第19話     -2-

 時間でいうと放課後。どの生徒も部活動に勤しんでいる時間だ。


「あの時はごめんね、佐武君」

「良いんだ鞍嶋君。僕の方こそ水に流してくれると嬉しい」


 久し振りに佐武と顔を合わせて受けた印象は「随分と痩せたな」というものだった。その後ろを付いて、ずっと空席だった僕の机がある教室へと向かっている。名目上は、学校へ復帰する為に今の校内を歩いて慣れておきたい、というものだ。

 ほとんど横から差し込む日の明かりが眩しい。会話も特に弾まないまま、お互い探り探りといった感じで目的地に到着した。

 大丈夫、短い期間ではあったが準備にぬかりは無い。失敗させる訳にはいかないんだ。そうじゃないと彼女に合わせる顔が無い。例え、僕が死んだとしても必ずやり遂げてみせる。そんな覚悟を持って教室へと足を踏み入れた。

 すると、中には先客が二人ほどいた。小宮と北条。これで、役者は十分に揃った。


「こ、小宮君! ほら、連れて来たよ! 言ったでしょ? ちゃんと僕、鞍嶋を連れてきたよ! だからもう僕を見逃して!」


 情けない仕草と声で佐武はそう言った。

 きっと、また僕を身代わりにして虐めから逃れようだなんて考えていたんだろう。

 人はそう簡単に変われない。佐武が僕を裏切る事は簡単に予想できたが、こうして目の当りにするとやはり不愉快でしかなかった。


「……佐武ぇ」


 北条がゆっくりと近付いてくる。口元をみると笑顔なのだが、額を見ると青筋が浮かんでいる。


「な、何。なんだよ、僕が何かした? 何で北条君が怒ってるのさ!」


 佐武の想定していたものとは違ったらしく、汗をだらだらと流しながら慌てふためいていた。


「俺らが知らないとでも思ってたのか? お前、鞍嶋とグルになって俺らに仕返ししてやろうって考えてるみたいじゃねぇか? お前らに負ける程俺らは弱くないが、その態度がきにくわねぇ」

「どうして! そんな事僕は思ってない! でたらめだ!」


 先日、小宮と北条の自宅を特定した僕は、それぞれのポストに一つの手紙を入れておいた。内容は「佐武は、お前に復習しようとしている。気をつけて」とだけ書かれたもの。それに付け加え、佐武がSNSで呟いたある一言「同じクラスの小宮と北条、本当に死んで欲しい。できるなら今直ぐ殺してやりたい」という書き込みをプリントアウトしたものだ。

 クラスメイトには、本名やその呟きを隠していたからか油断していたんだろう。呟きは一瞬にして消されたが、その一瞬でも世の中に流れた時点でお前の負けだ。この佐武の弱みを見つけた時は、思わず一晩中笑ってしまった位だ。考えが甘すぎる。


「佐武、俺らの事舐めてんのか? もっと痛い目見なきゃ分からんみたいだな……!」


 ――僕は、その瞬間を見逃さなかった。

 小宮と北条、二人に共通する癖がある。それは「一度は必ず、相手の身体の一部に触る」事だ。

 北条が佐武の頭を掴んだその瞬間、向こうからは見えない角度を意識しながら、ポケットに隠していたスタンガンを佐武に押し当てた。佐武は勿論、頭を掴んでいた北条も一緒に感電した。

 二人同時に倒れ込んだのを確認して、小宮の方を睨みつける。


「お、お前それ、スタンガンか? どこでそんなもん見つけて――」


 冷静さを欠いているその内に、僕はスタンガンを隠していたポケットの反対側から物を取り出し投げつけた。

 この光景を目にし、スタンガンを持っていると認識した今なら、例えそれがスポンジであろうと、似たような色と形の物であれば同じ物を警戒してくれる筈だ。それに、元から人というのは物を投げられると反射で防いでしまう生き物である。

