短編 飛び降りるなら、どうぞお先に

佐城 明

第1話 前編

 ブラック企業に入って、鬱病になって自殺。

 うん。よく聞く話だよね。

 だから。自分がそれを行っても、別におかしなことではないはずだ。


 自分が鬱病かどうかなんて知らないけど、病院に行くのも億劫だし。

 だいたい、病気だとかになったら。余計に生きるのが大変になってしまう。


 だったら、もういいじゃないか。


 そう思って、真夜中に高い高い橋の上に来た。

 綺麗に海を望めるそこは、いわゆる自殺の名所。

 車を、少し離れたところに停めて。歩いて橋の真ん中まで。


 いそいそと靴を脱いでっと。うん、これが礼儀だって言うしね。


 さぁ、飛び降りようじゃないかと思って。柵を乗り越えようとしたら。


 ふと、目が合った。


 自転車に乗った。中学生くらいの少女がこっちを見ている。


「あっ……」


 やべっ。見られた。

 いや、別に見られたからなんだ。どうせ死ぬのに。

 とはいえ、こんな少女に見せつけながら自殺はいかがなものか。

 つーか、なんでこんな時間にこの娘はこんな場所に一人でいるのだ?


「あのっ……」


 少女が、混乱したような表情で俺に声をかける。

 まぁ、明らかに飛び降り自殺寸前の二十代男性を見かけたらそうなるよねっ。


「えっと、どうぞ。お先に……!」

「……は?」


 何言ってんだこの娘は。








 取りあえず。

 一度、靴を履きなおして。

 少女と向かいあって話すことにした。


 どうやら混乱して口走ったあの台詞から察するに。この娘も飛び降りたくてここに来たらしい。

 流石名所だ。被ったりするんだなぁ。びっくり。


「えっと、レディファーストって言うし。先飛んでもいいよ?」

「はぁ……。でも、その後すぐにアナタも飛ぶんですか?」


 む。そう言われてみると。

 眼下に少女が飛び降りた後の場所に、すぐ自分も飛ぶのは。

 なんか、気まずい。


「……日、改めようかな」

「そう、ですか。私は、今日しかないので」


 今日しかない?


「なんで?」

「今日で、夏休み終わり、ですから」


 夏休みが、終わり。

 あー! 聞いたことあるわ。学校行きたくないあまりに自殺ってやつね。


「そっかぁ。あの、因みにさ。なんで死にたいか聞いてもいい?」


 興味本位的に、聞いてみた。


「学校、行きたくないから、です。イジメられるので……」


 思ったよりシンプルでよくある話だった。

 いや、そんなものか。自殺の理由なんてのは。

 だって俺の理由も相当よくある話だし。


「そっかー。親に相談した?」

「いえ……。父は、殆ど家にいないですし。ずっと、真面目に学校に行けとしか言われていません。母は、もう死にました」


 ふ~む。

 俺も親はすぐに死んじゃったからなぁ。

 ぶっちゃけよくわかんねーや。


 でも、あれだな。

 この娘結構可愛いじゃん。

 あれか、可愛いからイジメられてるのか?


 馬鹿だなぁ。そんなの、少しばかり大人になれば、すぐに逆転できるのに。

 俺なんぞと違って。


「……あ、そーだ。イイこと思いついた」

「え? いい、こと?」

「そうそう、いいこと」


 不思議そうに首を傾げる少女。

 うん、可愛い。

 まだ、未来のある。あどけない少女の顔だ。

 つまり、死ぬ必要性が薄い。


 対して俺は? もう特に救われる価値の無くなった。社会のゴミ候補だ。


 しかし、ゴミとて。タイミングさえあえば、まだ使い道が少しはあったりするものなのである。


「ねぇねぇ。お嬢ちゃん、スマホ持ってる?」

「え……? はい」

「じゃぁさ、お父さんに電話してくんない?」

「……! それは、その」


 あ、凄い嫌そう。

 当たり前か。


「だいじょーぶだって。大体、今から飛び降りるつもりなら。何があっても関係ないじゃん?」


 俺の説得を聞いて、しぶしぶと言った感じで自分の父親に電話をかける少女。

 素直な子だ。説得しておいてなんだけど、こういう子だからイジメの対象になってるんだろうな多分。


「それ、貸して」

「あっ……」


 父親に繋がるはずの電話を、奪い取った。


『なんだ、こんな時間に。今何時かわかっているのかっ……!』


 電話に出た父親の厳つい声。

 なるほど、これは面倒そうな親父だなと思った。


「あ、お嬢さんのことは、俺が誘拐させてもらいました」

『――!? 誰だ!! 貴様っ!!』


 電話越しに、少女の父親の驚愕が伝わってくる。


「いや~。しがないブラック企業の社畜だった者なんですが。自殺しようと思って飛び降りに来たら、お宅のお嬢さんとばったり会いまして。話しを聞いたら、お嬢さんも飛び降りに来たって言うじゃないですか」

