駄作 三十と一夜の短編第33回

白川津 中々

第1話

 目の前には真っ白な原稿用紙があった。

 ペンを持ちしばらく。進まぬ一筆に業を煮やしビールなどを飲む。飲めばその日一日もうなにもできぬと分かっていながら缶ビールを一つ空け、再び原稿を見る。変わらず白い。

 紙を用意し、ペンを持ち、見つめ、飽いて酒を飲む……僕はもう何日も同じことをしている。その度に自己嫌悪に浸り、「次こそはちゃんとしよう」と思うものの、「今日一日くらい何もしなかったところで」と、結局元の木阿弥となる。


 物書きになりたいと思ったのは学生の時分であった。

 かねてより人より優れた感性を持っていると思っており、その特異性を何らかの形で表現し、称賛されたいと願っていたが、絵も音楽も拙く挫折し、ならばと文筆の世界へ希望と憧憬を持った。

 自信はあった。学がなく字も言葉も知らなかったが、自らの能力にうぬぼれ、自らの作品に酔った。それから、何か書いては人様に見せ、「あぁよくできているね」との愛想をいただき、気をよくした僕は「やはりこの世界へ進もう」と、大した努力もせず毎日奇々怪々なる文章を書き連ね、それを見せては得意となり、自惚れ、いつか作家として世に出られるだろうと思いながら、気が付けば十年が経過していた。


 何も得られず、歳だけ重ねた自分がいた。

 周りを見れば相応の金と地位を持った人間がいて、そいつらは、僕の作品を「よくできているね」と言っていた人間だった。その時僕はようやく理解した。あぁ。僕の作品には、一銭の価値もないのだと。

 

 それでもなお文学に拘るのは、やはり僕は他に表現できるものがないからであり、また、他人に 認められたいからなのだろうと思う。

 安い金で使われ続け、筆を折らずくだらぬ文を書き、「書けない。書けない」と、いらぬ辛苦を抱きながら死んでいくのだろうと思うと寒い風が吹き、手が震える。社会的欠落者となり落伍の一途を辿りながらもまだ多くの人に認められたいという気持ちが強く残っているのは、きっと僕が僕の人生を諦められないからに違いない。

 いっそ死ぬか、きっぱり捨ててしまった方がはるかに楽なのだろうが、僕はどうしても、本の一冊でも出さなければ気がすまなくなってしまっているのだ。


 あぁ苦しい。辛い。しかし、僕は、やはり、何かを書きたいと思う。書かなければならないように思う。その結果どのような終幕を迎えるのか知りようもないのであるが、どうしたって、筆を折る事は不可能なような気がする。


 だが……


 

 あぁ……苦しい……辛い……

 

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駄作 三十と一夜の短編第33回 白川津 中々 @taka1212384

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