茜と紅



茜色の空と、紺色に染まりつつある地上とのコントラストを見ていたら、ふと昔を思い出した。

この世の地獄と言っても差し支えない光景。

私の故郷が焼かれた日のことを。



「」



ハイレガード王国には、異界と現世の境界が揺らぐ時間に外に出ると、魔物に出食わすという言い伝えがある。


事実、私のような化け物が出歩いているわけだが。


とにかく、無信心な者を除いて、夕暮れ時に外に出る人間はいない。




「魔物、ではないな」


人を殺しても良い、という倫理観を持ち合わせている時点で人ととしての道は外れているが。


魔物と呼ぶにはあまりにも人間臭い。


生きて帰る。


家でまつ家族のため。

必要としてくれる町人のため。


理由はそれぞれ持っているようだが、私を殺し、自分は生きて帰るつもりのようだ。


魔導士は感情制御が基礎中の基礎だというのに、術ではなく、第六感の範疇で容易に読み取れてしまう思考回路。


魔導士として、失格だ。


そもそも、人を殺すなら、殺される覚悟をしてから来いというものだ。



「『生きて帰る』ことを確信している割には、私が誰で、どのような術式を使い、どうして殺されなければならないのか…情報収集ができていないようだね」



勝つまでの道筋を考えもせず。結果だけ追う奴は雑魚以下。

一人くらいは生け捕りにできるだろうか。



前方から八名。

上下黒ジャケット、白ワイシャツの男がこちらに向かってくるのが見える。


私も歩みを止めない。


段々と縮まる距離。


同じ服装の人間が集団で近づいてくる。

この時点で警戒に値するが、先頭の男がやや前屈みになり、両腕を背後に回した。




次の瞬間には、銃が出てくるだろう。



穂先が出ていないということは、ホルスターに収まる程度の小型銃。


あって二丁。

足すことの凶器。




「神よ、目の前の悪魔を打ち払わんとする我に祝福を!!」


ほらね。


男の目は焦点が合っていない。


叫んだ後に、銃口を向けては意味がないだろうに。


「」


瞬時に「分解」の魔法陣を空間に出現させ、最初に突っ込んできた三人の足を一本ずつ破壊すると、三人はその場に崩れ落ちた。


続いて拳を入れ込んできた男の腕を掴み、「重力変性陣」を発動させると同時に、私から見て右手にあった民家の石壁に投げつける。


男の体が、壁にめり込んだ。

しばらくは磔だ。


五人目が三歩先に迫ってきたところで、再び「分解」を、男の腹に向けて放った。

残念ながら即死だろう。


この時点で、先ほど片足を破壊した三人が背後で銃を構えるのが視界の端に写ったので、こちらも今度は迷わず心臓に「分解」を直撃させた。


血液が集約されている臓器を破壊したことで、辺りに血が飛び散る。


顔に血飛沫こそ浴びなかったものの、自分の胸元を見ると、点々と紅の模様がついていた。


「残り三人」


まずは六人目に「重力変性陣」を纏った蹴りを一発、腹部に入れた。

足裏から腸が破裂し、骨盤が砕ける音がした。

余命五分といったところか。


反動で少し後ろに跳ねた体は、地面で数回バウンドし、動きを止めた。


「うわあああああああああああ」


目の前で仲間の骨が砕ける音と、舞い散る血液を見てもなお私に向かってくるその精神が恐ろしい。


宗教とは時に人を救い、時に人を凶器に陥れる。


人間には本来生存本能が備わっているが、国教会の教えは彼らからその能力を奪ってしまったようだ。


低く構え、両手で一つのナイフを握りながら走りこんできた男の全身に向けて「分解」を放った。


血液がブワリと霧散した。


それでも最後の八人目は向かってくる。


仲間の紅を被りながら、柄に無駄に宝石が嵌め込まれた長剣を握って。

剣先を上に向けていては、剣先を相手に向ける時間がラグになるが。

それすら分かっていない、ずぶの素人を私に差し向けた張本人がいるはずだ。


曇りなき銀は、まだ血を吸ったことがないであろう代物で。


そこに私の顔がよく映っていた。


剣の間合いに入るか、入らないかといったところで、私は彼の頭と胴体を「分解」で切り離した。


真上に、噴水のように血液が吹き上がり、ゴトリと血走った目を見開いたままの頭部が落ちる。


