生き残りたち

主が殺される前、契約を解除された。

猛毒で一瞬だった。


一言、遺言を残すだけの間があった。

それを、私の契約解除の陣の発動に使った。



主のために生き、主のために死ぬことが生きる意味だと教えられた幼少期。

まだ見ぬ主を思い描き、日々訓練されていた。



創世記でいう「山間の一族」の一人として生まれであり、人間とも、人外とも言えぬ中途半端な存在だった。


神様は、俺たちに高い魔導適性を与える代わりに、「主」無しでは、それが発動できないようにと枷をつけたと創世記に記されている。



成人の儀式を終え、村を出ることを選んだ者は、記憶を消された状態で一族の住処から追い出されるのが掟だ。



その後、奇跡的に「主」と巡り会えた私は、「主」の右腕として陰から執務を補佐しつつ、

敵の襲撃があれば圧倒的な力を以って排除した。



しかし、「主」は俺が一瞬、目を離した隙に倒れた。



謎が多い死。



冷静になろうとすればするほど纏まらない思考。




「この国を頼む」



主が最後に残した命令は今も俺の骨に刻み込まれている。




契約が切れた瞬間、「主」がこの世から消えたのだと悟った。

同時に戻ってきた一族の記憶と、執務補佐の際に耳にした情報を照らし合わせて、故郷が危ないと気付いた。


しかし、遅かった。






腐敗し、膨張した死体が土の中から出てくる。

最初に口を大きく開いたまま干からびた祖母の死体を見たときは吐いたが、今ではえづくこともなくなった。

手巾に、口元の覆い。手にはシャベルを持って、死体を掘り起こす毎日。

故人の写真や持ち物が一緒に出てくる。

彼ら。彼女らが笑っていたころを鮮明に思い出せるのに、顔は薄らぼんやりとしているのは自分が麻痺した証拠だろうか。


建物は、砲弾で粉々にされ、まともに使えるところなど両手に収まる。

瓦礫しかないこの町で、私は膝をついた。

腕に力が入らない。

涙も流れない。

ただ目を見開いて、天を仰いだ。


確かにここは俺の故郷だった。


喩え、記憶が戻ってきていなかったとしても、この地に来れば自然と心穏やかになることだろう。



王国紋章が刺繍された黒色の法衣が空を飛び、無差別に爆撃していく。

氷や炎、鉄の雨が降り注ぎ、地上を破壊しつくした。

人間が暮らしているというのに。

彼らの内一人は、小学校を一瞬にして粉砕した。


木は一本も生えておらず、草木も燃えつくされた。

川の水も止まり、乾いた大地で砂塵が舞う。

神はお怒りになったのか、この地で太陽を見ることは無くなった。


限りなく灰色の世界で来る日も来る日も。

夜は廃屋の上で野犬から身を守りながら、少し空が明るくなりだした頃から廃材で穴を掘り、道端に横たわる死体を埋めた。


指と詰めの間には土が詰まり、黒くなってしまった。

皮膚は硬くなるばかり。

それが終わると今度は、瓦礫の中から死体を引っ張り出し、埋めてやった。


「おやすみ」


という度に、心が少しづつ欠けていった。



ある時、瓦礫に隠れて用を足していた兵士を一人、後ろから襲って生け捕りにした。

一般的な歩兵の装備のみで、魔導士のローブを纏っていなかったので容易く仕留められた。


「子供や女を殺してもいいのか?」と聞くと、捉えた兵士は泣き出した。

「妻と子供に会いたい」「貧しさで兵士になった」と。

「貧しかったから、兵士になったのか」と聞くと、それ以来回答はなかった。


なんと身勝手なことか。


しかし、不思議と、怒りよりも諦観が勝った。



王国では、現在格差社会が深刻化している。

食べるものもなく、自分の飢えをしのぐために子供を売る親や、体を売る女、略奪を働く男が増えてきた。

途中の町では、いくつものギラギラした目が私を追っているのを感じた程だ。


男は元大工だと言う。

子供が一人と、妻を故郷に置いて、出征に志願したそうだ。

誰が敵なのか、何故攻撃するのかも考えず。

目の前の貧しさを敵として、この地で女子供を刺殺した。


