【御門エリカの恋物語、後編】 心からのありがとう

 手足のかじかむ、寒い寒い二月の半ば。その日の授業が終わると私、御門エリカは鞄を手にして、急いで三年生の……日乃崎先輩の教室に向かいました。

 やって来た教室は、ホームルームが終わったばかりのようで、まだほとんどの生徒が残っています。私は入り口近くにいた一人の女子生徒に声を掛けます。


「あの、日乃崎先輩はいらっしゃいますか?」


 その人は訝しげに私のことを見ます。学年も違うのにいきなり現れてこんな事を聞いてきたから、思うことがあったのでしょう。日乃崎先輩は人気がありますから。だけど近くにいた別の女子生徒が、尋ねた女子生徒にそっと囁きます。


「ちょっと、この子一年生の御門さんだよ。ほら、あの高等部に物凄いお姉さんのいる」

「あ、ああ……日乃崎君だったね。ちょっと待ってて」


 どうやら私があのお姉ちゃんの妹と知って、態度を変えたみたいです。どうやらまだまだ私は、お姉ちゃんのイメージから脱却できてはいないみたいです。クラスでは大分馴染んできたのに、学年が違うといまだにこれかあ……

 ちょっぴり切ない気持ちになりましたけど、すぐに気を取り直します。それより今は、日乃崎先輩ですもの。

 日乃崎先輩はすぐにやって来て、私を見ます。


「エリカさんか……」

「あの、日乃崎先輩。ちょっとお話があるのですが、良いでしょうか?」

「ああ。ここじゃあなんだから、ちょっと場所を変えようか」


 そうして私達が向かったのは階段を上がった先、屋上前の踊り場です。屋上には普段鍵が掛かっていて入れないこともあり、ここに人が来ることはほとんどありません。ゆっくり話すにはもってこいの場所です。

 だけど着いたというのに、先輩はさっきから目を合わせようとはしません。このまま黙っていてもらちが明かないので、単刀直入に言います。


「先輩、勘違いだったらごめんなさい。最近私のこと、避けてませんか?」


 先輩は途端に、バツの悪そうな顔をします。

 正確に言うと、避けられていたとはちょっと違うのですが、何だか最近廊下や食堂で会って話をしても、心無しかぎこちないような気がしていたのです。前みたいに会話も長くは続きませんし。

 前に生意気にも、春乃宮さんの事を諦めないでと言う話をした後しばらくは、こんな感じで少しギクシャクしていたけれど、その後は元の距離感に戻っていたはず。なのにまた最近、先輩の様子がおかしくなってしまっていた。

 最初は、もしかして知らない間に期限を損ねるようなことでもしたのかなと不安になりましたけど、どうもそうじゃなさそうです。たぶん先輩は……


「もしかして、何か隠していませんか?例えば、春乃宮さんのことで」

「―—っ⁉まったく、アサ姉以外の女の子って、どうしてこうも鋭いかな?」


 やっぱり。日乃崎先輩がこうも露骨に態度が変わるなんて、絶対に春乃宮さん絡みだって思いましたよ。


「別に隠してたわけじゃないんだけどさ。むしろ君には、ちゃんと話さなきゃって思ってたんだけど……俺、二学期にアサ姉に告白してて、ずっと返事は保留だったんだけど、この前やっと答えが聞けて……」


 そこまで言って口ごもってしまったけれど、どんな返事だったのかは態度を見ればわかります。確信を持った私は、思わず笑顔になりました。


「やったじゃないですか。おめでとうございます、先輩」

「う、うん。ありがとう」


 小さく返事をする日乃崎先輩。この事を中々打ち明けてくれなかった理由は、察することができる。

 やっぱり先輩は気づいていたんだ。背中を押したあの日にした、『例えばの話』。あの中に少しだけ、私の本心があったとあうことに。


 あの後も先輩は、何事もなかったみたいに接してはくれたけど、その実気遣ってくれていたのは間違いない。

 だから今回、春乃宮さんと付き合うことになったって、報告して良いものかどうか迷っていたのだろう。私は一度、先輩にフラれているから。だけどね、先輩。


「どうして早く教えてくれなかったんですか?」

「ごめん。本当は真っ先に言うべきだったのかも。君が背中を押してくれたから、アサ姉に気持ちを伝えられたって言うのに」

「気遣ってくれてたんですよね。ですが先輩、今の私は先輩が思っているほど、弱くはありませんから」


 少し前の私だったら、やっぱりショックだったかもしれない。だけど今ならちゃんと祝福できる。あの時あったわずかな胸の痛みも、もうすっかり無くなっている。

 先輩は私が、強がっている訳じゃないって分かってくれたみたいで、穏やかな笑みを見せてくれる。


「そうみたいだね。半年前、臨海学校で会った時は、ちょっとしたことで落ち込んでいたのに、強くなったものだよ」

「春乃宮さんや、風見さん、倉田さん達に鍛えてもらいましたから」


 もちろん日乃崎先輩にも、ですよ。


「俺は来月には卒業して、高等部に上がるけど、この様子だともう心配なさそうだね。って、別に今までだって、何かできてたわけじゃないか」

「いいえ、そんなことありません。先輩には、たくさんお世話になりましたよ」


 だから高等部に行ってしまうのは、やっぱり少しだけ寂しい。弱くないとは言ったけれど、こればかりはどうしようもないみたい。


「報告が遅くなって悪かったよ。アサ姉と付き合えるようになったのは、君のお陰でだよ。だから、ありがとう」

「どういたしまして。あ、そうだ先輩」


 私は手にしていた鞄から、ラッピングされた包みを取り出して、日乃崎先輩に差し出します。


「これ、受け取ってください」


 包みの中身はチョコレート。今日は2月14日、バレンタインデー。好きな人や日頃お世話になっている人にチョコレートを送る、日本独特の風習がある日だ。


「あ、もちろん義理チョコですから、ご安心を。本命は春乃宮さんから貰ってください」

「義理チョコだから安心って、初めて聞いたよ。でもそういうことなら、ありがたく受け取っておくよ」


 先輩は苦笑しながら、チョコレートを受け取ってくれました。

 義理チョコって言うより、友チョコって言った方が良かったかな?まあいいか。


 私は少しだけ、日乃崎先輩のことが好きだった。だけど今ではちゃんと、気持ちに整理をつけている。

 だからこうして友達として、チョコレートを渡すことだってできるんです。


「今日はすみません、忙しいのに付き合っていただいて。先輩はこの後、春乃宮さんと会うんですよね」

「ああ、正門前で待ち合わせてる」

「春乃宮さんにも、私がおめでとうって言っていたって伝えておいて下さい。それでは先輩、また明日です」

「ああ、また明日」


 挨拶を交わして、私は階段を下りていく。


 実らなかった恋だけど、後悔はしていません。だって先輩の事を好きになったおかげで、私は強くなれたんですから。

 だからありがとうございます、日乃崎先輩。





※本作を最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

 これで本当にお終いです。だけどまたどこかで、会えたらいいな(*^-^*)

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【番外編】乙女ゲームの攻略対象キャラのポジションに転生しました。って、アタシ女の子なんだけど⁉ 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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