最終話「約束」
「火傷の痕を見せられてもねぇ。これ治癒してから何年も経ったものじゃないの?」
医者はそう言った。あの日、手の中で消えて行った彼女は幻だったのか。もはやその痕跡はほとんど残っていなかった。
あの日作りかけだった料理も片づけ終わり、そこそこの時間を共に過ごしたというのに、彼女の物なんて何も残っていなかった。
よくよく考えれば写真すら撮っていないのだ。小物だってない。たまに部屋にはあげたが、やっぱり暖房なしはしんどいからと防寒具を着込んで外をまわっていた。そりゃ、彼女が座ると床が凍って、あとあと濡れて大変だとか細かな事情はあった。
それでも、もっと気遣えば良かったと今なら思う。人でないものを警戒していたのだとしても、もうちょっとやりようがあったのではないかと。いつまでも思考が空回る。
もはや背中の火傷痕が唯一彼女が居た証拠だ。医者には手術でもっと綺麗に出来ると言われたが、それは断った。
今、俺はかつて彼女と過ごした新潟の片田舎にやって来ている。
ここで伝わる『
心優しい老夫婦が形作った雪人形。それに魂の宿ったもの。老夫婦の心に楽しい思い出を残すため遣わされた雪の精霊。冬にだけ現れ、また次の冬にやってくる。いつかは居なくなってしまうちょっとした説話だ。
そこに間借りして、俺は楽しい思い出を貰ってしまった。そして、つまらない子供の約束をして。彼女はそれを律儀に守ってやってきたのだろう。
引っ越しが決まって、もう来られなくなると話した時に交わした約束。大人になったらまた会おうという話に、不貞腐れていた俺は会えるわけがないと言ってしまった。
そうしたら彼女は「絶対に探し出すから」と、そう言ったのだ。俺は嬉しくて、でも恥ずかしくて。茶化すつもりで、そこまでいったら運命だから結婚しようと返した。
少し前なら鼻で笑ってしまうような、世間知らずな子供たちの、なんてことのない約束。
それでも、当時の自分には大事なものだったはずなのだ。どうして忘れてしまったのか。人でないものとの記憶は薄れやすいという奴なのか。
いずれにせよその約束は、今の俺にとっても大事なものとなっている。いつか、きっと。彼女が俺を探し当てたように、今度は俺が探し出す。
「また来年か再来年か。冬に会おう、みちこ。勝手にさよならなんて言わせないからな」
俺は雪童子を象った石像を撫でながら宣言した。もうすぐ春が来る。少しずつ温かくなる陽気にあたりながら、俺もまた約束を守れるように願っていた。
まっしろ恋は一直線っ!? 草詩 @sousinagi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます