機甲猟兵の日常

綾川知也

The Trooper Overture Of Chaos Club

「右手の指の働きなあ。サーボーモーターのセンサーが微妙に劣化しているなあ」

 修理工場に愛機を持ち込んだら、修理工からそんな事を言われた。

 交換部品は無い。奥には積み上がった部品が硝煙の匂いをさせて横たわっていた。

 

 今日は厄日。ようやくラマダーンも終わったのに。

 修理工は舌の長いアラビア語。未完了形やハムザ動詞の使い方がおかしく、意味がわからない。

 僕は機甲猟兵と呼ばれる人型兵器乗りだ。


 二足歩行の機械化歩兵。

 高さは3.5メートル。フォークリフトを思わせる無骨なラインにも慣れた。


「そっかあ。それじゃ。そろそろ行くよ。時間だし」

「まあ、心配するな。ジャンク屋回って部品を探しておいてやるよ」


 僕は溜息をついた。

 ハンガーに吊された、機甲猟兵の迷彩はグレー基調。ダズル迷彩を生物学的に発展させたバイオ迷彩だ。


 廃墟と化したこの町並みに合わせて、迷彩にも戦火の煙が染み付いている。表面には煤がついていた。


 ここは昔はヨルダンと呼ばれていた地域。死海を挟んだ向こうに聖地はあるものの、紛争はまだ終わりそうもない。


 僕の機甲猟兵は右手を震わせている。

 センサーが故障して、指先へと送る信号が壊れ、質感が捕らえられなくなっている。


 見ちゃいられない。まるで中毒患者ジャンキー

 こうなるとフルマニュアルで操縦しなくちゃいけない。


 第三警戒態勢。こうなると機甲猟兵乗りはダブルシフトになる。

 何だかちょっとウンザリだ。


 ハッチを開けてコックピットに乗り込むと、汗臭い臭いが上がってきて鼻腔を刺激する。頭が痛い。消臭スプレーは青空市バザールに見当たらなかった。

 今度、虫干しでもしなくちゃいけない。


 

 狭いコックピット。

 ヘッドマウント・ディスプレイを掛けて、制動権限を外部からコックピットに切り替える。機甲猟兵の背中に取り付けられた制御ケーブルから送られる信号はシャットダウン。

 目の前で起動シーケンス画面が表示された。視界がブルーに染まってゆく。

 そして、僕の気分もすっかりブルー。


 出撃前で気分が良いとか、ありえねえ。


 機甲猟兵の右手の細かな震え。それはコントローラーにフィードバックされる。

 長時間コントローラーを握っていたら、右手がおかしくなりそうだ。

 フルマニュアルに切り替えると機嫌を直したかのように静かになる。


「勘弁してくれよ」

 独り言も呟きたくもなるというものだ。


 制動権限をコクピット側に移行したのを確認。

 コントローラーの操作を行う。

 機甲猟兵の背中に取り付けられた制御ケーブルが外された。圧搾空気が吐き出される音が背中から伝わってきた。

 モーターの出力が上昇。動力の息づかいがシートから伝わってくる。重機のハミングも悪くない。微かな金属音には安定感がある。




 商店街は今日も平和だ。空を見上げれば雲一つない良い天気で、乾いた空は青かった。

 町並みは低層コンクリートビルがメイン。原色のビニールが露天の軒先を飾っていた。


 商店街で手を繋いでいる親子を見ていると、こちらも満たされた気分になる。

 店からはみ出て陳列されている商品は豊かさの象徴。賑やかな音楽が溢れていた。床の黄色いタイルは楽しげで、明るい気分にさせてくれる。


 チラホラと見られる買い物客も笑顔を浮かべている。

 今日は商店街も混雑するだろうなあ。


 今日の警備で何もなければいいな。ヘッドマウント・ディスプレイに映される景色は長閑な雰囲気だった。

 

 すると、ヘッドセットから無線が割り込んできた。

 不快なアラーム音が脳を直接揺すぶる。


「本部より各機。本部より各機。三時の方向から戦車二両が接近。第二警戒態勢。配置を送信するので位置に着け」


 プロレタリア軍人達が応答を返しはじめる。

「ジブリール、了解したわ」

「こちらミーハイラ、了解」

 二人の同僚は元々好戦的な所がある。語尾に乱れはない。


 僕のシフト中にトラブルとはついてない。

 仕方なく、僕は返答をする。

「マリク、了解しましたあ」

 

 スタンバイモードから軽運動モードに切り替える。モーターの回転数が跳ね上がり、コクピット内が途端にうるさくなり始めた。

 機甲猟兵が急に動き出した為か、傍を通ろうとしていたお婆さんがよろけた。

 杖を振り上げて怒鳴っている。


「ごめんなさい」

 謝罪の言葉、お婆さんに届くかな。


 機甲猟兵用大口径ライフルを手にする。コントローラーから鉄の硬さが伝わってきた。

 商店街を東から抜けるとヘッドマウント・ディスプレイに割り込み画像。タクティクル・マップと呼ばれる地図が表示され、僕の配置位置が橙色で点灯していた。

 

 何コレ、かなり前じゃない!