 作り出したその一瞬の隙に、僕はぐっと距離を詰めてスタンガンを押し当てた。激しく鳴り響く電流の音が教室に余韻を残し、小宮もその場に倒れた。


「……こういう護身用の物って、案外簡単に手に入るんだよ」


 独り言のように呟いてから、念の為にとそれぞれ気絶している所に一度ずつスタンガンを押し当てておいた。

 この護身用のスタンガンは多少の値はしたものの、このような結果が得られるのならと思うと迷い無く買う事ができた代物だ。

 三人が気を失っている間に、僕は持参していた結束バンドで全員の手と足の指を結んだ。万が一逃げられると困るから、衣服は全て脱がしておく。

 数分経ってようやく目を覚ました三人。


「……あ? お前、これなんだ……ふざけてんのかよ?」

「小宮……久し振りだね。北条も、久し振り」

「何だお前、あんだけ一緒に遊んでやったのによぉ……。仇で返すってのか?」

「お前のどこに恩があるっていうんだよ。相当頭の出来が悪いんだな、お前」


 なじられた事に腹を立てたのか、目尻を吊り上げて声を荒げ始めた二人。横の佐武は、すっかり意気消沈してしまって黙ったままだ。

 幾ら待っても静かにならない二人に何度か注意をしてみたが、全く聞く耳を持たない。


「しょうがないな」


 わざとらしくそう言って、教室の後ろに置かれたままの金属バッドを手にした。どこの馬鹿が忘れていったのかは分からないが、丁度良い。ケースにしまわれたそれをゆっくりと取り出し、彼らの前に構える。


「お前……それは洒落にならねーぞ」

「ははは、小宮のそんな顔が見られるだなんて、今日はなんて良い日なんだろう」


 恐怖と怒りで顔が歪んでいる。そう、そんな顔をずっとこいつらにさせたかったんだ。

 どうなるんだろう? 試しに一度、思いきりこのバッドを振ってみたら、こいつらはそんな顔を見せてくるんだろう?

 野球なんてした事ないから、見よう見まねでバッドを振りかぶる。小宮の制止に聞く耳も持たず、力任せに頭の横を振り抜いた。頭蓋骨の軋む鈍い音と、金属の揺れる甲高い音が同時に鳴った。

 やはり、ろくに運動もしてこなかった僕の筋力など対したものにはならないらしい。


「いっ……てぇな。お前、後で絶対殺してやる……!」

「今まで散々殴られてきたお返しだよ。僕にはお前みたいな筋力は無いから、道具を使ったって良いじゃないか」


 まだまだ元気そうだったから、側頭部を目掛けて何度もバットを叩き付けた。その内、耳から血を流しているのが見えて手を止めた。

 小宮はもう十分か、北条に移ろう。


「お前だよな、彼女に乱暴したのは」

「あぁ? だからなんだよ」


 彼女が目の前で犯されているのに、何も出来なかった。あの悔しさは、今日まで一日たりとも忘れた事が無い。


「お前も、そう簡単には許さない」


 服を脱がしておいて良かった、狙いが良く定まる。僕は体重の全てをのせて北条の陰部を踏みつけた。

 もう二度と、こんなやつに誰かが傷つけられないように。こいつのモノが無くなれば、彼女が犯された事実も無くなるような気がした。それ位の事をやってやらないと、復讐にならないと思った。

 北条は悶絶して顔を真っ赤に染めている。声も出せないほど苦しんでいる様子はとても愉快だった。


「ふざけるなよ、彼女はもっと痛かった筈だ。これ位でへばられると困るんだよ。お前はもっと痛い思いをしなきゃ駄目なんだ。彼女の受けた痛みを、一つでも多くその身で受け止めろ」


