第2話 後編

「ダウト、です」

「うっわー! またかぁ」

「あの。このゲームを二人でするのは無理が……」


 現在。俺と少女は、旅館でトランプ中だ。


 あの後、ホテルで一泊して。

 遊園地で一日中遊んで。

 俺が慣れないことして疲れたので、温泉に入りたくなったのだ。


 したがってここは温泉旅館である。


 因みに、もう電話は少女に返したので。

 父親からの電話は少女に何度もかかってきている。


 少女が、父親とどんな会話をしているのか。

 毎回、俺はちゃんと聞いてない。

 どうでもいいからだ。


「あ、お父さんから電話です」

「あっそー。じゃぁ俺はまた温泉はいってくるわ。お嬢ちゃんも好きにはいってきな」


 通話を始めた少女を置いて、部屋を出た。




「はぁ~。温泉とか入るのは、いつぶりなんだろうなぁ」


 中々ロケーションのいい露天風呂に入って。

 オヤジ臭い溜息を吐く。


 うーん、極楽極楽。

 これから地獄行きと思えば。最後の贅沢に温泉くらいは許されるだろう。


 ま、その前に捕まってしまって監獄行きかもわからんが。


 遅いか早いかの違いで、どっちみちどっかで死ぬのは変わらないだろうし。別に大差はない。


「あー。俺の電話にも、今頃会社からの履歴がいっぱいなんだろうなぁ」


 全く、無駄な労力である。

 ざまぁみろと思った。




 部屋に戻って、食事を食べる。

 少女も、お行儀よく静かに食べていた。


「んでー。次はどこ行きたい?」

「……んく」

「あ、食べて、落ち着いてからでもいいよ?」

「いえ、えっと。アナタは、行きたい所はないんですか?」

「俺?」


 俺、俺ねぇ。

 別にこれといってないような。


 南の島とかちょっと行ってみたいけど、流石に外国は無理だしなぁ。

 空港でばっちり止められるわ。


「あ、北海道とか行ってみたいかもなぁ。海の向こうだし。自然が豊かだし、でかいし。自殺の名所沢山ありそうだもんなぁ」

「約束……」

「わーってるって。ちゃんと、お嬢ちゃんと居る間は死なないってば」


 俺がそう言うと、少女は控えめに微笑んだ。


 ありゃ。初めて笑っている所をみてしまった。


 俺なんかには、もったいなくて目が潰れそうな表情だ。




 それから、二人で布団を並べて寝た。

 何気に、誰かと一緒の部屋で寝るのは久々で……。いや会社の中を含めればあるか。


「あの」

「ん?」


 暗い部屋の中の空気に、ぽそりと紛れ込ませるように少女が呟いた。


「初めてです。学校をさぼるのも。誰かとこうして旅行をするのも」


 ……それはまた。俺なんかが相手で申し訳ないことだ。


「意外と、簡単なんですね。色々」


 簡単、か。


「そだね。案外そんなもんだよ。少なくとも、飛び降りるよりは。勇気だっていらないさ」


 すげー怖いもんね。あれ。


「……アナタは、なんで死ぬんですか?」

「会社で働くのが嫌だからだね。すごく大変だし。まぁ別に生きてなくちゃいけない理由もないし?」


 死んで、困る者も、悲しむ者もいない。


「そうですか」

「そう」


 それきり。少女は黙って。

 俺も寝た。







 それから。俺たちは北に北にと旅した。

 つっても、車で青森まで行くだけの話だ。

 遠いけど、別に何日もかかるわけじゃない。


 ま、少女の体力も考えて。一気には走っていないけれど。


 しかし。よく捕まらないなぁ俺。

 もう、指名手配とかされてそうなもんだけど。



 青森までたどり着いた俺は、少女と共にフェリーのチケットを買う。

 これで、北海道への短い船旅を……。


「あ、お父さんから……」


