桜が咲いたら別れましょう
安里紬(小鳥遊絢香)
桜が咲いたら別れましょう
『好きです。付き合ってください』
『いいよ』
大学二年の春。
大学のシンボルとも言える桜の木の下で、サークルの同級生である、坂下
堂々とした枝に咲き誇る薄桃色の花弁が、この季節だけは、誰よりも何よりも主役であると強く主張している。散ってしまえば、他の木々と変わらない存在になるのに、あの可愛い花を咲かせている時だけは、他とは違うのだ、日本に生まれて良かっただろう、と訴えてくる。そんな桜の木の下で、入学してからずっと片想いをしてきた人に想いを告げることを、私は選んだ。
主役にはなれない自分でも、綺麗な花の下なら、少しは見てもらえるのではないかという期待。それと同時に、桜にはなれないという確信。この告白は失敗するだろうと思っていた。ただ想いを伝えるだけで充分だ、と。
そう思って言った言葉は予想に反して受け入れられ、あっさりと友達から恋人へと変わったのだ。
◆◆◆
「もう少しで咲きそうね」
オフィスビルから近くのカフェへと向かう道の途中に小さな川があり、その川沿いに桜の木が並んでいる。そこを通りかかった時に呟いたのは、同僚の平木祐子だ。確かに蕾が膨らんできていて、暖かい日が続けば、あっという間に満開となりそうである。
「そうだね」
「就職して一年か。なんか無我夢中だったな」
「うん」
千晃とは大きな喧嘩もなく、大学時代を過ごし、それぞれ別の会社へ就職してからも、それなりに仲良くやってきた。週末にはデートをするし、時々私の部屋に泊まっていくこともある。
だけど、私は知っている。千晃にはずっと想う人がいることを。私ではないその人に、ずっと片想いをしているのだ。
千晃の想い人は、私たちが所属していたサークルの一つ歳上の女性、間中絵里さん。たった一つしか違わないのに、絵里さんは常に落ち着いていて、誰に対しても優しく、穏やかな雰囲気を纏っていた。子どもっぽくて、すぐにムキになる私とは正反対だ。
更に言うと、絵里さんは中身だけでなく、外見も人目を引いた。大きな茶色の目以外は、全て小さい造りをしていて、ふわふわした柔らかい髪も、陶磁器のような白い肌も、華奢なその身体も、何もかもが精巧に作られた人形のようだった。だけど、当の本人はそれを鼻にかけることはなく、男女問わず慕われていた。
入学して間もなく、友達と一緒に勇気を出して入ったサークル。知らない人、知らない世界。楽しみでワクワクするのと同じくらい、不安もあった。そんな時、絵里さんはさりげなく声をかけてくれ、気付けばサークル内に居場所を作ってくれていた。
千晃はサークル内では、それほど目立つ方ではなかった。物静かで、あまり騒いだりはしない。でも、輪の中に溶け込み、いないと探される。そこにいるのが当たり前だという認識を周囲に持たせる。存在感がないようで、存在感のある不思議な人だった。
最初は、そんな不思議な男の子が気になっただけだった。大きな口を開けて笑うわけでもないし、冗談を言って笑いを誘うわけでもない。でも、ある時、静かにクスッと笑った顔が、意外と可愛いことに気付いた瞬間、私は恋に落ちていた。
それからは、自然と目で追うようになり、勇気を出して、話しかけるようにしたし、少しでも近くにいられるように行動した。
だから、気付いてしまったのだ。ふとした時に、千晃の視線の先には絵里さんがいることを。何に対しても執着しそうにない千晃が、唯一自分から声を掛けるということ自体、千晃が絵里さんを特別に思っている証拠だ。
どういうつもりで、私の告白に応えてくれたのかは分からない。了承の言葉を予想していなかった私は、その軽い返事を理解するのに時間を要した。そして遅れて、理解した。
絵里さんのことを心の奥底で想いながら、告白してきた私を無碍にできなかったのだろう、と。