 街道は街の中心を通っている。戦車は街道を通過するらしい。折角、この地点に潜伏したのに、戦車と遭遇するとは。


 何だか面倒な事になりそう。


 手持ち火器は大口径ライフルのみ。火力が不安すぎる。

 機甲猟兵は大火器を使う為の道具でしかない。換装できる移動砲台。

 大火器を入手しないと話にならない。大口径ライフルだけだと戦車のハイブリッド・フルアクティブ装甲をぶち抜けない。

 

 無線がヘッドセットから入ってくる。

「ジブリールから本部。ジブリールから本部。火器をこちらによこしてちょうだい。戦車データを見る限り手持ち火器では不安が残るの」

 歴戦を連ねた女性パイロットの声は落ち着いていた。


「本部からジブリール。本部からジブリール。現在、支援部隊が重火器を持って移動する。配備完了通知後、タクティカル・マップにプロットされる。今は指定配置位置に移動しろ」

「ジブリール、了解」


 タクティカル・マップに火器が表示点灯するのを信じよう。

 戦闘前進に切り替えると、モーターの音は更に大きくなる。まるで洗濯機の中にいるみたいだ。



 突然、轟音がした。腹の中を重みのある衝撃波が通り抜ける。

 コックピット内の空気が震えた。


 誰か発砲したんだろうか?


 ヘッドセットから音声が入ってきた。

「ミーハイラより本部。ミーハイラより本部。戦車より発砲。交戦許可を」

 あいつ好戦的だからな。心の中で舌打ちする。何かと理由をつけて戦争をし始める。


「本部了解。第二警戒態勢より戦闘態勢に移行。各機、マップの指示に従え」

 えっ、マジで?

 ここでおっぱじめるの? ようやく潜伏したばかりなのに?


「ジブリールから本部。火器が届いていないわ。支援部隊に急ぐように要請をして」

「本部了解」


 本部は着々と戦闘状態へと指示を切り替える。

 困ったものだ。マップを見ると、戦車の位置が移動している。ついていないにもほどがある。よりにもよって交戦状態に移行するとは。

 


 民間人は退避しきれていない。

 戦闘位置につこうとすると、民間人の影があった。現場に到着していた歩兵が誘導をしていた。

 面倒になりそう。


 戦車のエンジン音がビル街に響き渡っている。空が落ちてくるほどの駆動音。

 散発的に発砲音が聞こえてくる。だが、歩兵の小火器で戦車の装甲は貫通しない。


 路上を埋める戦車砲の轟音に、民間人は生きた心地もしないだろう。通り過ぎる全ての群衆は、頭を押さえて蹲っていた。


 邪魔だ。


 敵戦車は足止め状態になっている。誰かが障害物を設置したに違いない。

 そうでなきゃ街道を通り抜けるはずだ。


 普通の日常のはずだったのに。誰かが戦争をしたがっている。

 とんだとばっちりだ。


「ジブリールから本部。歩兵に伝達。上から集中砲火を浴びせて、敵戦車の注意を上に逸らさせて。背後から戦車を叩くわ」

「本部了解」

 

 ようやく、ピックアップ・トラックが到着。狭い路地に駆け込んできて、僕の前で急停車した。


 でも、何か鈍い音がしたよね?


 見ればピックアップ・トラックが民間人を跳ねていた。

 十歳ぐらいの男の子。母親が抱きかかえて叫んでいた。胸が大きく凹んでいる。口からは血。細い顎は真っ赤に染まっていた。


 助からないだろうな。


 ピックアップ・トラックに積まれていた、ロケット・ランチャーを手にする。

 すると連続した重機関銃の射撃音が聞こえてきた。


 おそらく、ジブリールの指示に従って、歩兵が威嚇射撃を開始したのだろう。応戦するようにして敵の戦車砲の音がした。

 ビルが揺れ、土煙舞った。空から土砂が降ってくる。前が見えない。


 戦車のエンジン音は更に大きくなる。軌道演算が投影されたマップを見ると僕の目の前を通るらしい。

 前へと進んで射撃体勢をとる。キャタピラが道を削っている。エンジン出力を上げたのだろう。頭が痛くなるほどの轟音。コントローラーが共鳴したように振動している。

 突然、視界に戦車が現れた。


 しまった。目の前で戦車。


 ロケット・ランチャーを発射する。振動が機体を通じて伝わってくる。火線が伸び、火柱を上げた。大きな爆発音。突き抜ける衝撃波で鼓膜が破れてしまいそう。


 やった、戦車は直撃を浴びて装甲が破れていた。めくれ上がった装甲から火柱が上がる。

 戦車のエンジンに火が回らない内に下がろう。


「ジブリールからマリク。やったわね」

「ミーハイラからマリク。おめでとう。後、一両だ」

 僕は思わず笑みを浮かべた。


 発射済みのロケット・ランチャーを捨てて、ピックアップ・トラックに次のロケット・ランチャーを捕りにゆく。

 振り返って見ると、子供を抱いてた母親が絶命してる。頭がすっかり炭化していた。バックファイヤーをまともに浴びたらしい。


 隣で歩兵が吐いていた。涙を流して、身体をくの字に曲げている。

 あらあら。


 泣いてる歩兵の姿を録画する。

 母親の頭が燃えている。鼻を突くような臭いに、脂が燃える甘い香りが混じっていた。


「マリクから本部。兵士の画像を転送するから除隊させておいて」

「本部からマリク。理由は」

「戦意喪失。軍人向きじゃないね」

「本部了解」


 さて、前線へと移動するか。僕はコントローラーを握った。


<Image Music>

 カオスクラブイメージ動画

 The Trooper Overture Of Chaos Club

 (安全確認済み 2019/01/01 綾川)

 https://www.youtube.com/watch?v=smCu6Wmvhh8

</Image Music>

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