけどなあ」
「けど、このまま会っていてもいいものでしょうか」
「そりゃあ、俺にもわからない。そうだ、お前さん、まだ時間あるかい。この近くの寺に真紀ちゃんと望ちゃんの墓があるから、今から行かないかい。ついでに文ちゃん、文英っていって真紀ちゃんの歳の離れた兄さんで真紀ちゃんと本当に仲が良かった気のいい奴でさ、いま寺の住職をやってるから相談してみようか」
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