 そこで、少女へまた電話が入る。

 なんとなくだが、北海道へ上陸するのは。

 無理だなと予感した。


「帰って、こいって言ってます」

「バカか、そこは迎えに来いって言えよ」


 なに誘拐犯に送り届けさせようとしてんだよ。

 どんな親だ。


「いえ……、あの。一緒に、あなたも一緒に。来いって」

「――はぁ!?」


 いやいや、俺はもうお役御免だろ。

 後は勝手に親子でイジメとか家庭問題に取り組んでいてくれよ。

 俺は北海道で良い場所さがしてフライアウェイするから……。


「お願い、します」


 俺の服の袖をキュッと掴んで。少女が懇願する。

 え? それはずるくない?


「約束、です。まだ私。死ぬのをやめるとは決めていません」

「なん、だと……」


 約束なんて、簡単にするもんじゃない。








「まじで来ちゃったよ……」

「はい。いらっしゃいませ」


 あれから。今度は来た方向をひたすら戻るはめになった。

 と言っても。

 あっちこっち寄り道しながら帰ってやった。

 観光したり、買い物したり。


 お陰で、少女の恰好は何気に全身可愛い服で固められている。

 俺ってば意外とセンスよくない?


 そして、とうとう辿りついてしまった。

 少女の、自宅に。


 つーか、自宅でけぇ!

 金持ちかよ……。


「……ただいま」


 緊張気味に、少女が玄関をくぐる。


「お邪魔します」


 俺は、決死の覚悟でくぐる。


 だってなぁ。

 俺がこの手で殺す、とか父親が思っていても不思議じゃないぞ。


 いや、どうせ死ぬつもりではあったからいいんだけれども。

 あんまり痛い死に方したくないなぁ。




「よく……無事で戻った」


 少女の父親は、デカイ家のデカイ応接間で待ち構えていた。


 部屋の中に一人、椅子に座って腕を組んでいる。

 厳つい声だと思ったが、ちゃんと顔も厳ついおっさんだった。


「ただいま、です。すみませんでした」


 少女は、恐ろしく小さい声で。立ったまま父親に謝罪する。

 親父さんとは、相当に距離がある。


 まぁ、並みの家出と違うからな。

 気まずいよねそりゃ。

 でも俺のほうがもっと気まずいからねこれ。


 父親が立ち上がって、こちらに。

 というか少女の方に歩いてきて。


 少女を抱きしめた。


「……すまない。すまなかった」


 謝る父と、父の腕の中で首をフルフルと振る娘。


 なんだこれ、なにを見せられているんだ俺は。

 まじもう帰ってもいい?


 俺は、こっそり後ずさりを始め……。


「貴様。お前が誘拐犯だな」


 親父さんが俺を呼び留めた。

 はい。私めが娘さんを誘拐した犯罪者でございます。


「……なんっすか。言っときますけど、謝るつもりないですごめんなさい」


 やべっ。流れるように謝っちまった。


「お前のことは、通報はしていない」

「バカかあんた」


 もしかして、俺が良い人間だから大丈夫だとでも思ってたのか?

 とんだ間抜けだ。

 そんなんだから、娘の危機にも気づけないん……。


「娘が、お前を通報したら死ぬと電話口に脅すのでな」

「バカかお前の娘は」


 親子そろってどんだけ脳みそお花畑なんだ。


「約束です。アナタは、私が死ぬのをやめるまで死ねません。私は、アナタが死んだら死にます」

「いい加減にしてくれない!? 契約内容もっと考えとけばよかったよ俺!」


 せめて有効期限決めておけばよかった!


 っていうか、俺と親父を同時に脅すなよっ。


「アナタは嫌な事は、はっきり断れって。言いました。私は、アナタがこの後、勝手に死ぬの。嫌です」


 ぐ……!

