素敵な船旅【なずみのホラー便 第22弾】

なずみ智子

素敵な船旅

 とある港町に住む若く美しい女、マリン・ブラックハートの手元に届いた1通目の手紙には以下のような文面が書かれていた。



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 マリン・ブラックハート様


 私どもは、お美しいあなたに素敵な船旅をプレゼントいたしたく思います。

 それも、あなた様の人生にこれ以上ないほど刻まれるであろう素敵な船旅を……

 つきましては、その細部まであなた様のご希望に沿った素敵な船旅をご提供いたしたく思いますので、以下のどちらかをお選びいただけますでしょうか?


 ・ 歴史ある船

 ・ 頑丈な船


 選ばれた選択肢を〇で囲んでいただき、町の集会場の裏手にある木の幹の空洞へと挟み込んでおいてくださいませ」


――――――――――――――――――――――――――――――――



 一通り、手紙の文面を読んだマリンは「何よこれ?」と鼻で笑った。

 でも「面白そうじゃない」と、差出人の名前すら無記名であり怪しいことこのうえない手紙に彼女は乗ってやることにした。

 片付いているとはいえないテーブルの上に転がる羽根ペンを手に取ったマリンは『頑丈な船』に〇をつけた。


 「まったく、この私を誰だと思ってんのよ。町一番の美人、マリン・ブラックハートよ。ううん、都会にだって私ほど綺麗な女はきっといやしないわ。そんな私が『歴史ある船』――つまりは”老いぼれの船”なんかでの旅を希望するわけないでしょ。やっぱり『頑丈な船』でないとね」とぶつくさ呟きながら。



※※※



 次の日、マリンの手元には2通目の手紙が届いた。


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マリン・ブラックハート様


 お返事をいただきまして、誠にありがとうございます。

 あなた様のご希望通り「頑丈な船」――ネズミ一匹逃がさぬほどの頑丈な船での船旅をご用意させていただきます。

 次は、あなたの素敵な船旅についてのご準備のご希望の有無について、おうかがいいたします。


 ・ 希望あり(全てこちらでご用意させていただきます)

 ・ 希望なし(お手数ですが、衣服ならびに日用品はご準備くださいますようお願いいたします)


 前回と同じく、選ばれた選択肢を〇で囲んでいただき、町の集会場の裏手にある木の幹の空洞へと挟み込んでおいてくださいませ」


――――――――――――――――――――――――――――――――



 2通目の手紙の文面を読んだマリンは「私を馬鹿にしてるの?」と眉を顰めた。

 差出人不明のふざけた手紙がまたしても届いたことにではなく、その手紙の文面にだ。


 「まったく、この私がなんで自分で旅の準備をしなければならないのよ。私を誰だかやっぱり分かっていないようね。ドレスも下着も化粧品もそっちで用意するのが筋ってもんでしょ。それも、この私が身に付けるにふさわしい最高級の品質のものをね」とぶつくさ呟きながら、『希望あり』に〇をつけた。



※※※



 さらにその翌日、マリンの手元には3通目の手紙が届いた。


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マリン・ブラックハート様


 私どもの2通目のお手紙にお返事をいただきまして、誠にありがとうございました。

 あなた様のご希望通り、全てこちらでご用意させていただきます。あなた様はそのお美しい身一つで、素敵な船旅をお楽しみくださいませ。

 さらに、出港前のご案内のご希望の有無についてもおうかがいいたします。


 ・ 希望あり(私どもがあなた様を船にまで丁重にお運びいたします)

 ・ 希望なし(お手数ですが、ご自分の足で歩いて乗船くださいませ)


 前回ならび前々回と同じく、選ばれた選択肢を〇で囲んでいただき、町の集会場の裏手にある木の幹の空洞へと挟み込んでおいてくださいませ」


――――――――――――――――――――――――――――――――



 3回目の手紙の文面を読んだマリンは「そんなの決まってるじゃない」と片唇の端をあげた。

「なんで、この私が自らの足で歩いて船に乗らなきゃいけないのよ。船まで私を運んでくれるっていうなら、運びなさいよね。それもこれ以上ないほど恭しく仰々しく、女王様を運ぶがごとく丁重にね」とぶつくさ呟きながら『希望あり』に〇をつけた。