歩きながら敵を仕留めていた為、人を磔にした民家からは少し離れてしまっていた。

今はどこぞの貴族のタウンハウスの壁が真横にある。


死傷者で溢れかえった道。


赤い夕陽が真っすぐ伸び、地を染める紅を隠した。


六感まで使って周囲を観察したが、新手はいない。

斥候もいない。


「」

体に入っていた余分な力を抜き、戦闘時用の思考回路を一般人に寄せる。

感覚を最大限に鋭くしたまま街に入ると五感が持たない。

僅かな呼吸も聞き漏らさない聴力、懐に入っている薬品を嗅ぎ分ける嗅覚、布地を成す一本一本の糸まで見える視覚。

魔導士として、おおよその人間に見えない魔導属性や人外の類まで認知してしまう鋭敏さは時として、己を疲弊させる。

通常時は能力を制御できたとしても、手負いならば魔力や生気が枯渇するまでこの世を捉え続けるだろう。


なにはともあれ、

「魔法士をよこしてほしい」

という依頼内容の物は大抵、王国憲兵隊か魔法騎士団によるガサ入れだ。


今回は聖堂教会がバックにいると見てよさそうだが。

珍しいことに。



逢魔が時。



時間帯も妙だ。


国教会の人間は太陽を崇め、魔力を得る。

昼間の方が有利であるにも関わらず、わざわざ一番不利な時間を待ち合わせ時刻にした。


嗅覚と言えば。

男たちからは少し変な匂いがした。

微かに薬草であればいいが、神経に作用する毒にありがちな甘い匂いがしたのだ。


両手が互い違いの方向に捻じれた状態で地面に横たわる男の傍にしゃがみ、目を観察してみると充血が見られる。


他はどうだろうか。


脳漿ごと顔面を吹き飛ばしてしまった男を覗いたほぼ全員の目に、充血または光彩の中の黒い斑点が見られた。


ここまで条件がそろってくると、ある一つの薬物の名前が浮かぶ。


裏付けとして、一番最初に排除した男の皮膚を、転がっていたナイフでツーっと割くと、流れてきたのは赤い血ではなく、緑がかった液体だった。


皮膚も女性のように白く、柔らかい。

通常、成人男性は肌が硬化し、黄味がかるものなのだ。



「聖堂教会で、今何が起きているんだ」


ここまで堕ちたか、と納得はするが。



華国で流通する麻酔薬。

それは時として、強力な神経毒ともなりうる。


死なない程度に使えば洗脳効果があり、

大量摂取すると彼らのように内臓を腐らせて死んでしまう。


「華国がバックにいるのか」

この仮説を立てるには時期早尚。

華国内情を探るには、華国の有力者である杜一族が営む商店「杜商店」の王国支部に入り込むのが早いだろう。

主に、華国の呪札や薬草、呪具を中心として、華国の調味料や食品まで取り扱っていることから、荷下ろし、荷運びの求人は頻繁に見かける。


聖堂教会の腐敗と、華国の薬物。

王国役人と華国官吏が人材交流をしていることもあって、一年前には見当もつかない程に華国がハイレガード王国に融和してきているのを、裏街でも感じる。


屋台の中に、華国民が良く食べる「コメ」という穀物を使った食事や、独特な調味料を使った料理が見られるようになった。



調べは着いた。

あとは聖堂教会充てのメッセージとして、現場をわざとそのままにしておくか、痕跡一つ残さず「分解」で消してしまうかの二択のうちどちらかを選択して終了だ。



「」

現場に視点を合わせたまま僅かな時間、考えを巡らせる。

私の眼は周辺を収めているようで、何も捉えていないだろう。

それほどにどうでもいい。

目の前に転がっている人間に対して、「家族がいるかもしれない」などという配慮は浮かばない。

元より私は配慮や忖度といった都合のいい言葉に踊らされる質ではなかったが、アイギス様を殺した王国に対しては何ら躊躇がなくなった。


躊躇と称するのもおかしいかもしれない。


正確には、非魔導士が火をおこすために木を切るように、私は敵を切ることができる。



そういうことだ。




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悪役令嬢は処刑されました。 鈴鹿黎 @reisuzusiro0

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