 記憶力のいいお嬢ちゃんだなぁっ。


 俺なんて人の話を聞きなさいって超言われるタイプなのに。


「お嬢ちゃんなぁ。君がなんか勘違いしてるのは、想像つくよ。俺が良い人にでも見えてるのかもしれんさ。でも、それは違う」


 俺は、ただのゴミだ。

 ゴミなりの、最後の社会貢献のつもりで。死にたがりの馬鹿な子供と遊んでやっただけのことだ。


 でも、それはただの気まぐれ。善意でも好意でもない。

 一度きりの、死ぬ前の気まぐれだ。


「だいたい、俺にはこの先なんて無い。ここでお別れすんのが親切ってもんだ」


 例え、この誘拐が罪に問われなくとも。

 どの道、先がないから死のうとしてたんだ。

 結果は、変わらない。


 だったら、最後に女の子の命を救えた俺かっけー! とか思いこんだまま死なせてよ。

 若干、気分いいから。


「そのことだがな。娘の事を調べるのと平行して、お前のことも調べさせてもらった」

「……え? は? 何が?」

「娘が、お前の話を聞いて。お前の名前も住所も全部調べて教えてくれたからな。簡単だったぞ」

「何してんだおぃ」


 こ、このお嬢ちゃん。可愛い顔して……。

 勝手に免許証とか見て、親父さんに伝えてやがったのか。


「お前の勤め先は、会社ぐるみで大幅な労働基準法違反をしている。なので、ウチで取りあえず拾ってやる。まったく、お前の死ぬ理由も。娘と大差ないではないか」

「はぁ!?」

「お父さんは、社長さんなんです」


 金持ちだろうとは思っていたけど、社長かい!


「何しろ、娘の命がかかっているからな。とは言え、雇う以上はきちんと働いてもらう。お前に娘の命を助けられたが、その事は誘拐の件を無かったことにするので、チャラだ!」


 俺が助けたんじゃなくて、そいつが勝手に立ち直っただけだろ。


「あのなぁ……。人情話じゃねーんだから。そんな馬鹿な話が……」


 俺が、あまりの意味不明の展開に目まいを覚えていると。

 少女が、俺の服の裾をちょいちょいと引っ張った。


「お願いが、あります」

「……なんだよ?」


 少女は、俺を見上げて言う。


「私のお友達になってください。そして、死ぬ時は。私にちゃんと声をかけてから飛び降りに行ってください」


 何言ってるんだこの娘は。

 まじで、ちょっと頭おかしいぞ!


「友達は百歩譲っていいとしても、死ぬ時に声かけるって何だよ……」

「どうぞ、お先に。って、言ってあげます」


 それはつまり。

 お前が死んだら、その後に私も死んでやるぞっつー脅しか?


「おいっ! おっさん、お前の教育どうなってんだ!」

「私は、妻がいなくなり。どうしても、一人娘の教育に戸惑って……。そのまま怖がっているうちに、ついつい疎遠になってしまった。だが、それも今日までだ」


 そうだね。そうしなさい。俺のいない所で勝手に。


「お前が、しばらくは使用人として働くしな。頼むぞ!」

「――はぁあああぁ!? ウチで拾うってそういう意味かよ! 会社じゃなくてまじでウチかよっ」

「いきなりよくわからん人間を組織に放り込んでも使えないかもしれんからな」

「よくわからない人間を家庭に放り込むな! 馬鹿かおまえっ」

「今回の件で、家政婦を雇う事に決めたが。どうせなら信用できる者が良い。命の恩人なら娘も信用しやすかろう?」

「だーかーらー!」


 企業の社長はサイコパスが多いって本当だったんだなっ。こいつ頭おかしい!


 思わず絶叫する俺の服を、後ろから思いっきり少女に両手で捕まれて。

 思わず後ろにバランスを崩す。


「な、なんだ?」

「今日から。よろしくお願い、します」

「しかも今日からかいっ!」

「ほっといて、こっそり死なれたら。困るから」

「飼いネコか俺はっ! わーったから。お前より先には死なないからっ。手を離せっ」

「本当に死なない?」

「死なないよっ。死ぬんだったら」


 どーぞお先に!!



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短編 飛び降りるなら、どうぞお先に 佐城 明 @nobitaniann

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