※※※



 さらにさらにその翌日、マリンの手元には4通目の手紙が届いた。

 4通目となるその手紙は、今まで届いた手紙3通を重ねて約7倍に膨れさせたかのような分厚さであった。

 「?」と不思議に思ったも、マリンはその手紙の封を切った。

 この手紙の厚さの原因であったのは……


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マリン・ブラックハート様


 私どもの3通目のお手紙にお返事をいただきまして、誠にありがとうございます。

 あなた様のご希望通り、頑丈な船で、あなた様は何一つご用意することなく、さらに私どもがあなた様を船内まで丁重にお運びするという手配で、これ以上ないほどに素敵な船旅の準備を進めさせていただきます。


 ついに、今回が最後のお手紙となります。

 あなた様の素敵な船旅にご一緒する男性たちをお選びくださいますようお願い申し上げます。


 この手紙には合計20名の男性のポートレートが同封されていたことかと思います。

 20名の男性の中より、10名だけをお選びください。

 念のため、申し上げておきますが、この20名の男性たちはあなた様の船旅にご同行させていただきます者の一部でございます。


 あなた様が選ばれた10名の男性のポートレートを一束にまとめ、町の集会場の裏手にある木の幹の空洞へと挟み込んでおいてくださいませ。なお、あなた様が選ばれなかった男性のポートレートにつきましては、お手数ですが適当に処分をお願いいたします」


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 謎の差出人からの最後であるらしき手紙の文面を読んだマリン。

 そして、20名の男性のポートレートを上から順繰りに手にとって眺めていったマリン。


「何よ、この手紙の主って馬鹿じゃないの。わざわざ、こうして手紙を送ってこなくたって、この20名の男の中から私が選ぶであろう10名の男は分かるでしょ」と甲高い笑い声をあげた。


「なんで、散々に干からびきったジジイや幽霊みたいな顔色の貧相な男や豚みたいに丸々している男や顔にイボみたいな黒子が複数ある男なんかと、この美しい私が一緒に旅をしなければならないのよ。私の素敵な船旅をさらに素敵に彩る役割を果たすのは、若い美男子たちに決まっているでしょ」と、1人きりの部屋で体をのけぞらせて笑った。


 手紙に同封されていたポートレートは、見事に2通りに分かれていたのだ。

 若い美男子たちか、”お世辞でもそうとは言えない者たち”かの10名ずつ、見事にくっきり2通りに。


 マリンは、後者の男たちのポートレートをこれ以上、見るのも嫌だと言うようにビリビリに破いた。

 そして、前者の男たちのポートレートをじっくりと眺めた。

「ほんと……相当ないい男揃いだわ。こんな田舎の港町じゃあ、絶対に見られないほどに。揃いも揃って勇ましい顔つきだし、元々兵隊の職に就いていた男たちかしら? この分だと、この男たちの体も相当に期待できそうね」とゴクリと喉を鳴らした。


 それからマリンは、直ぐに家を出て、ルンルンと足を弾ませながら、町の集会場の裏手へと向かった。

 そして、一束にまとめた美男子たちのポートレートを――自分の素敵な船旅をこれ以上ないほどに彩るであろう男たち10名のポートレートを、木の幹の空洞へと前の3回と同じくそっと挟み込んだ。



※※※※※



 翌日、この港町からは2隻の船が出港した。


 就寝中であったマリン・ブラックハートが家に入ってきた者たちに薬によって、より深い眠りへと落とされ、寝間着を身に付けただけの身一つで運び込まれた船と、そうでない船との2隻が出港したのだ。



※※※※※



 夜。

 マリン・ブラックハートのいない港町の集会場では、盛大な酒盛りが催されていた。


 町一番の美人であったが町一番の嫌われ者でもあった、マリン・ブラックハートの”永遠なる不在”に乾杯!!!