一見酷いことをされたように思われるかもしれないが、千晃は決して私のことを冷たく扱わなかった。不器用なりに優しくしてくれるし、放っておかれるということもない。メールも電話も、ほとんどが私からだけど、蔑ろにはされない。
だけど、『好き』だと言われたことはない。
たった、一度も。
それはそうだ。今だって、千晃が本当に好きなのは、絵里さんなのだから、その言葉は絵里さんにしか向けられない。
その証拠に、千晃は絵里さんを追いかけるように、同じ会社に就職した。この時、やっぱり千晃が幸せになるのは絵里さんの隣なんだ、と悟った。
だから、私は誓った。
千晃が絵里さんに勇気を出して想いを告げることができそうなら、その時は千晃が迷う前にいなくなろう、と。意外と義理堅い男なのだ、坂下千晃という人は。きっと、私のことが引っかかって、行動を起こせないに違いない。
私は、千晃をこの三年独り占めしてきた。千晃の時間を奪って、その隣に居座り、自分の幸せのためだけに千晃の気持ちに気付かないふりをしてきた。
でも、それを終わらせる時が遂にやってきたのだ。
二週間ほど前、千晃が休日出勤だと言っていた日に、街で絵里さんと歩く千晃を見た。楽しそうに笑う絵里さんを、珍しいほど柔らかい表情で見ていた千晃。その様子を、私は一生忘れられないだろう。
休日に二人で出掛けられるほど、千晃は積極的になれていたということだ。私は邪魔者でしかない。あの想い出の桜の木の下で別れよう。そう、決意した。
それからの私の行動は、自分でも驚くほど早かった。
ちょうど三月だったこともあり、新しいアパートの契約がしやすかった。引っ越し準備をしながら、少しずつうちにある千晃の荷物をまとめ始める。幸い、千晃の家に行くことは少なかったから、そちらの方の私の荷物は捨ててもらっても問題ない。
「
そう声を掛けられて、ハッとした。正面でランチプレートを食べている祐子が、ぼんやりしていた私の目の前で、手を振っていた。
「何でもないよ。春らしくなってきたから、眠いの」
本当は、別れの日を思って、眠ることができなくなっている。
「そう? あ、奈都は彼氏とお花見行く?」
「行くよ」
最後の花見に誘って、満開の桜の木の下で、お別れするんだ。
思えば、千晃は関心がなさそうにしていても、私がイベント好きだからと、合わせてくれていた。花見だって、付き合ってくれた。
どんな時も、つまらなそうな顔を見たことはない。楽しいのかは分かり辛い人なのだけど、それでも、嫌そうな顔は見たことがなかった。
私の前で祐子が花見弁当を作ることが面倒だと、文句を言いながら笑っているのを見て、千晃のあまり変わらない表情を思い出す。
お笑い番組を一緒に見ていても、千晃は爆笑しない。私が涙を浮かべて笑っていても、ただ隣に座っていて、気まぐれに私の頭をポンと撫でる。泣ける映画を観て、私が号泣していても、千晃は涼しい顔をして私の顔にティッシュを押し付けてくる。
ああ、そういえば、私が何もないところで躓いて転びそうになった時は、小さく笑ったかもしれない。普段は手を繋ぐことはないのに、その時は手を繋いでくれたっけ。
思い返せば、不器用な優しさを、こんな私にも向けてくれていた。そんなことに気付いて、鼻の奥の方がツンとし、慌てて深呼吸をする。
仕事の合間。いくら昼休憩中とは言いえ、泣いた後の顔で職場に戻ることなんてできないし、何より何も話していない祐子に心配かけてしまう。ふうっと息を吐いて、ズキズキする胸にそっと手を当てて、その痛みを逃がすよう努力してみる。それはまったくの無駄になったが、ひとまず零れそうになった涙は引っ込んでくれた。
***
「お疲れさま」
「うん。奈都も」
金曜日の夜、私が会いたいと我儘を言って、千晃をデートに連れ出した。
家には、もう呼べない。部屋中がダンボールだらけだし、部屋の隅には千晃の荷物が纏められているのだから。
今、桜は三分咲き。まだ一緒にいられる。でも、この調子でいくと、来週末には満開になるだろう。花見に行く時は別れる時なのだから、今日が最後のデートだ。今日のデートは特別じゃなく、いつもと変わらない。日常を共にしたという想い出が欲しかったから。
