最終話【聖地巡礼の旅】

「さあっ、着いた着いた着きましたよっ!」と向日町さんが一番電車のドアが開くやいなや先頭切って元気よくホームへと飛び出した。

 停車時間は短い。残り四名の鐵道写真部員も慌ててその後に続く。五月下旬早朝。もうこんなに明るくなってる。放送が駅名を告げていた。

 『根府川』。

 東海道本線根府川駅。

「ここが聖地なんだ。本格的に来たのって初めて」と言いながら惟織さんがホームの東京側先端の方へ吸い寄せられるように歩き始める。

 僕らの日常生活の中にいない見慣れない列車はもう動き始め、今まさに根府川駅のホームから離れようとしていた。

「違いますよ惟織さん、聖地はあっち!」と向日町さんが反対側、熱海側を指差した。この駅に着く直前に渡った鉄橋がそちらの方向にある。根府川鉄橋とも白糸川橋梁とも言われる鉄橋だということだ。

「駅のホームからこんなによく海が見えるんだ」そう言ったのはにっこーちゃん。確かにここは人になんらかの感銘を抱かせるところだ。

 僕も、———ネットで調べ物をやりすぎたせいなのか妙な感慨が涌いてくる。

 ここがかつて『聖地』だった場所……あまたの鉄道マニアの巡礼地となっていた場所——

 かつて『ブルー・トレイン』と呼ばれる列車が、青い客車を連ねた長い長い寝台列車が、機関車に牽かれここを陸続と東京へと向けて走り過ぎていったという。そのほとんどには〝ヘッドマーク〟と呼ばれる列車名を示す円形のプレートが、先頭の機関車に威風堂々と掲げられていた。

 順番はどうだったか……『銀河』、『出雲2号』『出雲4号』『瀬戸』『あさかぜ2号』……『あさかぜ4号』『富士』『はやぶさ』『みずほ』そして最終の『さくら』まで十本も。


 信じられないな。

 そしてできることなら、タイムマシンにでも乗ってその光景を見に行ってみたいもんだ。あぁ、もちろんカメラも忘れずに。

 そんな時代なら本当に鉄道写真にのめり込んでしまいそうだ。まあそんな時代にデジタルカメラを持ち込んだら完全オーパーツで即時未来人認定になるけど。

「写真、写真、写真撮らないと」惟織さんは早速カメラを取りだし、趣のある柱、そして屋根を持つホーム風景を撮り始めていた。

「何を撮ってんだ! 時間がない!」

 腕時計を見ながら早岐会長が早口でまくし立てる。

「なに言ってるの⁉ ここにみんながいたのよ! この場所に。ここは聖地なのっ。ああっアニメのままっ」と惟織さん。

 気合いの入り方がいつもと違う。なにしろそのカメラ、スマホカメラじゃない。O社のミラーレスを持ってきているのだ。その惟織さんの〝思い〟が機材に表れている。それくらい〝聖地〟に来たかったんだ。そう言われればそうだったよな。『ここは聖地だった』んじゃなく『今でも聖地』だと思ってる人はいる。この『根府川駅』という駅を。ここは学校でアイドルを作っちゃおうっていうあの有名アニメの聖地。