 マリン・ブラックハートは今、素敵な船旅の真っ最中なのだ。

 ネズミ一匹逃がさぬほどに頑丈な船での旅、マリン自身は何も準備することなく、歩いて船に乗る必要もなく、彼女が選んだ美男子10名も乗船している船での旅の……



「あいつは美人なだけで、頭は相当に空っぽの馬鹿女だったよな。俺たち町の一同で出した、あんなふざけた手紙にひっかるなんてよ。あいつのせいで別れることになった夫婦や恋人たちとか、この港町を出ていかざるを得なくなった男とか、あいつに相当にひどい目に遭わされた者はいっぱいいたわけで、やっと溜飲が下がったって感じだろ」


「ほんとよね、私もせいせいしちゃった。あの女はある意味、犯罪者並みに質の悪い女だけど、れっきとした犯罪者じゃないから法では裁けなくて困ってたのよね。でも、私たちの”罠”に律儀に4回とも返事くれたのは意外だったわ。それに最後の返事をする時なんて、足が弾んじゃっているの遠目からでも丸わかりだったもの。今ごろ、案外、あの船に乗っている男たちと楽しんでんじゃないの」


「いやいや、いくら男好きで面食いあの女でも、あの船に乗っている男たちとは楽しめないでしょ。小悪魔が”本物の悪魔たち”を前にして、いつもの色目を使えるわけないし、通じるわけもないわよ。今ごろ、必死で”いろいろ懇願”してんじゃない? でも、美貌を鼻にかけていたあの女が、本物の悪魔たちの”美貌に”騙されるなんて相当に笑える」


「男は顔でも若さでもないってのによ。そりゃあ、人間も集団になれば、その中でも”とりわけ容姿が優れている者”はもちろんいるだろうよ。それが、流刑になるしかない囚人の男たちの集団であってもな」


「目が覚めたら、絶対に中からは逃げられないほどに頑丈な船の中に身一つでいるだけじゃなく、自分がいる船が”監獄船”であると気づいた時のあの女の顔を想像すると、胸がすく思いよ」



 監獄船。

 そう、今日、この港町からは2隻の船が出港した。

 高名な学者たちが国からの支援を受け研究のため他国へと向かう歴史ある船”と、懲役ではなく流刑に処すしかないほどの囚人たちを封じ込めている”頑丈な船”の2隻が……

 マリン・ブラックハートが招待された船は――港町の者一同で監獄船の管理者に賄賂をつかませ、彼女をこっそりと運び込ませた船は”荒々しく凶悪な男たちが乗っている監獄船”であったのだ!!!


 薄暗く不潔で、血の匂いと男の匂いに満ちているだろう監獄船。

 件の美男子囚人10人も含め、大勢の飢えた男たちが獣のごとく目を光らせ、牙と爪を尖らせているであろう監獄船。


 そこにいる、ただ1人の女であるマリン・ブラックハートが今ごろ、どんな目に遭っているのか”具体的に口に出す者はいなかった”が、皆、分かっていた。

 彼女が2度とこの港町の地を踏めないであろうことも皆、分かっていた。

 けれども、この”楽しい酒盛り”はまだまだ続けられていった。


 しかし、この港町の全ての者たちが、彼女の永遠なる不在ならびに、”女性としてだけでなく人間として最悪級の残酷な災い”を逃げ場などない監獄船にて一身に受けている彼女の不幸を、心の底より喜んでいるわけではなかった。

「確かにマリンは相当に嫌な女で、私も大嫌いだったけど、ここまでする必要はなかったでしょ」や「ちょっと、いくらなんでも、マリンが可哀想すぎるだろ」や「同じ女なのに、あなたたちはマリンをあんな目に遭わせて平気なの? それに男の人たちも、もし、自分の奥さんや娘さんがマリンと同じ目に遭わされても笑うことができるの?」と思う者たちもいた。


 しかし彼女たちは、黙っていた。皆、黙り込んでいた。

 自分や自分の家族が”第2のマリン・ブラックハート”にならないようにするために。


 美しいが性格も素行もいいとは言えない嫌われ者の女が1人、町からひっそりと姿を消しただけなのだ。

 彼女は、自分も含め町の者たち全員より”素敵な船旅”に秘密裏に招待されて、この港町から旅立っていっただけなのだ。


 町の者たちは自分にそう言い聞かせ、まろやかであるはずの酒を喉に苦く詰まらせながら、杯を傾け続けた。



―――fin―――

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素敵な船旅【なずみのホラー便 第22弾】 なずみ智子 @nazumi_tomoko

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