後編 究極奥義
「すみませーん、誰かいませんか?」
大きな家の玄関で、声を張り上げる京子。
すると中から出てきたのは、京子よりも少しだけ背が低い、金髪の西洋人形のような少女だった。
「ごめんなさい、ペットの犬が飛びかかってきたので、ちょっと怪我させてしまいました」
「ほう。四天王を三体までも倒してきたか」
「はっ、鹿せんべい売り心眼流秘儀、心眼神速」
いきなり腕を振り上げて迫ってきた少女。その手には綺麗な宝石が散りばめられた見事な短剣があった。
その動きは師匠の神速にも迫るかという、驚異的な速さ。京子は慌てて後ろに下がりながら、すんでのところで手に持った杖を構え、短剣を止める。
「ほほう、これを受けたか。ならば、あやつらが負けるのも仕方ないの」
「ちょっと道を聞きたかっただけなんだけど、やはりペットを傷つけたから怒ってるのかしら」
「うむ、それもないとは言えんな」
少女はさらに踏み込んで、切りかかってくる。京子もまた、杖を右に左にと振り、短剣を受ける。
玄関先の石畳は草が生え、戦うのに良い状態とは言えない。しかし毎日往復三時間もの通勤の道のりは、京子の足をしっかりと鍛えていた。
師匠並みの速さの攻撃に対して、京子も神速で対応する。短剣を何度も受けた杖は、折れることもなく良い音を響かせ続けた。
「見事な杖じゃの」
「ふふふ、ありがとう。師匠から頂いた免許皆伝祝いの杖よ」
「そうか。さすれば我も、魔王として持てる力をすべて使って、おもてなしせねばな」
ずっと押してきた少女が、一歩下がり、その姿が一瞬霧の中に消えた。と思うやいなや、目の前には巨大なドラゴンが立ちふさがっている。
「さあ、矮小なる人族の勇者よ、好きにかかってくるがよい」
「まあっ!大きなとかげが……カワイイわね」
「むぅっ、来ぬならこちらから行くぞ」
ドラゴンは小型の飛行機ほどもありそうな羽を広げて威嚇しながら、巨大な足で京子を踏みつぶそうとしてきた。
「鹿せんべい売り心眼流秘儀、神速」
「チョロチョロと逃げおって。吹き飛ばしてくれるわっ」
ドラゴンが羽ばたくと、強風が京子の足を浮かす。
「はっ、これでは神速で避けられない」
「ほほ。勝負あったな」
「仕方ないわね。鹿せんべい売り心眼流究極奥義、神雷っ!」
ドラゴンの足がまさに京子を踏みつぶそうと迫ってきたその時、京子は腕を目いっぱい伸ばして、杖をドラゴンの胴に当てた。
杖の先からバチバチと大きな火花が散って、当りに動物の毛の焼け焦げた嫌なにおいが漂う。
「ぐ、ぐあああああっ」
ドラゴンが急速にその姿を縮め、先ほどの少女の姿に戻った。
京子もまた、反動で後ろに飛ばされて、尻もちをついてしまう。
心眼流究極奥義、神雷。それは目にもとまらぬ速さで突き出された杖に仕込まれた、スタンガンだった。
暗い山道を毎日歩く鹿せんべい売りにとって、無くてはならぬ防犯グッズである。これさえあれば、たとえ熊が十体襲ってこようとも対処できる。それでこそ鹿せんべい売り。もっとも熊に対しては威力を最低にして使うことが多いが、今回はドラゴンが大きかったこともあり、最大限に威力をあげている。
また、当たった場所が心臓に近かったからだろう、少女の姿に戻ったドラゴンは、胸を押さえてしゃがみこんだ。
慌てて立ち上がって駆け寄る京子。
「大丈夫?」
「……うむ。我の負けじゃ。そなたこそ、次代の魔王よ」
「真央じゃなくて、私の名前は京子よ。喋れるようなら大丈夫ね」
「……京子か」
座ったまま俯く少女の手を引いて立ち上がらせると、京子はその手に一枚の鹿せんべいを持たせた。
「私は京子。鹿せんべい売り心眼流の売り子よ。あなたのペットたちはみんな、素晴らしい力を持っていたわ。私も久々に全力で修行出来て楽しかった」
「修行……そうか。修行とな」
「もっともっと、鍛えれば強くなれるわ」
「我もまた、修行せねばな」
「そうね。ところで……わたしのいえはどっちの方向だか、教えてもらえないかしら?」
◆◆◆
霧の中を、少女に手を引かれて歩く京子。
少女の名前は真央。……多分そう。
霧が一段と濃くなった場所で、真央は京子の手を離した。
「ここでお別れじゃ。達者でな」
「あなたもね、真央ちゃん」
「ふふふ。また会うこともあるかものう」
互いに手を振り合って、別れを告げた二人。京子の歩き出した先には、さっきまでの深い霧は消えてなくなり、いつもの通いなれた山道が見えていた。
「少し遠回りしたわね。子どもたち、お腹を空かせてるかしら。急がないと!」
再び力強く歩き出した京子。
たとえ夜の闇が目の前を覆っても、京子の足が止まることはない。
そして鹿せんべい売りの京子の前に、西洋人形のような少女とそのペットたちが現れるのは、また別のお話である。
鹿せんべい売りは異世界で通用するのか 安佐ゆう @you345
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