 惟織さんは昨日もこんな調子だった。


「沼津で降りてくれとは言わない。けどっ、鐵道写真部なら三島で降りるのはアリでしょ?」と今回の撮影合宿に出発する前からお願いされた。

 その三島駅ではキャラクター達が貼られたラッピング電車を隅からローラー作戦で撮っていくという、もはやなんのヲタクなのか分からない行動をみんなでやっていた。

 独りだったら僕にはそれをやる勇気は無かった。

 一通り撮り終わった後も「さあ熱海へ」とはいかなかった。

「ここまで来たんだ。コレの走行写真も押さえないと」と今度は早岐会長がラッピング電車を指差しながら言い出し、向日町さんもまた、

「わたしもわたしもわたしも走ってるトコ撮りたいですっ!」とふたりで大合唱。

 田園地帯をいく伊豆箱根鉄道の写真も撮ったのだった。

 そんなこんなで熱海に着いたのは午後七時少し前になっていた。

 鉄道写真って意外に体力が要るってことを実感した。タフじゃないとできない。

「もう行くぞっ! 駅風景なら帰りでも同じだ。駅は逃げんっ」早岐会長はそう叫ぶと俺に着いてこいと言わんばかりに跨線橋へとまっすぐぐんぐん歩いていく。

「だけど海側に太陽があるのは朝だけで夕方じゃないです! ここでは海の方に太陽が出てないとダメなんです!」と惟織さんの方も負けず大きな声で訴えていた。

 いまひとつなにを言っているのか分からない。ただ早岐会長は時間に追われ焦っているらしくその歩みは止まることがない。

 そう、早朝の貨物列車を撮るために僕らは前日から熱海のビジネスホテルに泊まり込んだ。目的はむろん温泉などではなく『鉄道写真』なのだ。

 しかし鉄道写真というのはとんでもない。カネがかかってしょうがない。主にその費用は運賃+宿泊費、つまり旅費だ。分かってるつもりだったけどやってみると財布に大インパクト!

 だいたい合宿と称しているが、こういうのは夏にやるモンで五月下旬にそれを始めてしまう鐵道写真部というのも大概だ。

 でもまあ向日町さんのあのはしゃぎっぷりを見たらこの妙な部活を造った意味もあったのだろう。惟織さんがはしゃいでいるのは想定外だったが。僕もにっこーちゃんも誰かのために造ったわけじゃないのに。


 『今です。今しかないんです。この5月下旬の貴重さを鉄道写真やる人なら誰でも分かります。一年で一番日が長いのは夏至ですけど、そこら辺りはイコール梅雨です。曇りか雨ばっかりです。晴れ渡ってくれて日が長いのは5月下旬です。わたし達鉄道写真屋さんのゴールデンウィークは5月20日から2週間です!』

 向日町さんはそう言って五月下旬の合宿を提案した。いや、提案というよりそれはお願いだった。ちなみに『鉄道写真屋』というのは向日町さんのオリジナル造語で決して『撮り鉄』とは言わない。きっとイメージが悪いからだろう。


「にっこーちゃん、僕らも行こう」そう声をかける。

「そうだね」とにっこーちゃんが応じる。「惟織さーんっ!」と、にっこーちゃんが大きな声を掛ける。さすがに惟織さんも諦めて小走りで追いかけてきた。


 跨線橋の階段を昇るともう階段を降る必要は無い。跨線橋がそのまま改札に繋がっていた。鉄道会社の境界線を越えて来た僕らなのでSuicaとは無関係だ。切符を改札箱(?)に放り込む。

 先頭を切っていたはずの早岐会長を向日町さんが追い抜いた。女子の身分で○スキーの三脚肩に引っかけ、背負った機材の重量もけっこうありそうだがやけに足が軽い。名門運動部でも務まりそうな体力を持っているのかも。

 ショルダー型のカメラバック一つの中にミラーレス一眼一台、常用ズーム一本に広角レンズ一本、それに財布というその程度の装備でやって来ている僕とは気合いの入り方が違うよな。


 駅の建物の外に出ると向日町さんはやおら左へと曲がり始めた。

「待てっ! どこへ行く⁉」早岐会長が鋭い声を飛ばす。

「鉄橋」あっさりとした感じで向日町さんが言った。

「この時間帯に行く意味は無いっ。行くんだったら午後だろ!」

「えー、わたしあの赤い鉄橋の方がいい」

「もうあの鉄橋はとっくに『上り』は撮れない場所なのだ。なんのために前日から泊まり込んだ⁉ 次々上ってくる貨物を順光で撮るためだろ! サンライズだってある! カネをかけたんだ!」

 早岐会長は正に撮り鉄の鏡だ。光線状態の良い時間帯に有名撮影地で撮るという基本を地でいく。それに比べて向日町さんは鉄道写真屋を名乗る割にはセオリー無視だ。いったい今左へ曲がってどういう写真を撮るつもりなのか? 見てみたい気もする。にっこーちゃんといい女子の方が発想がフリーダムそうだ。

 そう、セオリー通りならここは駅を出て右へ曲がり、カーブしながらトンネルから顔を出す列車を撮れるトコか、S字カーブをくねりながら通る列車を撮るトコか、どちらかなのだ。