 横でぐったりしていた小宮も、黙りこくっていた佐武も、僕のその行動に顔を真っ青にしていた。

 ぐるりと白目を剥いて北条は倒れ、これ以上痛めつけても反応はなさそうだからと手を止めた。


「もう、いい頃だな」


 胸ポケットの所を二回、軽くトンと叩いてから、辛うじて意識を残していた小宮の髪を掴んで無理矢理に顔を上げさせる。


「これまでの事を、僕に謝れ。そうしたらもう殴るのを止めてあげるよ」

「……誰が、お前なんかに……」


 未だ反抗的な目をしていたから、もう一度頭をバットで殴りつけた。さっきとは逆の耳から血が流れていた。


「謝るか?」


 僕の声が上手く聞こえていないのかもしれない。小宮は言葉を詰まらせながら「ごめん」と言った。


「それだけじゃ何に対して謝っているのか分からないだろ。ちゃんと、自分が今まで何をしてきたのかまで言え」

「……鞍嶋を何度も殴りました。佐武も、何度も殴りました」


 それ以上は何もしていないと言いたげな目でこちらを仰ぎ見る小宮。


「まだ……もう一人いるだろ……! お前が虐めた相手は!」


 怒りに任せてバットを床に叩き付けた。その音に肩を震わせ、すっかり怯えた表情の小宮は再び口を開いた。


「逢来を虐めて、学校に来れなくしました……」

「何を、どうやって虐めたんだ? 言ってみろよ!」


 忘れたなんて言わせない。お前がやった罪は、死ぬまで忘れさせてやるものか。


「北条と一緒に……逢来を、犯しました……」


 始まりは岡本の虐めだったのかもしれない。けれど、お前さえいなければここまで酷い結末にはならなかったのかもしれない。全部、お前の所為だ。一生自分の罪を後悔しろ。

 ぺたりと、額を床につける小宮。


「……もういいか。ありがとう高津君、放送切っていいよ。後は頼んだよ?」


 制服の胸ポケットに入れていた携帯電話を取り出した。通話中になったそれは、放送部にいる高津と繋がっている。


「え……た、高津?」

「うん、高津君だよ。彼、放送部だからさ。せっかくお前が素直に謝罪してくれるって言うから、今の会話を校内にいる生徒全員に聞かせてやろうと思ってね」


 予めメールを送っていたのは佐武だけじゃない。高津にも同じタイミングで連絡をとっていた。その内容は「僕との通話を、放送室から全校生徒に垂れ流して欲しいんだ」というもの。僕に引け目を感じていた高津を言いくるめるのはたやすかった。

 身体も心も、全てを壊してやった。こいつらの居場所はもう、この学校には無い。

 おまけに、こいつらの醜態もしっかり写真に残しておいた。プライドの高いこいつらの事だ、そんな写真が世の中に出回る事だけは死んでも嫌がるだろう。もし報復に来られたとしても、これを脅しのネタに使えばどうにでもなる筈だ。


「佐武」

「は、はい!」


 名前を呼んだだけでこんなに怯えられるなんて、まるで僕が悪者みたいじゃないか。違うだろ、虐めたやつに然るべき痛みを与えたんだ。僕は何も間違った事はしていない。


「君も、こいつらに恨みを持っているだろ?」


 黙って頷く佐武。SNSでの呟きに偽りは無かったようで安心した。


「ほら、結束バンドを解いてあげるから、後は好きにすると良い」


 巻きつけたバンドを切って、さっきまで僕が使っていたバットを渡した。少しだけ困惑した表情をみせる佐武だったが、その後直ぐ、顔に笑みを浮かべていた。バットをへし折る勢いで握り締める様子から、どれだけ興奮状態にあるのかが見て取れる。

 それを確認した僕は、三人を置いて教室から出ていった。廊下に出ても聞こえてきた金属バットの音で、佐武が何をしているのかが分かる。


「高津君、ちゃんとあの教室に無能な教師どもを呼んでくれたかな」


 今からあの光景を見れば、佐武が小宮と北条に暴行しているようにしか見えないだろう。佐武の事だから、問い詰められれば必ず僕の名前を出すだろうが、ずっと家に引き篭もっていた僕が犯人だなんて誰が思うだろうか? となれば次に出てくるのは高津の名前だ。僕の事を裏切った者同士、仲良く落ちていけ。僕は高津の事を許しただなんて一度も言っていない。

 久し振りに吸う学校の中の空気はとても上等なものに感じられた。これまで生きてきた中で、一番晴れやかな気分である。


「どうだい逢来さん。これが君の見たかった逆転劇だろう? 満足してくれたかな? あの光景を、逢来さんにも見て貰いたかったなぁ」


 一人呟いたその言葉は、誰の耳にも届かないままに消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

欠けたあなたに酷薄と追悼を たんく @tan-k-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