短編小説【詰め替えよう】
ボルさん
【読みきり】本編はこちらから
夕暮れ時、お母さんと一緒に駅前の薬局スーパーに立ち寄る7歳の奈々子 。
「あら?この芳香剤はこっちの方が安いわね」 お母さんの目の色が変わっている。
「なんだ、また詰め替え用だけ~」
奈々子の家には詰め替え用なのに、詰め替えないで使っているモノが数点ある。シャンプーやリンスの詰め替え用なんてそのまま使うのに慣れてしまってさえいた。
実際は詰め替え用を買うより本体を買ったほうがお得だというデータがあるにもかかわらず、ゴミ削減、環境のため、買いやすさのため、安いためなどと自分の消費行動に理由をつけては詰め替え用を選んでいる。
「お母さん、どうして『詰め替え』っていうんだろう。無くなってから使うんだから『つぎ足し』というんじゃないの?」
学校の成績が優秀な奈々子は困らすつもりで聞いているのではなく、お母さんを困らせることが多々ある。
「そうね。つぎ足し用じゃ、ちょっと貧乏臭い雰囲気が出てしまうからじゃないのかしら?それに今回買った芳香剤は前回とにおいが違うからつぎ足しというより詰め替えのほうがしっくりくるわ」
「このシリーズの芳香剤って安物のにおいがするというか、化学物質のにおいがしてくるような気がしない?」
奈々子は香りやにおいに敏感である。学校で最近「宇宙の香り」というテーマで夏の課題学習を発表し、最優秀賞をもらっていたくらいであった。
その課題レポートとは、船外活動を終えて宇宙船に戻り、宇宙服を脱いだある宇宙飛行士が「宇宙には金属が焼けたようなにおいと甘酸っぱいラズベリーのようなにおいが混ざった独特の香りがあるのだ」と気づいて発表していたのをもとに、他の証言も集めて奈々子が寝食を忘れるくらい没頭した力作だった。
買い物の帰り、薄暗くなっていく空を見て歩いて帰る二人。
「あ!またUFOのような光が上空高くに見えるよ」
「ほんとだ、あの速さで動いて消えるってありえないわね」
「お母さん、どうしてUFOはいつも降りてこないし、すぐどこかにいっちゃうんだろう?」
「そうね、なぜかしらね」
「私思うんだ。たぶん宇宙人にとって地球は強烈にくさいんだよ。だから『この星臭いよ!』ってすぐ飛び立っていっちゃうんじゃない?」
「その説は斬新ね、さすが奈々子……」
この会話がきっかけになり、成長した奈々子は宇宙開発関連組織の研究員になって、地球の香りと宇宙の香り、そしてUFOの関係について調べるようになった。
数十年が経ちさらに研究は進み、奈々子の死後、研究は研究所の人型AIロボットが引き継ぐことになった。そのAIロボットが宇宙人の出す周波数を拾ったことで、宇宙人と交信できるようになり、やがて研究の要であった「地球が強烈に臭いから降りてこず、すぐいなくなってしまうのか?」という質問を聞いてみることになったのだった。
「地球が臭いかだって?そんなことはまったくない」
「ではどうしていつも上空高く飛行し、すぐにいなくなってしまうのですか?」
「君たち地球人がどのような嗅覚をもっているかわからないけど、強烈に臭いのは宇宙のほうだよ。それと、地球がとても良い匂いを出しているってことも君たちは知らないんだろうね。実は地球という惑星はいわば、宇宙の芳香剤的役割をしているんだよ」
「地球が良い匂いだったら、もっとUFOが地上に降りてきてもよいと思いますが……」
「昔は降りていたほかの星の住人もいたけど、たいていの星は、他の星の文化に過剰に干渉しない暗黙の掟を守っているよ。でもなぜ地球に宇宙船が来るのか気になるのかい?それはビジネスのためなんだ。他の星には内緒の話だけど、わが星では地球の香りを芳香剤として星々に売ったら大儲けできてね。詰め替え用を量産するために上空の綺麗な空気を貰っていっているんだ。だから頼むからオゾン層の破壊はもうやめにしてくれたまえ、地球の良い匂いが漏れてはもったいないからね」
今、地球に来ているUFOの船体には宇宙文字でこう書かれているらしい。
【惑星フレッシュエアー詰め替え用(地球の香り)】
なんでも、無人のUFOに地球の空気を圧縮・充填して、そのまま注文があった星にUFOを移動させて使ってもらっているこのサービスは、全宇宙で人気商品になっているのだとか。
UFOが上空高く飛び、すぐ立ち去ってしまう理由がようやく判明した。
もうひとつ、重大なことが判明したとAIロボットが説明するところによると、今回交信してくれた宇宙人ではない、他の星の宇宙人が
「近年、自然が減り地球の空気が悪くなっていく一方なので、地球もそろそろ詰め替えが必要になってくるだろう」
と物騒なことを話していたそうだ。
地球のような星の詰め替えは通常、星のマントルを刺激してガスやマグマが噴射されることで燻蒸・燻煙式の殺虫剤のように行われ、たまに大きな隕石なんかも使うらしい。
恐竜から人間へと詰め替えられてきた歴史があるように、近い将来、人間から何に詰め替えさせられてしまうのであろうか。
この時すでにAIロボットが人間に代わって地球の行く末を憂いていたのであった。
おしまい
短編小説【詰め替えよう】 ボルさん @borusun
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