泣きながら助けを乞い、跪く男を見ながら考えたことがある。


果たして、こいつが全ての悪を背負っていると言えるのだろうか。


こいつは、王国が生み出した憐れな傀儡なのではないかと。



そして、俺の次なる行先は決まった。



捕まえた男は、放っておいた。

今頃野犬に食われて死んでいるかもしれないし、故郷まで走り切って妻子と再開しているかもしれない。



俺は幸いにも、神の依り代になるだけの、器としての強度があった。

魔法も難なく使うことができたので、魔法警邏隊入隊試験は難なく合格できた。



自分の一族を亡ぼした人間と共に暮らすのは変な感覚だったが、誰が誰を殺したかなんて分かりようもなく。



感情を殺して、与えられた任務を遂行した。



そして、いつの間にか魔法警邏隊総長になっていた。

副長には、イーストフィールド家の長男がついているなど予想できただろうか。




執務室の椅子に深く腰掛けながら、遠くに連なる山々を見て思う。

まだ、故郷は燃えているのだろうかと。








「戦争とは」


と聞かれても答えられる自信がない。

ただ、笑えなくなり、心が凍るということだけは言える。


同じ悪夢を何度も見る。


黒い服の男たちが剣を持ったまま、大通りを歩き、笑う。


男の息遣いを感じ怯えていると、怯えを感じ取った男が黙ったまま剣で私の体に触れた。


何を投げかけても、「大司祭は偉大なり」「王国に栄えあれ」と繰り返す。


「神に背き耳を貸さない無信心な者は異端だ」と。





「代わりに私が死ねばよかった」と思ったのはあの時が初めて。



一族で唯一、魔法が使えなかった私は確実に、お荷物だったはずだ。



事実、両親に愛された記憶はなく、寧ろ軟禁されて育った。

初等教育が始まるまでは自宅の一室から出してもらえなかった。



本と食事だけは十分に与えられた。

「勉強しろ」と言われても理由が分からず、教えてくれる人もいなかった。


どうしようもなく暇な日々。

部屋に置かれた本を読んで過ごした。


そのお陰で、勉学において困ったことは無い。

識字はできたが、喋ったことがなく、喉が著しく衰えていた。



皮肉なことに、声が出なかったおかげで助かった。



兵士が迫ってきても、自然と怯えた声を出すことすらできないのだから。



隠れていた場所から、背丈以上ある杖をついた大人たちが、街をグルリと囲んでいるのが見えた。

白い法衣はどこの所属だったか。

本で読んだ気がするが、当時は思い出せなかった。



不思議と、彼らが「悪」であると分かった。

自分たちを助けに来たわけではないと。

彼らから逃げなければならないと。


捉えられた一族の大人たちが、大通りを引きずられていく。

縄を引き千切って、逃げ出したものは後ろから剣で一突きされていた。

体を中心に円形に広がる紅に反射して、男たちの笑う顔が見えた。


燃える建物と、黒に近い灰色の煙。


噎せ返らないように、息を潜めていると、床に引き倒された大人と目が合った。


学校で魔法学を教えていた先生だった。


彼は、私を憐れむことなく、淡々と教鞭をとっていた。

廊下に立たせて意地悪することもなく、かといって後ろの男の子が私の髪を引っ張るのを止めることもなく。


「」


先生はこの時も何も言わなかった。

そしてただ、私と目を合わせながら、指をピンと跳ねさせた。



先生の碧い眼が、グルりと歪んでいった後、空に放り出される感覚がして目を開けると、私は崖を真っ逆さまに落ちていた。




今では、先生がイチかバチかで私を助けてくれたのだと分かる。




故郷の人を殺されて憤るだけの思い出が私には無い。




しかし、人体が焼ける匂いと、炎の熱さ、兵士の笑い声と冷たい眼差し、瓦礫がの感触は思い出せる。




この世の地獄をはっきりと。










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