 ちなみにどちらも列車の末尾までは写真に入らないという場所であるようだが。

 にしても、複数で来ると意見が割れたとき困る。それに決めるなら早くしないと時間の無駄になる。

「部長」僕は言った。

「なに? 部長って」とにっこーちゃん。

「にっこーちゃんが部長でしょ? 部長権限で右か左か決めちゃって」

 う〜ん、と少しだけにっこーちゃんは考えて、

「右」と言った。

「さすがは部長」とにやり顔の早岐会長。えー、という顔の向日町さん。

「一連の貨物群を撮ったらすぐ鉄橋へ戻るから」そうにっこーちゃんは向日町さんをなだめ、みんなに向かって「行きましょう」と宣言した。もう早岐会長が先頭切って歩き出していた。

 惟織さんはいつの間にか僕らから七、八メートルほど離れたところで根府川駅駅舎の写真を撮っているまっ最中だった。さっきは僕らのすぐ傍にいたから僕らが右だ左だと揉めている間にあらゆる角度から撮りまくっていたとしか思えない。

「行きますよ惟織さん!」とまたにっこーちゃんが声をかけた。その声でようやく惟織さんが背面液晶から目を離し追いかけてきた。


 駅を出てしばらく歩いて思ったこと。

 ——鉄道写真って危ねえなぁ——

 道路はほどなくぐにゃりと曲がり東海道線の下をくぐり、海がよく見えるやけに見晴らしの良い道路となってしまった。けっこうな高度を感じる。

 この道路、歩道がねえんですけど。車にはねられたりしないよな。さっき駅の片隅に慰霊碑があったのを見たけど、地震でも起こって上から崩れてきたら海に真っ逆さまじゃないの? 僕らは一列になりそんな路肩を歩いている。

 カシャカシャカシャカシャ。その音に振り向くと最後尾を歩いていたにっこーちゃんが海を撮っているようだった。上って間もない薄ぼんやりとした太陽が海の上に浮かんでいる。さっきまでお荷物状態だった惟織さんにも置いて行かれ、もう前の三人とは少し距離が開いてしまっている。鉄道写真に対する熱が違ってきてるのか。

 僕はにっこーちゃんを待つ。



 興津川橋梁の決闘はにっこーちゃんが勝った。鐵道写真部が勝ち、晴れて向日町さんは写真部から鐵道写真部への移籍を果たした。だがこの勝負、決して楽勝だったとは言えない。


 あの写真部長の人格はまったく気に食わないが写真の腕だけは確かだった。

 あの写真のSS(シャッタースピード)はどう見ても六十分の一をはるかに下回るスローシャッターだった。それでいて流し撮りらしく止めるところは止めていた。半切りに伸ばしたその写真を見て向日町さんも思わず『上手い』って言ったほどだ。

 それに勝ったにっこーちゃんの半切り写真は一目瞭然で優劣が分かってしまうほどに見事だったということだ。にっこーちゃんの写真を見た向日町さんは即座に『こっちがいい』と言い切った。写真部長始め写真部員どもが〝どう難癖をつけてくるか〟と構えたが、迫力の差の前に皆沈黙。少なくともあの写真部の連中も写真の批評については良心があったと言える。

 確かに写真部長は六十分の一をさらに下回るスローシャッターで流し切ったという感じだが構図が冒険していなかった。写真というのは迫力で迫力とはインパクトなのだろうか。

 写真部長も写真部員も向日町さんの挙げた軍配に異議を唱えなかったが、それについてにっこーちゃんは『僕のおかげ』だと言ってくれた。

 あの日にっこーちゃんは『どこにピンがくればいいか』と訊いてきた。

 やっぱり列車の前面をアップにして流すつもりだったのだ。しかしそんな撮り方ではカメラの振りと同調するのは列車のごく一部のみだ。つまりどの部分を止めればいいかを訊いてきた。

 鉄道大好きの向日町さんがどこにピントがくれば感心してくれるか、それを考えた僕なりの答えをにっこーちゃんに伝えた。

 定番は機関車なら型式プレート、ヘッドマークがあればそこを止めればいいらしい。だけど313系にはそういうのは無い。でも敢えて止めるとするなら——

 313系の向かって右、上の方に行き先を表示する窓がある。そこを止めろと言った。ここ以外に止めて効果が出そうな場所は無いような気がした。しかし言うは易しだ。

 ただでさえ縦に構えて横に流すという無茶な撮り方をして、『電車の顔半分が画面から切れちゃった』になりかねないのに、その上ピンポイントで狙った場所を止めるだなんて。

 確かに一回勝負ではなく何回かチャレンジしていたがそれでも神業だと言える。

 出来上がった写真は『構図も露出もカツカツのにっこーちゃん』ぶりを発揮した迫力あるもので、大部分がカメラの流れ方向にブレている中キッチリ行き先表示窓の部分のみが止まっていた。