夕飯を食べた後、映画を観る。お店は初めてのデートで行ったイタリアンのお店にした。千晃はここが二人の想い出の場所だなんて、覚えてもいないだろう。
そもそも千晃は、私との想い出をどの程度覚えてくれているだろうか。全く覚えていないということはないだろうが、『そうだった?』と素っ気なく言われてしまいそうだ。そう思ったら、自嘲気味の笑いが小さく零れてしまった。
こんなに好きなのにな。
千晃を知るにつれて、どんどん嵌まっていって、自分のことよりも千晃のことの方が大事になって。好きすぎて、周りが見えなくなりそうになったこともあった。でも、そんな時には、決まって絵里さんを思い出す。絵里さんのことが頭を過ぎる度に息が詰まって、心が壊れそうになった。
一番じゃなくてもいいなんて、どうしてそんな都合のいいことを考えてしまったのだろう。小説や漫画みたいに、いつか私の方を向いてくれるって、どこかハッピーエンドを信じ込んでいたのかもしれない。
目の前で器用にパスタを食べている千晃を、そっと見つめる。俯き気味の顔に照明が作った影が出来ていて、長い睫毛が目立っている。
少し地味な人だけど、私には最高にかっこいい人だった。誰よりもイケメンで、ただ一人、私の心臓のリズムを乱す人。
いつまで経っても、私は千晃の存在や言動にトキメキ、何度だって恋に落ちるのだ。
「奈都、食べないの?」
「食べるよ。ちょっとぼーっとしてた」
「ふうん」
興味を失ったかのように呟いた千晃は、今度はピザに手を伸ばした。最後なんだから、楽しまなきゃ。
ずっとずっと忘れないように。
今日この時を、千晃にも覚えていてもらえるように。
私は楽しそうに、いつも通りしていなくちゃいけない。
食事を終えて、今度は映画館へと移動した。隣に並んで座り、間に一つ珈琲を置く。一つを二人で分け合うのが、私たちの暗黙のルールだった。
真っ暗になった館内。前からはカラフルな明かりが瞬くように私たちを照らす。チラッと千晃の横顔を覗き見ると、相変わらず涼しい顔で真っ直ぐ前を向いていた。激しい光の変化に千晃の顔が着色されて、いつもに比べて幻想的な印象を受ける。
真面目に観ているのか、ぼんやり観ているのか、何れにしても表情は変わらない。
これも最後。もう見られないのだ。その事実に、きゅうっと心臓が締め付けられて、呼吸を忘れてしまった。
泣くな、泣くな。
鈍感なようで鋭い千晃に、不審に思われてしまう。心が痛いと、どうして喉に何かを押し込まれたように苦しくなるのだろう。その苦しさのせいなのか、心の痛みのせいなのか、よく分からない涙が私の隙を突いて溢れ落ちようとする。
絶対に覚えておきたい映画なのに、苦しさと悲しさが押し寄せる度、私はぎゅっと目を瞑り、隣の千晃に気付かれないように、何度も深呼吸をして、映画の時間をやり過ごした。
なんとか泣くのを堪えて、映画を観終わり、二人で駅へと歩く。
「ねぇ、千晃」
「ん?」
「今日、千晃の部屋に泊まってもいい?」
「いいよ」
また軽い返事だ。でも、今はそれが有難い。
本当なら、泊まるべきじゃないかもしれない。絵里さんを裏切るような、千晃に後ろめたさを持たせるような、こんな行動は慎むべきかもしれない。
でも、これで最後にするから。
だから、明日までの千晃の時間をお別れの餞別としてもらうことを許してください。
千晃のアパートは学生時代から変わらない。少し古くて、あまり広くもないのだけど、不思議と居心地が良かった。
でも、家事をほとんどしない千晃がうちに来ることの方が多くて、こうして私がお願いした時だけ、千晃の家にお邪魔するのが常だった。決して家に上がるのを嫌がる訳ではないから、隠し事があるとは思っていなかったけど、もしかしたら私の家によく来るように、絵里さんの家に行くことが多いのかもしれない。
「どうぞ」
