僕の尊敬できない先輩の話

幻典 尋貴

1月1日【お正月に付く嘘】

「ごゆっくりどうぞぉ〜」

 有名チェーンのファミレスの窓際の席、注文していたビーフシチューを置いていった、若い女性店員が厨房に戻りながら言う。

「俺らはゆっくり出来ないんだけどなぁ」

 目の前に座る神坂こうさか先輩が、先に来ていたステーキを焼き石の上で焼きながら呟く。

「なぁ、花田」

 どうやら僕に共感を求めていたらしく、適当に「ええ、はい」とだけ答えた。

 元日の夕方に、神坂先輩と僕がこのファミレスに居るのには理由があった。それは、他の人から見たら酷いと言われるだろうし、その理由の原因の人からしたら、無意味な事だった。

 僕らはこの後すぐ、神坂先輩の彼女の家で新年の挨拶も兼ねて食事をしようと言うことになっていた。

 それなのに何故、直前にファミレスで食事などしているのか。

 その説明の為に、前提として神坂先輩の彼女は僕が紹介したバイト仲間だと言う事を伝えておく。

 神坂先輩の彼女の家で食事をする直前にファミレスで食事をしている理由。それは、神坂先輩の彼女の手料理が振舞われるからだ。

 神坂先輩の彼女の白城しらきの手料理は、端的に言うと不味い。丁寧に言うと誰の口にも合わない。

 それで僕らはお腹をある程度膨らませておく事で、白城の手料理をあまり食べなくていいようにしようと考えたのだ。

「ところで先輩、白城は僕らがお腹が空いてないことなんて分からないじゃないですか」

 ふと浮かんだ疑問を口にする。

「だから何だ」

「それが分からなきゃ、ただ白城の手料理を食べないだけに思われますよね」

「確かに。とちったな」

 そもそも、白城に手料理を断れば良かったではないかと先程先輩に言ったところ、関係が壊れるのは嫌だと言う回答が返ってきた。

 それだけ、神坂先輩が白城の事を好きだと言う事である。ただ手料理は解せない、と。

「どうするか」

「明らかに食べる量が少なければ、バレちゃいますしね」

 どうにもならない事を、どうにかしようとして、延々と考えている。羅生門の下人の気持ちが、少しわかる気がした。

 そうこうしているうちに、僕も先輩も目の前の料理を食べ終えてしまった。結論は出ていない。

 僕は空のグラスを持って席を立ち、ドリンクバーのドリンクを取りに行こうとしたところ、示し合わせたわけでは無いが、先輩もグラスを持って席を立った。

「ファミレスに行ったって言ったら怒るだろうしなぁ」

「そうですねぇ。でもまあ、普通の状態で行くよりは食べる量を減らせるんじゃ無いですかね」

 コカ・コーラを入れたグラスをテーブルに置きながら席に着いた僕は、他に客がいない事を良いことに大声で言う。

「結局は食わなきゃダメか〜」

 先輩もアイスコーヒーを入れたグラスをテーブルに置きながら席に着き、嘆く。

 僕は一口コーラを飲むと、「彼女の手料理ですよ、本当は喜ぶべきでは無いですか」と尋ねた。

 先輩は「そうは言ってもなぁ」と言いながら、スマホで時間確認をした。

「やべ」

 短く一言。

「どうしたんです」

「そろそろ時間だ。行くぞ」

 僕らはそれぞれのドリンクをぐいっと飲み干し、荷物を持って席を立つ。

 僕は先輩の分と自分の分を合わせて支払い、店を出た。

「俺の分まで、悪かったな。いくらだった」

「あ、奢りますよこれくらい」

「そっか、ありがとな」

「先輩の彼女の手料理が待ってますしね」

 僕が悪戯っぽく言うと、先輩は苦い顔をして「お前なぁ」と頭を掻いた。

 ○●○●○●○

 白城の家に着き、先輩はバッタリ会ったから連れてきたと僕を中に入れた。

 実は僕が来ることは白城には言っていなかった。「いっぱい作るね」と言う白城の言葉を聞いた先輩が、食べる量を減らす為に僕を呼んだのだった。

「白城、悪いな。俺は行かないって言ったんだけど」

 と廊下で僕の前を歩く先輩の前にいる白城の背中に言う。

「別に大丈夫。いっぱい作って余っちゃうかもって考えてた所だから、ちょうど良かった」

 それを聞いた先輩が、後ろを振り向いて「うげぇ」と小さく呟き舌を出したが、無視をした。

 部屋に着いた僕らはコタツに入り、白城はキッチンへ料理を取りに行った。

「でもさぁ」料理をコタツに置きながら、白城が言う。「こうちゃんが、花田君とバッタリ会ったって言うのは、嘘だよね」

 一瞬神坂先輩は僕に驚いた顔を見せて、声が上ずりながらその理由を白城に聞いた。

「だってさっき、ファミレスにいたでしょ」

 僕はバレた理由に何となく気付いた。そして神坂先輩は、その理由にもう一度驚くことになる。

「バイトの友達に聞いたから」

 そう、白城は言った。

 神坂先輩が僕を睨んできた。

 僕と神坂先輩がファミレスに行くことを、バイト仲間の僕が先に白城に言っていた、訳ではない。バイト仲間って所は合っているが、言ったのは僕では無い。

 だから先輩が僕を睨んだ事は、半分見当違いなものだ。

「あそこ、私のバイト先。女の子の店員居たでしょ。それが私の友達」

 そういう事だ。

 きっと僕らが来た事を彼女が白城に伝えたのだろう。もしかしたら白城が彼女に、神坂先輩に手料理を振る舞う事を自慢でもしていたのかも知れない。それで不思議に思った彼女が白城に電話したのだろう。

 彼女のバイト先という事は、僕のバイト先でもある。あの女性店員が白城の友人であることも分かっていた。

 だから、神坂先輩の睨みは半分受けておく。

 この後のことは言うまでも無い。

 白城が先輩に対して怒り、神坂先輩がどんどん小さくなって行く。それを見ていた僕にも彼女の怒りは飛び火し、その果てに二人とも彼女の手料理を食べられる限界を超えて食べさせられた。


 ――後日、白城は料理教室に通い始め、二人がなんだかんだ言っても愛し合っている事を確認できた。

 幸せな生活は嘘をつかない所から始まるらしい。

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