 当日は夕方でしかも天候が悪かった。そんな中行き先表示の白色LED文字が暗ぼったい画面に映えていた。これも計算だったんだろうか。にっこーちゃんは雨女かもしれないがその天候を味方に付けてしまう。

 僕はにっこーちゃんの無茶な撮り方を見事に成功させたその腕を誉めたが、にっこーちゃんは「粘りだよ」と、ひと言言ったのみ。その真意を訊けば、

「最初の何本かは手堅くまとめたからあれは冒険でも何でもないよ」とのことだった。

 つまり、予めキッチリ保険を用意した後でああいう撮り方をしただけだと。だから冒険じゃないと言っていた。

 そう言えば……あの日雨が降り出して、写真部長は傘を差し早々に撮るのをやめてしまった。勝敗の分かれ目は案外そういうところか。

 にっこーちゃんの腕ならたぶん『あの写真部』でも務まっただろうにな——だが『あの写真部』に誘われたのにそれを自ら蹴ってしまった。そこは僕とはだいぶ違う。

 その後鐵道写真部と写真部との間はどうなったかと言えば、またしてもにっこーちゃんの活躍があったのだ。あんなの真似できない。僕は思い出す——



          ◇

「どうです? 鉄道写真も真面目に撮らなきゃならない奥の深いものだと分かったでしょう?」にっこーちゃんが勝ち誇ったように、でもにこやかに言った。

 アイツに感心などしたくない。感心などしたくないが——写真部長は鉄道写真対決の結果についてケチをつけゴネるということはなかった。写真部員達の前でそんなことをすれば有名写真部の写真部長として沽券に関わるとでも考えたか。


「部長さん」にっこーちゃんが口を開く。

「——なんだい?」とわざとらしい爽やかさを醸し出す写真部長。

「わたし達の『鉄道写真』に付き合ってくれてありがとうございました。今度の勝負はそっちのフィールドでも良いですよ。鉄道以外の写真でも勝負する機会があったらぜひやりましょう!」にっこーちゃんはそう言ったのだった。

 ホントはそっちが本命なんだろうね。自分のことを〝言いたいことしか言えないコミュ障〟と言っていたけど、やたらと喋りが滑らかなのは、これは〝言いたいこと〟ってことなんだろうか。

「そうだよなぁ、得意分野での勝ち逃げは少し納得できないかなぁ」と写真部長は渡りに船とばかりに、にっこーちゃんの出した船に乗った。

 どうやら写真部長、にっこーちゃんが筋金入りの『撮り鉄』かなにかだと勘違いしてしまったみたいじゃないか。

 ただこのひと言で雰囲気は変わった。言葉では上手く言い表せないが空気が柔らかくなった——と思ったのは実は僕の錯覚だったかもしれない。一瞬僕と目が合った写真部長のその目は全然優しくはなかった。

 どうもこの部長、『男』はとことん嫌いのようで。でも気にするのはもうよそう。にっこーちゃんの写真の出来で僕が『鐵道写真部設立の黒幕』であるという疑惑が晴れてくれればいいが。ともかくも鐵道写真部と写真部は部員の移籍を巡る角逐を越え、表面上これにて一応の手打ちということとなった。

          ◇



 僕は立ち止まっていた。にっこーちゃんが海を撮っている間待っていた。ふいににっこーちゃんがカメラを僕に向けた。どうやらぼけっとしてたところを撮られたっぽい。直後にっこーちゃんが小走りで駆けてきた。

「撮ったの?」僕は訊いた。

「撮った。けっこう良い写真になったと思うよ」にっこーちゃんが言った。

「バカみたいな顔してなかった?」

「考え事してたみたいな感じだったよ」

 自分の表情が想像できない。

「富士彦くんもわたしを撮ってたし。あれに負けないくらい良い写真を撮ってお返ししないと」にっこーちゃんはそう言った。『撮ってから許可をもらえ』は僕が言ったことなので撮られても仕方ない。