「お邪魔します。相変わらずだね」
汚い訳ではないけど、物が散乱している部屋の中を見て、思わず苦笑してしまう。ずっと変わらない千晃らしさを見てホッとしながらも、私と別れて絵里さんと付き合うようになっても、変わらない部分なのだろうか、と思うと、胸が締め付けられ、顔を顰めてしまった。
「ごめんね。掃除する?」
「ううん。座るところがあればいいよ」
少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた千晃に笑顔を見せて、手早く物を片付けた。
ソファーに並んで座り、気付かれないように、ふうっと息をゆっくり吐く。あまり慣れないことをしようとしているからだ。でも、どうしても頑張りたい。
「千晃、もう寝ない?」
「どうしたの? 疲れた?」
少し私の顔を覗き込むように聞いてきた千晃に、なるべく普段通りの笑顔を見せて首を横に振った。
「ううん、そうじゃない。千晃をもっと近くで感じたい」
「……うん、分かった」
私の言葉に僅かに目を見開いたが、すぐに驚きを隠して了承してくれる。千晃は基本受け身だし、淡白だから、こういうことが本当に難しかった。
絵里さんとはどうするんだろう。大好きな人には、やっぱり積極的になれるのだろうか。
それから私たちは交代でお風呂に入り、パジャマに着替えて寝室へ行った。ベッドに入り込んで、千晃に身を寄せる。
あまり運動をしない千晃は細身だ。そんな千晃の背中に手を回し、ちゅっと触れるだけのキスを唇にする。驚いた様子の千晃に笑ってしまう。
こういうところも、好きだった。
すごくかわいい。
情けないわけではないけど、グイグイ引っ張って行く方でもない。そんなところも、全部が愛おしくて堪らない。
「千晃、好きだよ」
それだけ言って、また千晃の口を塞ぐ。返事なんて怖くて聞けない。でも、きっと同じ言葉は返ってこないのだから、これでいいんだ。押し付けるような私の気持ちは迷惑だろうけど、少しだけでいい。受け入れてほしい。
私の気持ちに三年も付き合ってくれて、ありがとう。
最後に、私に千晃を刻んで。
私が千晃のいない未来を生きていけるように。
────絵里さんとの幸せを、心から祈れるように。
翌日、千晃の家から帰って、急いで引っ越しを完了させた。帰り際に花見の約束も取り付けてある。
スマホも新しいものを契約してあって、今まで使っていたものは別れた後、解約するつもりだ。会社だけは変わることが出来ないけど、ここまですれば、忙しい千晃が探すことはないと思う。あとはきっぱり別れたら、この計画も無事に完了だ。
***
一週間後の土曜日。
計画通り、私は千晃を連れて、大学の桜の木の下に行くことに成功した。どこの桜でもなく、この始まりの桜の木の下で、私はこの恋を終わらせる。
「懐かしいね」
「うん」
何も疑問に思っていない様子の千晃は、いつもよりも穏やかな表情をしている。そういう顔をしてくれるということは、少しでも私と同じ気持ちがあったのかもしれない。それだけで、もう充分だ。
満開の桜は風に吹かれても、花弁を散らせることなく、優雅に枝を揺らしている。桜は散らないけど、私の想いは今この時を持って、散るのだ。
「千晃」
「うん?」
「今まで、ありがとう」
「……急にどうしたの」
穏やかな表情が一転して、眉間に皺を寄せた怪訝なものに変わり、桜の方へ向けていた身体を真っ直ぐ私の方へ向けた。
「千晃と一緒に過ごせて、私は幸せだったよ。でも、私は千晃にも幸せになって欲しい。千晃が心から幸せだと感じる人生を歩んで欲しい」
「何言ってるの」
「だから、今日でお別れ、しよう」
「奈都?」
「私のことは気にしないで。これからは自分の気持ちを隠さないで、ちゃんと幸せを掴んでね。じゃあ……さようなら」
これ以上話していたら、泣いてしまう。泣き顔なんて見せたら、千晃は気にしてしまうから、絶対にそれだけはダメなんだ。
だから、私は言うこと言って、すぐに走った。