『なんだと!? 何を馬鹿なっ――』

「バカはてめーだよ。自分の娘が死にそうになってることすら知らねーんだからな。ずっとそこで吠えてろ」


 そう言って。電話を切った。


「……あ、あのっ」


 少女は、戸惑った表情でこっちを見上げている。


「だいじょーぶだって。多分……ほらキタ」


 電話にコール。当然、親父からだ。


「なんだよ?」


 なるべく横柄な態度で、電話を取る。


『……要求はなんだ。その子を誘拐して、何が目的だ!』

「要求ねぇ。例えば一億とか言ったらどうする?」

『払う。払うから』

「嘘だよ。これから死ぬ人間がいるかそんなもん。そーだなぁ。この娘、可愛いしなぁ。色々できるだろうなぁ」

『貴様……!!』

「取りあえずの要求決めたわ。この娘の転校だ」

『――な、なんだと!? どういう』

「ま、取りあえずはそこからだ。娘が学校でどんな生活送ってたか。調べてみろよ。俺らはしばらく二人っきりで楽しんでるから。その間にな」


 もう一度、電話を切る。

 そして、今度は電源も切った。


「はい、返す」


 少女は、電話を受け取りながら。おずおずとこちらに話かけてきた。


「あの、私に。何かするんですか?」


 何か? あぁ、さっきの電話の内容か。


「そうだねー。取りあえず。一緒に旅行いかない?」

「りょ、こう?」

「そうそう」


 金は、少しはある。

 使う暇がない、っていうか。会社から中々出れなかったから。


 死ぬ前に、ぱーっと使えば少しは有意義だろう。


「えっと、どこに?」

「お嬢ちゃんはどこに行きたい?」


 俺の言葉に、少女が考え込む。


「もしかしてアナタは、私を助けようとしていますか?」


 出てきた言葉は、旅行の行き先ではなかった。

 戸惑いと、興味の色が浮かぶ瞳が。俺を見ている。


「ん~。助けるっていうか。だってなぁ? 多分、死ぬほどのことじゃないんだもん。お嬢ちゃんのそれって」

「――私は」

「あ、いい。言わなくていい。君が君なりの辛さを抱えてるのはわかる。だから、これは俺の勝手な判断の勝手な誘拐だし」


 ただの、押しつけだ。

 多分、善意にすら含まれない。


 こっちにも余裕がなかったのなら、平気でスルーしたかもしれない。


 けど、今の俺には。幸か不幸か余裕がある。

 明日、仕事に行く必要もないし。犯罪者になっても構わない。


 だからだ。


「ほらっ。取りあえず車いこーぜ」

「えっと、あの」

「後、嫌なことははっきり断る練習も俺でしとけ。絶対あとで後悔するぞ」

「あの。もう割としてます」


 そりゃそーか。死ぬところだったんだもんね。


「ま、今の俺は断られると立つ瀬がないから。ちゃんとついてきてね」

「はぁ……。あの」

「ん?」

「アナタは、なんで死のうとしてたんですか?」


 え?

 俺?


 俺は……。


「それは、旅の途中で追々話すわー。道中の会話のネタがあったほうがいいっしょ」

「はぁ……。そうですか」


 物わかりのいい娘だなぁ。

 非常に生きにくそうだ。


 しっかり、連れまわして思い知らせてやろう。


 嫌なことは、嫌って言えるくらいには。








 結局、少女は普通に車の助手席に乗り込んだ。

 本当に素直な娘だわ。

 マジで誘拐にも気を付けろと教えておこう。


「今回は特例としてだ。知らないおじさんについていくのは、絶対ダメだぞ?」

「知ってます。でも、アナタは私が帰ったら飛び降りるでしょう?」


 ――え?


「私を勝手に助けようとしたくせに、勝手にそちらだけ死ぬのは。なんかずるいです」


 むぅ……。そう言われてしまうと。確かに筋が通っている。

 俺が勝手してるんだから、お嬢さんにも勝手する権利があろう。


「あー、そうだな。じゃぁ、約束する。君が死ぬのをやめると決めるまでは、取りあえず俺も勝手には死なない。これでどう?」

「それで、いいです」


 よしよし。

 これで対等だな。


「じゃぁ、行こうか。どこに行きたい? あ、遠慮はすんな? どうせ死ぬんだから無駄だ」


 少女が少し考えこんで告げた場所は。

 投身予定の誘拐犯にはとても似つかわしくない、夢の国みてーな遊園地だった。


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