          ◇

 あの日の興津川。僕はにっこーちゃんに黙ってにっこーちゃんの写真を撮ってしまった。

 写真部長との対決に決着がついたその日、僕はカメラの液晶に撮った写真を表示して見せた。

「ごめん。あの表情を見てたら形にしたくなった。嫌だったら今ここで消すよ」そう言った。

「ちょっと拡大して見せてみて」にっこーちゃんはそう言った。

 にっこーちゃんは僕のカメラの背面液晶をしげしげと覗き込み次に拡大表示するよう求め、『上』『もうちょい下、左』とか言ってスクロールの指示を次々出していく。そんな感じなので僕とにっこーちゃんの顔が近くなっている。そして言ったのだ。

「やっぱり紙に焼かないと分からないよ」

「焼いていいの?」

「液晶で確認しただけだけど、いい感じじゃないかな」

 怒られるかと思った。にっこーちゃんはさらに続けた。

「——わたしもこんな感じで撮りたいなぁ、人物写真を。まぁ自分で自分は撮れないけど」

「それ、誉められたの?」

「うん。誉めた。だからその写真わたしにちょうだい。USBメモリー持ってくるから」

 ホントに誉められたのかな?

「『ちょうだい』ってことはこの写真の今後は?」

「撮ったの富士彦くんだよ。まさかその作品消去するつもりなの?」

 どうやらこの写真、女の子を隠し撮りした盗撮画像ではなく、ちゃんとした作品って思ってくれたみたいだ。『すぐ消して』って言われて怒られるかと思った。この告白は勇気が要ったんだけどこれこそ真の超展開だった。


 雨の興津川でのモノトーンの中のにっこーちゃん。レインコートのフードを取りカメラを咽のすぐ下くらいで持っていて頭は濡れ前髪はおでこに張り付き雨滴まで写ってる。この時踏切の警報音が鳴り始めたくらいのタイミングか。えらく真剣で真っ直ぐで射抜くような目でカメラを構える直前のにっこーちゃん。

          ◇



「でもさ、写真ってこう撮りたいっていう〝自分の感性があるだけだ〟って思ってたけど、時にはどうやったら人に感銘を与えられるか、も大事だね。なんか鉄道写真が、ううん、富士彦くんが気づかせてくれたような気がするよ」

 早朝の柔らかな光を浴びてこの顔も撮って残しておきたいような顔をにっこーちゃんはしていた。

「——でもわたしは感性の赴くまま撮りたいんだけど」

 あらら、って感じだけど、それがにっこーちゃんなのかもね————

「そんなことより早くしないと。みんなあんなに先に行っちゃってる」僕は言った。

 先行する三人を追うように僕らは歩き出す。こんな道を横に並んで歩くのは危険なので当然一列縦隊だ。順番が入れ替わり今は前がにっこーちゃん、後ろが僕。歩きながらにっこーちゃんが口を開く。

「こんなところに来るなんて思わなかったな」と。

「確かにね」僕は言った。

「プレゼントになったかな?」にっこーちゃんは訊いた。

「なったよ」そう僕は断言した。

 向日町さんの願いを叶えてあげようと思ってしまったのだ。写真部長は相当怖かったと思うけど折れないで頑張っていてくれたから『鐵道写真部』の今がある、だから。

「ここはいつものは来ないトコなんだよね?」にっこーちゃんが訊いてきた。

「JRの境界線を越えたからね。313系はここにはいないよ」僕は返事する。

「ここのはなんて名前?」

「確か……E231とかE233とかいったかな……」

「ふーん。なんだかずいぶん遠くに来ちゃったみたい」

「でもお馴染みのEF210は今日も撮れるんじゃないかな」

 おっとまずい。

 はるか前方で早岐会長と向日町さんが競歩の選手のように競い、その後を追っていた惟織さん、その三人の姿が視界から消えてしまった。脇の道に入ったようだ。線路の傍へと続く道。そのしばらく先が『有名撮影地』のはずだ。

「追いかけよう」僕は言った。

「そうね、急がないと」にっこーちゃんは小走りになった。僕もその後に小走りで続く。


                                 (了)

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