その週末は、思いっ切り泣いた。人生でこんなに泣いたのは初めてかもしれない。拭っても拭っても溢れてくる涙で、私は干からびるのではないかと思うほど。まだ、段ボールを開けていない殺風景な新しい部屋を見回し、そこに千晃のいた形跡を見つけることができずに、また泣く。
それでも、週明けには、なんとか体裁を取り繕って仕事を淡々と熟した。会社近くの桜が散り始めたのを見て、本当の終わりを見たような気がした。
これでいい。
そう思って納得しているはずなのに、やっぱり心はそう簡単には納得してくれず、ふと気を抜けば、崩れ落ちてしまいそうだった。
***
桜が完全に散る。そんなある日の退勤後、オフィスビルを出たところで夢を見た。ああ、白昼夢ってあるんだと思った。
「奈都」
居るはずのない千晃の姿と私の名前を呼ぶ声に、目が熱くなり、視界が滲む。走ってきたのか、肩が上下し、スーツも着崩れている。
「奈都」
再び名前を呼ばれて、ぼんやりしていた頭が少しずつ動き始めた。
「なんで……?」
なぜ、千晃が私の会社の前にいるんだ。あんなに勇気を振り絞って別れたというのに、これでは台無しじゃないか。
「バカな奈都を怒りにきたんだよ」
「バ、バカ……?」
初めて聞いた乱暴な言葉に、千晃を凝視してしまった。よく見ると、本当に怒っているようで、眉間に皺を寄せて、目だって吊り上っている。声だって、いつもののんびりしたものとは違って鋭さを感じた。
「バカでしょう。とりあえず、話の前に移動するよ」
そう言って、地面に足が張り付いてしまった私の手首を掴み、ズンズンと歩いて行く。私は初めての強引さに戸惑い、ただ転ばないように着いていくのが精一杯だ。
そして、連れて行かれたのは、会社近くにある桜の木の下だった。遊歩道を歩き、近くにあったベンチに有無を言わさずに座らされる。
「突然、別れると言って、アパートは引っ越してるし、携帯も繋がらない。僕の荷物まで送られてくる。しかも、訳の分からないことを言ってくれたね?」
「千晃には幸せに」
「そう。僕の幸せのために別れると奈都は言った。どうして、それが僕の幸せになると思ったの」
「千晃は、絵里さんが好きなんでしょ? やっぱり一番好きな人と一緒にいることが幸せだよ」
私の言葉を聞いて、千晃は大きく溜息を吐いた。
「ずっとそう思ってきたの?」
「う、うん」
「本当にバカだね。僕が好きでもない子と付き合うと思ってるの? そんな器用な人間だと?」
「い、いや、でも」
「僕も反省した。恥ずかしくて、いろいろ誤魔化してきたからね。でも、奈都は油断すると逃げることが分かったから、もう誤魔化すのはやめる。僕が好きなのは、奈都だけ。入学した時から、ずっと、奈都だけを想ってる」
「え、絵里さんは」
「絵里さんは、兄さんの恋人だよ。あの二人、もうすぐ結婚するからね」
「でも、この前二人で」
「休日出勤した時に一緒になった時のこと? あれは偶然だし、そもそも義姉になる人としか見てない。いいかい、奈都。よく聞いて。僕は奈都を愛してるよ。僕の幸せには、奈都が必要なんだ。奈都がいるだけで、僕は世界一幸せになれるんだよ」
そう言って、千晃はぎゅっと私のことを抱き締める。初めて言われた言葉に、ごちゃごちゃと考えていた理性は壊され、本能に直接響いた気がした。気付けば、私の涙腺は崩壊し、声を上げて泣いていた。
「千晃が、好きなの」
「うん、僕も奈都が大好きだよ」
「傍にいていいの?」
「もちろん。これからも毎年、一緒に桜を見よう」
私たちの上にある木からは花弁が無くなっているけど、足元には薄桃色の綺麗な絨毯ができている。
桜の想い出が、今まで以上に大切なものへと塗り替えられた瞬間だった。
*終*
桜が咲いたら別れましょう 安里紬(小鳥遊絢香) @aya-takanashi
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